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第十二話

放課後、校門を出たところで凛と別れる。


「また明日ね」

 

と手を振る凛に笑い返してから、私はそのまま家とは逆の方向へ歩き出した。

自然と足が早まる。

歯形みたいなあざを見てしまってから、胸の奥のざわつきが消えない。

授業中も、帰り道も、頭の中では同じ形が何度も浮かんでは消えていた。

 

――何が起きているのか。

――どうすればいいのか。

 

考えても、答えは一つも出てこない。

でも、何もしないでいるのは、どうしても耐えられなかった。

 

気づけば、三荒山神社の鳥居が見えてくる。

近道として通ることはあっても、ちゃんと中に入るのは久しぶりだった。

境内に足を踏み入れると、空気が少し変わる。

街の音が遠のいて、木々のざわめきだけが耳に残る。

理由もなく、背筋が伸びる。

 

「……お願いします」

 

誰に言うでもなく、そう心の中でつぶやきながら、社務所へ向かう。

お守りが並んでいる棚の前で、立ち止まる。

交通安全、学業成就、健康祈願、家内安全。

色も形も、願い事も、たくさんある。

どれが正しいのかなんて、分からない。

そもそも、こんなことで何かが変わるのかも分からない。

それでも、指が勝手に動く。

「守ってくれそう」だと感じたものを、いくつも手に取ってしまう。

 

健康のお守り。

厄除け。

なぜか目についた、小さな白いお守り。

 

――全部、意味がないかもしれない。

――でも、何かしていないと耐えられない。

 

お賽銭を入れて、深く頭を下げる。

願い事を口に出すことはできなかった。

ただ、凛の顔と、あの左腕を思い浮かべる。

 

「……お願いします」

 

それだけ言って、神社をあとにする。

手の中で、複数のお守りが小さく擦れ合う音がする。

不安は、消えなかった。

でも、ほんの少しだけ、息がしやすくなった気がした。

――これで、守られるはず。

そう信じたいまま、私は夕暮れの道を家へと戻っていった。

 

 ◇


家に着くと、夕方の空気がまだ少しだけ残っていた。

玄関で靴を脱ぎ、リビングに入る。

いつも通りの匂いと、いつも通りの夕食。

家族と向かい合ってごはんを食べながら、今日のことを思い返す。

三荒山神社。

お守り。

理由はよく分からない。

お守りを買ったからなのか、ただ「何かをした」という実感があるからなのか。

学校にいたときと比べると、胸の中のざわつきが、少しだけ落ち着いていた。

 

「……大丈夫」

 

小さく自分に言い聞かせる。

 

夜になり、部屋に戻る。

机の上に、神社で買ったお守りを並べて置く。

色も形もバラバラで、正直どれが正しい選択なのか分からない。

それでも、じっと見ていると、凛の笑顔が浮かぶ。

無邪気で、明るくて、何事もなかったみたいな顔。

同時に、あの左腕。

半袖の隙間から見えた、歯形みたいなあざ。

胸の奥が、きゅっと鳴る。

 

「……明日、渡そう」

 

小さくそう呟く。

理由は説明できないけれど、きっと持っていてほしいと思った。

布団に入って、電気を消す。

今日は不思議と、眠りに落ちるまでの時間が短かった。

まだ完全には安心していないはずなのに、体だけが先に休もうとしている。

——大丈夫。

きっと、もう悪いことは起きない。

そんな考えが、意識の底に沈んでいった。

 

 ◇


次の日の朝。

教室に入ると、いつものざわめきが広がっていた。

条件反射みたいに凛の席を見る。

 

……空いている。

 

最初は、少し遅れているだけだと思った。

たまたま、朝が弱かっただけ。

そういう日もある。

けれど、チャイムが鳴っても、凛は来なかった。

それから次の時間になっても、席は空いたまま。

胸の奥が、ゆっくりと冷えていく。

机の中に入れたままのお守りの感触を、無意識に指で探す。

昨日は、守られる気がしていたのに。


——凛は、学校に来なかった。

 

その事実だけが、教室の音の中で異様にはっきりと浮かび上がっていた。

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