3-3 「観測」
第三話
月曜日。
会社へ向かう電車の中。
湊はノートを開いていた。
昨日書いた一文を見つめる。
見えているのは未来ではない。
未来になる前の可能性。
証拠はない。
ただの仮説だ。
それでも、今はそれが一番しっくりきていた。
「神谷さん。」
佐伯が向かいへ座る。
「珍しいですね。」
「朝から勉強ですか?」
「ああ。」
湊はノートを閉じる。
「ちょっと調べもの。」
「そうなんですね。」
そこへ朝比奈もホームから乗り込んできた。
「おはようございます。」
「おはよう。」
朝比奈は湊の隣へ立つ。
「また寝不足ですか?」
「顔に出る?」
「出ます。」
即答だった。
「鏡、見てください。」
湊は思わず苦笑する。
「厳しいな。」
「心配なので。」
その一言に、少しだけ救われる。
⸻
昼休み。
湊は会社近くの書店へ向かった。
昨日気になった本を探す。
『量子力学入門』
『認知科学』
『観測問題』
一冊の本を手に取る。
ページをめくる。
そこには、こんな一文が書かれていた。
「量子の世界では、観測されるまで状態は一つに定まらない、という考え方がある。」
湊の手が止まる。
観測されるまで。
定まらない。
「……。」
昨日見た。
数え切れない未来。
頭の中で線が一本繋がる。
「まさか。」
もちろん、本当にそうだとは思っていない。
量子力学を人生へ当てはめるなんて飛躍しすぎている。
それでも。
どうしても気になった。
⸻
帰宅後。
ノートを開く。
新しいページ。
大きく円を描く。
円の中心へ書く。
観測
そこから矢印を伸ばす。
見る
認識する
選ぶ
最後の言葉を書いた瞬間だった。
湊はペンを止めた。
「選ぶ……。」
そうか。
未来を決めているのは。
未来じゃない。
選択だ。
自分で書いた文字を見つめる。
『選ぶのは、お前だからだ。』
夢の中の声が蘇る。
あの時は意味が分からなかった。
でも今なら。
少しだけ分かる気がした。
「未来を選ぶ……?」
その瞬間。
部屋の空気が少しだけ変わった。
静かだった部屋へ。
誰かの気配が差し込む。
振り返る。
誰もいない。
それでも。
部屋の空気が変わる。
「いるのか。」
静寂。
返事はない。
部屋には、もう誰の気配も残っていなかった。




