3-6 「会いたい」
第六話
その日の帰り道。
スーパーへ立ち寄った。
牛乳。
玉ねぎ。
卵。
人参。
かごへ入れていく。
レジへ向かおうとした時、ふと足が止まった。
カフェオレ。
缶が並んでいる。
思わず一本手に取る。
その瞬間だった。
『私はこれ。』
結の声が頭の中で響いた。
初めて一緒に出掛けた日。
駅の自動販売機。
「湊は?」
『ブラック。』
『またブラック?』
『好きなんだよ。』
『苦いのに。』
『結は?』
『私はカフェオレ。』
『甘い方が幸せだから。』
笑いながらそう言っていた。
湊は缶を見つめる。
気付けば、ブラックも一本手に取っていた。
レジへ向かう。
店員が二本の缶を袋へ入れる。
会計を終え、店を出る。
ベンチへ座る。
ブラックを開ける。
プシュッ。
続けてカフェオレも開ける。
でも。
飲む人はいない。
しばらく二本を並べたまま空を見上げた。
「……何やってるんだ。」
思わず笑う。
笑ったはずなのに。
頬へ一筋、涙が流れた。
慌てて拭う。
止まらない。
「……会いたい。」
初めて、その言葉を口にした。
仕事へ逃げた。
デジャブを調べた。
病院へも行った。
でも。
一番向き合っていなかったのは、この気持ちだった。
会いたい。
もう一度話したい。
謝りたい。
ありがとうと言いたい。
そんな当たり前の気持ちから、自分は逃げ続けていた。
スマートフォンを取り出す。
連絡先。
白石 結
指が止まる。
電話。
メッセージ。
どちらにも触れられない。
長い沈黙。
やがて画面を閉じる。
「まだ……駄目だ。」
そう呟き、缶コーヒーを飲み干した。
ブラックは苦かった。
カフェオレは、最後まで開いたまま温くなっていた。
⸻
帰宅後。
ノートを開く。
今日は何も書けなかった。
代わりに、ページの真ん中へ、小さく一言だけ書く。
会いたい。
その文字を見つめながら、湊は初めて思う。
自分はまだ、別れを受け入れられていない。
変わり始めているのは事実だ。
でも。
一番向き合わなければならない相手には、まだ向き合えていなかった。




