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1-13 「さようなら」

第十三話


三日後。


結から指定されたのは、小さな公園だった。


初めて付き合った日に、一緒に歩いた場所。


桜並木の下で、結は一人ベンチに座っていた。


湊に気付くと、いつものように笑う。


「ごめん、待った?」


「ううん。」


「今来た。」


その言葉に、湊は少しだけ安心した。


「今日は仕事大丈夫だった?」


「うん。」


「ちゃんと休みにした。」


「そっか。」


結は嬉しそうに頷いた。


少し沈黙が流れる。


春の風が木々を揺らしていた。


「この前さ。」


湊が口を開く。


「話したいことって何?」


結はベンチから立ち上がる。


そして桜を見上げた。


「湊。」


「うん。」


「私ね。」


少しだけ息を吸う。


「湊のこと、今でも大好き。」


湊は笑った。


「急に何だよ。」


「ありがとう。」


結も笑った。


でも、その笑顔はどこか寂しかった。


「だから。」


「もう、お別れしよう。」


時間が止まった。


風の音だけが聞こえる。


「……え?」


湊は笑ったまま聞き返す。


「何の冗談?」


「冗談じゃないよ。」


「なんで?」


結は少しだけ目を閉じた。


「湊は悪くない。」


「いや、悪いとかじゃなくて。」


「理由を教えて。」


結はゆっくり首を振る。


「湊。」


「私はね。」


「寂しかった。」


その一言だけだった。


責める声じゃない。


怒った声でもない。


ただ。


ずっと心の中にしまっていた言葉だった。


「でも俺。」


「仕事が忙しくて。」


「分かってる。」


結は頷く。


「全部分かってる。」


「だから我慢してた。」


「支えたいって思ってた。」


「でも。」


少しだけ笑う。


「気付いたらね。」


「『あとで』が増えてた。」


湊の胸が、小さく痛んだ。


「あとで話そう。」


「また今度。」


「来月落ち着いたら。」


結は一つひとつ、静かに数えていく。


「最初は信じてた。」


「本当にあとでが来るって。」


「でも。」


「だんだん話したいことがなくなっちゃった。」


湊は何も言えなかった。


何か言わなきゃいけない。


そう思うのに、言葉が出てこない。


「ごめん。」


やっと出た言葉は、それだけだった。


結は少し笑う。


「謝ってほしかったんじゃないの。」


「じゃあ……。」


「私ね。」


結は湊を真っ直ぐ見つめた。


「今日の湊と、一緒にいたかった。」


涙は流れていなかった。


でも。


その一言は、どんな涙よりも苦しかった。


長い沈黙が流れる。


やがて結は、小さな封筒を取り出した。


「これ。」


「なに?」


「今は読まないで。」


「いつ読めばいい?」


結は少し考えて、笑った。


「湊が、本当に向き合いたいって思えた時。」


そう言って封筒を湊の手に乗せる。


「じゃあね。」


結は最後まで笑っていた。


振り返らない。


走らない。


泣かない。


ただ、一歩ずつ歩いていく。


湊は、その背中を見送ることしかできなかった。


呼び止めることも。


追いかけることも。


謝ることも。


何一つできなかった。


ただ、右手の封筒だけが、不自然なほど重かった。

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