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第7話 暗影

《君にボクの全てを委ねる!今からキミが、ボクを救う王子様だ!!》


「ハッハ!素晴らしいな!やはりワタシの眼に狂いは無かった!」


 守護者ウィータが、漆黒の残像を残しながら肉薄してくる。


《来るよ!さあ……アラタの思うがままに、この力を使って!》

 

 脳内に響くセイヴィアの声に応えるように、僕は至高の速度で黄金の剣を虚空に展開する。十、二十三十――その一振り一振りに、刺すような冷気の魔術を流し込む。


『剣よ……凍れ!』

 

 絶対零度の冷気を纏った無数の宝剣が、彗星のごとき尾を引いて守護者へと殺到した。


 「素晴らしい攻撃だ。だが、この程度の弾幕なら躱すのはわけないぞ!」

 

 影の如き守護者は、物理法則を無視して体を不定形に歪ませ、剣の隙間を縫うように滑り込んでくる。一気に間合いを詰められ、黒い剣が僕の視界を縦に割った。


「見たところ、戦い方に迷いがあるな。近接戦闘の経験不足か? それでは宝の持ち腐……」

 

 語られる言葉を、僕は黄金の剣で強引に跳ね上げた。彼女の「経験」が僕の腕を動かし、最短距離で守護者の胴を薙ぐ。


「ハッハ! なるほど、彼女の剣術を使えるのか! しかも、これは……っ!」


 切り裂かれた闇の体から、ミリミリと凍りつく音が響く。


「傷口が凍る、少しまずいな……。だが!!」


 守護者の輪郭が激しく揺らぎ、広間の全方位からどす黒い重圧が立ち昇る。


『世界よ……喪え』!!!

 

 再び放たれた禁忌の言霊。世界から色が奪われ、濃密な闇がすべてを塗りつぶす。しかし今度は、数秒待っても闇は晴れなかった。


「今度はキミの『五感』を奪った! 何も見えない闇の中で次は何を魅せてくれる!?」

 

 視覚も聴覚も、自分の手足の感覚さえもが、底なしの沼に沈んだように消失した。完全なる孤独。だが、恐怖はなかった。なぜなら――


《アラタ、右から来るよ。三歩下がって、横一閃!》

 

 魂の深奥で響く彼女の声が、闇を切り裂く標となった。

 

 一閃。闇の中で火花が散る手応え。

 

 さらに一閃。彼女のナビゲートに合わせて、僕は正確に守護者の体を削り取っていく。

 

 しかし、闇を統べる怪物は甘くなかった。

 

 不意に、剣が動かなくなる。手応えが重い。――わざと深く斬らせ、その肉体で僕の剣を固定したのだ。

 

 生じた一瞬の硬直。死神の鎌の如き黒い剣が、僕へ振り下ろされる。


『氷よ……纏え!!』

 

 反射的に唱えた魔術が、僕の全身を分厚い氷の結晶で包み込む。

 

 衝撃。ゴガッ、と骨の軋む音が響く。氷の鎧を粉砕して通った衝撃が内臓を揺らし、僕はたまらず血を吐き出した。まともに受けていれば間違いなく死んでいたであろう一撃。


「今度は氷の鎧か! 多彩だなあ、素晴らしい!!」

 

 内臓を焼くような痛みに意識が飛びかける。だが、確信した。この距離、この密着状態なら――もう「見る」必要さえない!!


《アラタ! 今だよ、最大出力!!!》


「おおおおおっ!!!」

 

 折れそうな腕に全霊を込め、黄金の剣を逆手に握り直す。


「剣よ……凍れぇえええーーーー!!!!!!」

 

 僕の渾身の魔術を、セイヴィアの黄金の輝きを、すべて一点に凝縮して叩き込む。

 

 パキパキと空間ごと凍りつく音が響き、ウィータの漆黒の体が白銀の彫像へと変わっていく。やがて亀裂が全身を走り、守護者は音を立てて崩壊した。


「ははっ……やっぱり……キミには勝てないなぁ…………」

 

 崩れ去る闇の破片の中で、守護者はどこか満足そうな、救われたような笑みを浮かべて霧散した。

 

「はあ、はあ……勝った……のか?」

 

 静寂を取り戻した守護者の部屋の広間で、僕は膝をつく。


「うん、アラタの勝利だ。やっぱり君が、ボクを救う王子様だったんだね。」

 

 いつの間にか元の姿に戻っていたセイヴィアが、僕の肩を支える。その声は優しく、けれどどこか遠く響いた。


「セイヴィア……さっきの姿は、一体……それに……」

 

 問いかけようとした瞬間、全身の血管に焼けた鉄を流し込まれたような激痛が走った。視界が急激に暗転し、思考が混濁する。


「慣れない力を使った反動だね。それに……流石の君も魔素中毒だ。今は何も考えず、ゆっくり休んで」


 彼女の柔らかな温もりを背中に感じながら、僕は深い意識の闇へと沈んでいった。



◻️◻️◻️◻️◻️

 

 

 目が覚めたのは、真っ白な天蓋が見える豪奢なベッドの上だった。


「……っ」

 

 状況を把握しようと身を起こしかけると、全身の筋肉が軋むような鈍い疲労感が襲ってきた。だが、直前まで感じていた内臓が焼け焦げるような激痛や、骨が粉砕された絶望感はどこにもない。


「あ、ダメだよアラタ。まだ急に動いちゃ」

 

