2-10 「何者」
第十話
朝日が差し込む。
湊は一睡もできなかった。
机の上には開いたままのノート。
最後のページには、自分の字で書かれた一文。
問いが違う。
何度見ても、自分で書いた記憶はなかった。
夢だった。
そう思えば済む。
でも。
夢だけでは説明できないものが、少しずつ増えていた。
「……。」
湊はノートを閉じる。
そして会社へ向かった。
⸻
「神谷さん、おはようございます。」
佐伯がいつものように声を掛ける。
「おはよう。」
「昨日、大丈夫でした?」
「顔色、本当に悪かったですよ。」
「寝不足。」
湊は笑って答える。
「今日はもう平気。」
佐伯は安心したように頷いた。
その横から朝比奈が顔を出す。
「嘘ですね。」
「え?」
「平気な人は、自分から”平気”って言いません。」
佐伯が苦笑する。
「朝比奈さん、今日も遠慮ないですね。」
「事実です。」
朝比奈は真顔だった。
「神谷さん。」
「もし話したくなったら聞きます。」
「仕事でも。」
「仕事じゃなくても。」
湊は少し驚く。
「……ありがとう。」
朝比奈は小さく笑う。
「その”ありがとう”は、本当に思ってる顔でした。」
そう言って自席へ戻っていった。
その背中を見送りながら、湊は思う。
結なら。
きっと何も聞かなかった。
朝比奈なら。
聞いてくる。
どちらが正しいとかではない。
優しさにも、いろいろな形があるのだと初めて思った。
⸻
昼休み。
湊はノートを取り出した。
新しいページを開く。
しばらく考え、ゆっくりと書き始める。
六月二十六日
その下へ続ける。
未来は一つではない。
夢では、“問いが違う”と言われた。
これは病気なのか。
それとも、まだ別の何かなのか。
ペンが止まる。
昨日までとは違う。
昨日までは、「忘れないため」に書いていた。
今日は違う。
知るために書いている。
ページを閉じる。
その時だった。
窓の外で風が吹く。
カーテンがゆっくり揺れた。
誰もいないはずの会議室。
なのに。
ほんの一瞬だけ。
誰かの気配を感じた。
反射的に振り返る。
誰もいない。
それでも。
今度は恐怖よりも先に、別の感情が湧いた。
「……知りたい。」
自分に何が起きているのか。
あの声は何者なのか。
なぜ、自分だけなのか。
初めて。
湊は現象から逃げることをやめた。
ノートを鞄へしまう。
深く息を吸う。
「調べてみよう。」
その一歩が。
湊自身も知らないうちに、
世界の真実へ続く扉を開き始めていた。




