2-6 「二つの未来」
第六話
翌日。
昨夜はほとんど眠れなかった。
目を閉じるたびに、廊下へ散らばる書類が浮かぶ。
「疲れてるだけ。」
何度もそう言い聞かせた。
そう思いたかった。
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午後。
客先との打ち合わせを終え、会社へ戻る途中だった。
駅のホーム。
帰宅ラッシュには少し早く、人はまだまばらだった。
湊は電車を待ちながら、ぼんやりと線路を眺める。
ふと、制服姿の女子高生が階段を駆け下りてきた。
スマートフォンを見ながら、小走りでホームへ向かう。
その瞬間。
また胸の奥がざわついた。
視界が揺れる。
一瞬だった。
女子高生が足を踏み外す。
身体が前へ倒れる。
ホームへ転落する。
「危ない!」
湊は思わず声を上げる。
だが。
次の瞬間。
別の光景が重なった。
女子高生は手すりを掴む。
体勢を立て直す。
何事もなかったように歩き出す。
二つの光景が、同時に存在していた。
「……っ。」
湊は息を呑む。
どっちだ。
どっちが起きる。
女子高生の足が、最後の一段へ掛かる。
その瞬間。
湊は駆け出していた。
「危ない!」
女子高生の腕を掴む。
驚いた女子高生が体勢を崩しかける。
同時に、足元が滑った。
「きゃっ!」
手すりを掴む。
女子高生は驚いた顔のまま湊を見る。
「あ……ありがとうございます。」
電車がホームへ入ってきた。
風が吹き抜ける。
湊はその場へ座り込んだ。
今。
何が起きた。
転落する未来。
助かる未来。
どちらも見えた。
いや。
どちらも、本当にあった気がした。
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「神谷さん!」
会社へ戻ると、佐伯が駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「顔色悪いですよ。」
「ちょっと寝不足。」
「本当にそれだけですか?」
朝比奈も近づいてくる。
「さっきから様子がおかしいです。」
「……そう見える?」
「はい。」
朝比奈は迷いなく頷いた。
「神谷さん。」
「最近、ぼーっとしてる時間が増えました。」
「話しかけても反応がない時があります。」
湊は苦笑いする。
「そんなに?」
「そんなにです。」
朝比奈は少しだけ表情を曇らせた。
「無理、してませんか。」
その言葉に。
一瞬だけ、結の声が重なった。
『ちゃんと休んでね。』
胸が締め付けられる。
「……ありがとう。」
自然に言葉が漏れた。
朝比奈は少し驚いたように笑う。
「どういたしまして。」
⸻
帰宅後。
湊はノートを一冊取り出した。
白紙を開く。
ペンを持つ。
しばらく考えたあと、一行だけ書いた。
昨日
書類が落ちることを知っていた。
次の行。
今日
二つの未来が見えた。
ペンが止まる。
そして、最後に書き足す。
偶然では説明できない。
書き終えたページを見つめる。
その文字だけが、妙に現実味を帯びて見えた。
湊はノートを閉じる。
「……記録しよう。」
忘れないためじゃない。
自分が、おかしくなっていないことを確認するためだった。