 ベッドの傍らから、安堵に満ちた声が降ってきた。視線を向けると、普段の動きやすい服装ではなく、透き通るような白いドレスを身に纏ったセイヴィアが、心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。その目元は、少しだけ赤く腫れているように見える。


「セイヴィア……ここは?」


「王宮の治療室だよ。外傷は完全に塞がってるけど……まだ無理しないで」

 

 ふわりと香る彼女の匂いに混じって、部屋にはかすかにハーブの清涼な香りが漂っていた。

 

 ふと自分の体を確認すると、血塗れだったはずの服は清潔で肌触りの良い寝巻きに着替えさせられている。


 手のひらを開閉してみても、魔素中毒による体の痺れはすっかり引いているらしい。どうやら数時間は眠っていたようだ。


「ごめん、心配かけた。……でも、勝ててよかった。」


「……うん。ボクを救ってくれて、本当にありがとう、アラタ」

 

 セイヴィアは一瞬だけ泣きそうな顔を見せたが、すぐにいつものようにふわりと微笑んだ。けれど、その痛ましそうな瞳の奥に、ほんの僅かな翳りのようなものが見えた気がした。

 

 回復を確認した僕はベッドから降り、用意されていた真新しい上質な服に袖を通す。


 そして、どこか普段とは違う、静かで硬い表情を浮かべたセイヴィアに連れられ、王国の心臓部――玉座の間へと向かった。


「今回は大儀であったな、セイヴィア」


 重厚な扉が開くと、威厳に満ちた声が広い空間を震わせた。

 

 玉座に鎮座するのは、ノースフィールド王。

 

 セイヴィアのような繊細な美しさは微塵もなく、そこにあるのは戦場を駆け抜けてきた古強者の覇気だ。鍛え上げられた肉体と、すべてを威圧するような獣の眼光。


「ありがとうございます。お父様」

 

 隣で膝をつくセイヴィアが、普段の奔放さを微塵も見せず、完璧な王女としての所作を披露している。その横顔に、僕は拭いきれない違和感と、遠い世界の人なのだという寂しさを感じていた。

 

「アラタ殿も、我が娘の窮地を救い、守護者を討ったこと、心より感謝する。どうだろうか? このまま我が国専属の攻略者として、その力を振るってはくれぬか? 衣食住のすべて、そして望む限りの富を約束しよう」


 ……願ってもない申し出だ。このまま王宮に居座れば、セイヴィアとも毎日会えるだろう。けれど、僕の胸には借りたままの金貨の重みと、ある約束が引っかかっていた。

 

 それに、あの妖艶な守護者――アルデーレさんの顔が浮かぶ。


『恋人探しを手伝わないと、燃やすわよ?』

 ……あっちの約束を破る方が、物理的に命が危ない気がする。


「ありがたい申し出ですが、謹んで辞退させていただきます。私にはまだ、外の世界で果たすべき約束がありますので。……ですが、これからもセイヴィアさんの力が必要な時は、必ず駆けつけます」

 

 僕は不敬に当たらないよう、最大限の敬意を込めて言葉を選んだ。


「そうか……それは残念だ。しかし、今回の功績は大きい。守護者の魔石がもたらす恩恵もさることながら、何より『予言』が真実であることが証明されたのだからな」

 

 王は意外なほどあっさりと引き下がった。その満足げな笑みの奥に、僕の知らない何かが隠されている気がして背筋が寒くなる。


 ……予言? 何のことだろう。


「この祝福を国民と分かち合うべく、一週間後、盛大に祝賀祭を開こう。アラタ殿も、大いに楽しむが良い。」



◻️◻️◻️◻️◻️

 

 

 謁見が終わった後、セイヴィアに『予言』のことを聞き出そうとしたが、彼女は「ごめん、急用!」と言い残し、逃げるように立ち去ってしまった。

 

 モヤモヤとした気持ちを抱えたまま宿に戻ると、夜の静寂が部屋を支配していた。

 

……思えば、アルデーレさんは明日の昼にデート(兼恋人探し)に来ると言っていたし、今日は本当に、運命の歯車が急加速しているような、そんな気がする。

 

 不意に、扉がノックされた。

 

 開けると、そこには月明かりを背負って立つ鉄兜の男――シュピーゲルさんが立っていた。


「珍しいですね。……セイヴィアが、また何か?」

 

 今思えば、彼と二人きりで対峙するのは初めてだ。


「……『予言』のことについて知りたいのではないかと思ってな。聖女様はお前に教えるつもりはないだろうから、俺が代わりに教えに来た。」



◻️◻️◻️◻️◻️

 

 

 シュピーゲルさんが語り始めたのは、遥か昔から伝わる、ノースフィールド王国二代目女王ヘデラ・ノースフィールドが遺した予言の内容だった。


 一つ。長き眠りについていた鏡の聖女セイヴィアが覚醒する。


 二つ。聖女が目覚めた日から丁度10年後、守護者ウィータを打ち倒す『英雄』が現れる。


そして――三つ。

 剣の聖女セイヴィアの『魔石』を英雄に捧げることで、英雄は神の如き力に目覚める。その力を持ってダンジョンの最下層――第十層に到達し、人類には永劫の平和がもたらされる。

 

 聖女の『魔石』

 この世界のモンスターは死ねば魔石に変わる。ならば、聖女が魔石を捧げるということは、その意味は一つしかない。


「さあ、これを聞いてお前はどうする? 」

 

 目の前の男はまるで鏡のように僕に問いかけた。


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