第16話 全身が痛いです
翌日、私は教室の自分の机に突っ伏していた。
窓側から三列目、後ろから二番目。
端でも真ん中でもない、なかなか居心地のいい場所だ。
左斜め前に美宙、右斜め前に杏奈の席があり、今は二人がおしゃべりしている。
二人とも、私が筋肉痛で動くのも辛い、と告げたら適度に放っておいてくれてる。優しさが沁みる。
今朝は、全身がギチギチの筋肉痛で、起きるのも一苦労だった。
人間、全身が筋肉痛になると寝返りもうてないし、起き上がることも難しいんだよ、知ってた? 私は今朝知った。
まず首と肩回りの筋肉痛で、首が動かせない。首が動かせないと、上体を起こせないので起き上がれない。
そんなバカな、て思うよね。
びっくりするくらい、起き上がる、という日常なにげなくしている動作が難しかった。
次に手足の筋肉痛で寝返りができない。
結果、今朝の私は仰向け・気をつけの状態でじっと天井を見つめながら三十分ほど、人間の身体の動かし方を一生懸命思い出そうとしていた。
最終的に五分ほどかけてじわじわとベッドの端まで身体をずらしていき、上体をベッドからずり落として尺取り虫みたいな動きを繰り返して起き上がった。
途中、妹の真奈に見つかって「お母さん! お姉ちゃんが朝からホラー映画ごっこしてる!」って言われたのは、だいぶ心にきた。
何の話をしてるんだ、って? 現実逃避だよ!!
机に突っ伏している私の耳に聞こえる、例の名前。
……スター・ホワイトが……
……スター・ホワイトは……
……ヴァイセ・ブリューテ……
……スター・ホワイトと……
……ヴァイセ・ブリューテの……
……スター・ホワイトの……
あー、あー、聞こえませーん!
最大手事務所ファーストナイトで今イチオシの若手がヴァイセ・ブリューテ、昨日ちょっと隔獣駆除をお手伝いした魔法少女だ。
やや濃いめのピンクのブラウスに、同色のふわりと広がるケープ、ひざ丈の黒いスカート。
スカートの裾近くには白い花の刺繍が連なり、裾の下には、白い花弁が多数重なったようなふんわりパニエが覗く。
しかしてその足元は、男性用みたいなゴツい厚底レースアップショートブーツという、なかなかに分かってるバトルスーツデザインだ。
声は甘めで、口調は丁寧。変に煽ることもしてこない正統派妹タイプ。
ビジュアル面はかなり強く、人気はあるが、実績面が弱かった。
白い花片を自在に操る魔法は、見た目はとても派手だが、距離が離れるほど操れる花片の量が減る。ある程度まとまった量をぶつける必要がある攻撃は、どうしても射程が短くなる。
安全マージンを取れば一撃が軽くなり、結果、隔獣相手に長時間の引き撃ちを繰り返す泥仕合になる。
とくに相性最悪なのが、昨日戦っていた鹿型の隔獣だ。
身体に比して異様に大きく、枝分かれしながら盾状に広がる角が周囲のルミナを乱すため、ルミナを使用した空中機動が制限される。
空中でバランス崩して落ちたところを襲われると、離脱も難しい上、ルミナを乱す効果で軽い攻撃は散らされてしまうからどうにもできない。
朝、机でへばっている私に、杏奈がハイテンションに見せてくれた切り抜きでは、実際かなり危ない感じになっていた。
ファンの悲鳴みたいなコメントが流れる中、白い小爆発が連続して隔獣を足止め。
即座に大技のタメに入り、大逆転の一撃を放つ。
おまけで、救援に来たセラ様が、新たな隔獣を探知、便利棒でドーン。
実際にドーンされそうになったの私だけどね!
推しからのサービスで昇天しかけたよ!
誰にも自慢できないけど!!
それは置いておいて。
ネットは大盛り上がりらしい。
ピンチに、どこからともなく援護射撃……からの大逆転。
しかも、遠距離狙撃をする謎の魔法少女の話題がネットをいい感じに温めていたところだ。
そりゃ、アツいよね。
魔法少女ファンなら、乗るしかない大波だ。
切り抜きは天元突破しそうな勢いで再生数を伸ばし、SNSのトレンドを席捲。
そして、今の教室の風景に至る。
今は……ヴァイセ・ブリューテと謎の魔法少女スター・ホワイトの共闘が、偶然のコラボだった派と、共闘予定だったが行き違いになってた派が激論を展開している。
どうやら、偶然派と行き違い派は、スター・ホワイトがどの事務所からデビューするかで分かれている模様。
ファーストナイトからデビューするのに賭けているのが行き違い派。
アヴァロン、または、くろっくきゅーぶからデビューするのに賭けているのが偶然派。
っていうか、賭けてるんか、おまえら。
誰も予想してない事務所からデビューして、私が総取りしてやろうか??
しないけど!
「あーちゃん、動かないねぇ」
「内心はなんか忙しそうだけど」
「そうなの?」
「耳がぴくぴく動いて、周りの会話を拾ってる」
美宙?! え、私の耳、そんなに動くの?!
「ねえ杏奈、杏奈はテレビ見る?」
「え? テレビはあんまり見ない。なんで急にテレビ?」
「うちは両親がリビングのテレビ点けっぱなしにしてることが多いんだけど、昨日の晩から特災庁の広報コマーシャルがいっぱい流れてて」
「へー、特災庁のコマーシャル」
「魔法少女の支援制度はこうですよー。魔法少女になったらここに連絡してねー、っていうコマーシャル」
「あー、SNSとかまとめサイトでも、広告バナーがいっぱい出てた! スター・ホワイト探されてるなぁって思った」
「やっぱり、杏奈もそう思うよね」
心臓に悪い話はやめてくれませんかー?!
え、なに? なんで?
あれ? これ、アレ言わなきゃいけないやつ?
私、なにかやっちゃいましたか?
いや、やってないし。
隠れてコソコソ、芋砂してただけで、そんな大それたことしてないよ。
昨日、十回くらい死にかけただけだよ。
特災庁がわざわざ探すほどのことはしていない、と断言する。
たまたまそういう広報の予定があって、時期が偶然重なっただけだ。
特災庁かー。
特災庁、匿名相談窓口とかあったっけ?
魔法少女に変身せず境界層で戦う場合に、隔獣との不意遭遇を避けるにはどうしたらいいですか?
だめかな。
だめだよなー。
明文化したら、ふざけてるとしか思えない。
変身しろ。それで万事解決だ。
変身できない場合は?
境界層に入るな。
ってなるよねー。どうしよ。
「あーちゃん、うーうー唸ってる」
「筋肉痛がすごいんじゃない?」
「美宙、あーちゃん好きだけど、たまにすごくドライだよね」
「そう?」
隔獣駆除は続けたい。
死んだら本末転倒。
変身は……したくない。
ほんとう、どうしよう。




