1-12 「ありがとう」
第12話
家へ帰ると、部屋は静かだった。
スーツを脱ぎ、ソファへ倒れ込む。
歩き疲れたはずなのに、不思議と眠くはならない。
今日は本当に楽しかった。
そんな余韻だけが残っていた。
テーブルの上へスマートフォンを置く。
画面が光る。
結
メッセージは一件だった。
今日はありがとう。
すごく楽しかった。
湊は少し笑う。
すぐに返信を打つ。
俺も。
また行こう。
送信。
数秒後、既読が付いた。
返事はすぐに返ってきた。
うん。
短い一言だった。
でも、それだけで十分だった。
湊は今日撮った写真を開く。
一枚目。
真顔の二人。
「証明写真か。」
思わず一人で笑う。
二枚目。
夕焼けを背に笑う結。
観覧車。
イルカショー。
マンボウ。
クリームパン。
カレーパン。
どの写真にも結は笑っていた。
その笑顔を見ていると、自然とこちらも笑ってしまう。
「写真って、意外といいな。」
結が残したがる理由が、少しだけ分かった気がした。
スマートフォンを閉じようとした時だった。
通知が一件届く。
また結だった。
湊。
次に会う時、ちゃんと話したいことがあるの。
湊は画面を見つめる。
今日も言っていた。
「少し話がある。」
結局、話せなかった。
少しだけ気になったが、不思議と嫌な予感はしなかった。
五年間付き合ってきた。
話したいことなんて、これから先もいくらでもある。
そう思っていた。
湊は返信する。
分かった。
今度ゆっくり聞くよ。
送信。
既読はすぐに付いた。
でも。
返事は来なかった。
その夜。
眠りにつく直前。
今日の観覧車が頭に浮かぶ。
『今日は、楽しかった一日のまま覚えていたいから。』
結の言葉が、静かに蘇る。
「変なこと言うよな。」
独り言を呟き、目を閉じる。
そして。
夢とも現実ともつかない暗闇の中で、誰かの声が聞こえた気がした。
『……また。』
小さすぎて、聞き取れない。
湊は寝返りを打つ。
翌朝には、その声のことなど忘れていた。
ただ一つだけ。
目が覚めた時、胸の奥に小さな違和感だけが残っていた。




