2-9 「気づき」
第九話
眠れなかった。
目を閉じるたびに、信号待ちの光景が浮かぶ。
転ぶ高校生。
転ばない高校生。
笑う高校生。
泣く高校生。
どれも現実だった。
どれも現実ではなかった。
ノートを開く。
未来は、一つじゃない。
自分で書いた文字なのに、他人の日記を読んでいるような気がした。
「……寝よう。」
電気を消す。
布団へ入る。
意識が少しずつ沈んでいく。
⸻
気が付くと、真っ白な空間に立っていた。
天井もない。
床もない。
どこまでも白い。
音もない。
風もない。
時間だけが止まっているようだった。
「……夢か。」
湊は周囲を見渡す。
誰もいない。
一歩踏み出す。
足音すら響かなかった。
その時だった。
不意に、背後から声が聞こえた。
『……やっと気づいたか。』
振り返る。
誰もいない。
「誰だ。」
返事はない。
「どこにいる。」
静寂。
「答えろ!」
湊の声だけが白い世界へ吸い込まれていく。
しばらくして。
再び、あの声が響いた。
『まだ、そこか。』
「何が言いたい。」
『問いが違う。』
「……何?」
『だから、お前は見失う。』
意味が分からない。
「俺に何が起きてる。」
『それも違う。』
「だったら!」
「何を聞けばいい!」
長い沈黙。
永遠にも思える時間が流れる。
やがて、その声は静かに言った。
『答えは教えられない。』
『選ぶのは、お前だからだ。』
その瞬間。
白い世界が音を立てて崩れ始めた。
床も。
空も。
光も。
すべてが砕け散る。
「待て!」
「お前は誰なんだ!」
最後に聞こえたのは、たった一言だった。
『また会おう。』
⸻
目が覚める。
時計は午前三時二十一分。
全身が汗で濡れていた。
夢。
そう思いたかった。
だが。
机の上には開いたままのノートがある。
最後のページ。
昨日、自分で書いたはずの文章の下に、一行だけ増えていた。
問いが違う。
湊は息を呑む。
書いた覚えはない。
ページを何度も見返す。
自分の字だった。
それなのに。
その言葉だけは、まるで誰かが自分の手を借りて書いたように思えた。
窓の外では、夜明け前の空がゆっくりと白み始めていた。
湊はノートを閉じることができなかった。
「……問いが、違う。」
その言葉だけが、胸の奥で何度も繰り返されていた。




