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『デジャブの先で、君にもう一度』~もし、あの日がもう一度訪れたなら~  作者: Toi
第3章 探求

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3-5 「受け継がれるもの」

第五話


午後四時五十分。


「神谷さん……。」


朝比奈が青ざめた顔で席までやって来た。


「どうした?」


「提出する設計書……。」


「添付ファイルを間違えました。」


湊は一瞬だけ表情を引き締める。


「送信した?」


「はい……。」


「いつ?」


「十五分前です。」


「先方は?」


「もう受信しています。」


朝比奈の声は震えていた。


「すみません。」


「本当に……すみません。」


湊は立ち上がる。


「まず確認しよう。」


画面を見る。


送られていたのは、一つ前のレビュー前データだった。


幸い、個人情報は含まれていない。


しかし、このままでは先方が古い設計書をもとにレビューを始めてしまう。


「電話する。今すぐ修正版を送信して。」


湊は受話器を取った。


「神谷です。


先ほど送付した設計書ですが、こちらの添付ミスがありました。


大変申し訳ありませんございません。最新の・・・・」


先方との電話を切る。


その1時間後、先方から返信が届いた。


『無事にレビューが終わりました。今後は細心の注意をお願いいたします。』


湊はようやく息を吐いた。


大きな問題にはならなかった。


それでも。


朝比奈は席で俯いたままだった。



「朝比奈さん。」


「……はい。」


「昨日、何時まで仕事してた?」


朝比奈は驚いたように顔を上げる。


「え?」


「二十二時半です。」


「夕飯は?」


「コンビニでパンだけ……。」


「寝たのは?」


「一時過ぎです。」


湊は静かに頷いた。


「今回のミス。」


設計書を軽く持ち上げる。


「原因はこれじゃない。」


自分のこめかみを指さす。


「疲れだ。」


朝比奈は何も言えなかった。


「でも……。」


「私が確認すれば防げました。」


「その通り。」


湊ははっきり言った。


「今回の責任は朝比奈さんにもある。」


朝比奈は唇を噛む。


「だから。」


「責任からは逃げない。」


「……はい。」


「でも。」


「責めることと、育てることは違う。」


静かな声だった。


「今日の対応は俺がやった。」


「でも。」


「次に同じことが起きたら。」


「今度は朝比奈さん自身が対応できるようになろう。」


朝比奈は顔を上げる。


「明日、一緒に考える。」


「どうすれば、このミスを仕組みで防げるか。」


「チェックリストでもいい。」


「送信前のルールでもいい。」


「人はミスをする。」


「だから、人を責めるより先に、ミスを減らす仕組みを作る。」


「それが仕事だから。」


朝比奈の目に涙が浮かぶ。


「神谷さん……。」


「今日はもう帰りな。」


「でも。」


「残りは俺がやる。」


「その代わり。」


「明日は一緒に最後まで向き合おう。」


長い沈黙。


やがて朝比奈は、深く頭を下げた。


「……はい。」


「逃げません。」


その言葉だけは、震えていなかった。



朝比奈が帰ったあと。


佐伯がぽつりと言った。


「神谷さん。」


「昔なら。」


「絶対あんな言い方しませんでしたよね。」


湊は少し笑う。


「そうか?」


「はい。」


「前なら。」


『次から気を付けて。』


それで終わりでした。」


その言葉を聞いた瞬間。


一つの記憶が蘇る。


熱を出した夜。


結がお粥を作ってくれた。


『謝らなくていいよ。』


『今日はちゃんと休んで。』


『また明日、一緒に頑張ろう。』


あの時の自分は。


その言葉の重さを分かっていなかった。



帰宅後。


湊はノートを開く。


ゆっくりと一行書く。


優しさは、責任をなくすことじゃない。


少し考え、その一文に線を引く。


そして、書き直した。


優しさは、一緒に向き合うことだ。


しばらくその文字を見つめる。


結はもう隣にはいない。


それでも。


今日、自分が朝比奈へ掛けた言葉の中には、あの日、結から受け取った優しさが確かに息づいていた。


湊は静かにノートを閉じた。


人は変われる。


誰かを想った、その優しさごと受け継ぎながら。

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