3-2 「選ばれなかった未来」
第二話
翌日。
湊は珍しく早起きをした。
理由は分からない。
ただ、家にいても考え込むだけだと思った。
ノートを鞄へ入れ、街へ出る。
休日の駅前は家族連れで賑わっていた。
子どもが笑い、大人がその後を追いかける。
何気ない休日。
ほんの一か月前まで、自分もその景色の中にいた。
「結なら。」
そう思いかけて、首を横に振る。
まだ、結のことを考えない日は来ない。
でも今日は、その痛みを否定しなかった。
それも自分なのだと受け入れるしかなかった。
⸻
本屋へ入る。
心理学。
脳科学。
量子力学。
都市伝説。
普段なら手に取らない本を、次々と開く。
『人は一秒間に数百万の情報を脳が取捨選択している。』
『観測とは、世界を認識する行為である。』
その一文に目が止まる。
観測。
夢の中では聞いていない。
でも、その言葉が妙に引っ掛かった。
「……観測。」
無意識に呟く。
その瞬間。
視界が揺れた。
本棚が霞む。
目の前の親子。
父親が棚から本を取る。
子どもが背伸びをする。
母親が笑う。
その景色が、一瞬で枝分かれした。
子どもが本を落とす。
違う。
父親が抱き上げる。
違う。
母親が先に本を取る。
違う。
何十通りもの光景が、ガラスへ映る景色のように重なっていく。
「っ……。」
湊は思わず本棚へ手をついた。
数秒後。
世界が元へ戻る。
現実では、父親が子どもを抱き上げ、本を手渡していた。
何事もなかったように。
「またか……。」
湊は深く息を吐く。
怖い。
でも。
以前ほどではなかった。
少しだけ、見ようとしている自分がいた。
⸻
帰宅後。
ノートを開く。
新しいページへ書く。
本屋。
親子。
また複数の未来。
少し考える。
そして、その下へ書き足した。
見えているのは未来ではない。
ペンが止まる。
続けて書く。
未来になる前の”可能性”だ。
書いた瞬間、自分でも驚いた。
証拠はない。
なのに。
その言葉だけは、不思議なくらい腑に落ちた。
その時。
部屋のカーテンがふわりと揺れた。
窓は閉まっている。
風は入るはずがない。
湊はゆっくりと振り返る。
誰もいない。
静かな部屋。
ただ。
どこからともなく、あの声が聞こえた気がした。
『…………。』
今度は言葉にならない。
それでも湊は分かった。
この存在は、自分を怖がらせようとしているわけではない。
何かを待っている。
そんな気がした。
湊はノートを閉じる。
窓の外には夕焼けが広がっていた。
「可能性……か。」
その言葉は、初めて自分の口から自然にこぼれた。
そして、その瞬間。
胸の奥のざわつきが、ほんの少しだけ静まった。




