表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/36

第5話 デート回?

「どうしたものかなぁ……」


 アルデーレさんに勢いよく啖呵を切ったはいいものの恋人探しは難航していた。


 あれからたまにアルデーレさんと街に繰り出して探しに行っているのだが、僕に知り合いが全くいないこともあり、思うような成果が出ていなかった。


 ……このままいくと本当にシュピーゲルさんを紹介することになるなぁ。


 そんなことを考えていると宿のドアが壊れんばかりの勢いで叩かれた。


「アラタ!起きてる!?ボクとデートしようよ!」

扉を開けるなり飛び込んできたのは、朝日を背負って眩しく笑うセイヴィアだった。


◻️◻️◻️◻️◻️


「デートって……ただのダンジョン攻略じゃないか……」

 

 少し期待した僕が馬鹿だったのか。セイヴィアに細い指先でぐいぐいと手を引かれ、連れて来られたのは見慣れた岩肌が口を開けるダンジョンの入口だった。


「アラタと分かれてから4日間くらい顔出せなかったでしょ?実はあの後シュピーゲルにめちゃくちゃ怒られて、しばらく城から一歩も出してもらえなかったんだよね」

 

 申し訳ないが、あのお堅そうな従者の心中を察すると「そらそうだ」としか言いようがない。


「だから、もうダンジョンに行きたくて身体がムズムズしてたの!アラタもまだ十階層から先に進んでないでしょ?今日はボクがエスコートしてあげるから、もっと奥まで行ってみようよ!」


 セイヴィアは腰の剣を軽く叩き、弾むような足取りで薄暗い穴の中へと踏み込んでいく。


「行くのはいいけど、シュピーゲルさんの許可は取れたのか?」


「いや?また仕事が溜まって忙しくなったみたいだから、書類の山に埋もれてる隙に抜け出してきただけだよ?」

 

 確信した。あの従者の胃痛の原因の九割は、間違いなくこのお姫様だ。本当に……御愁傷様です。


◻️◻️◻️◻️◻️


~第二層~


「第二層に入ったけど……出るモンスターの種類が変わるくらいで、強さが劇的に変わるわけじゃないんだな」

 

 僕は迫りくる巨大なコウモリに向けて、練り上げた氷の弾丸を放ちながら言った。


 バシャリと音を立てて撃ち落とされた怪物が、光の粒となって消えていく。


「守護者たちが桁外れに強いだけで、モンスターの強さはどこもそんなに変わらないよ。流石に第五層以降の『深部』になったら、変わるけどね」

 

 セイヴィアは、足元を埋め尽くさんとする巨大なネズミの群れを、まるで見えない指揮棒でも振るうかのような鮮やかな剣捌きで次々と切り裂いていく。


「でも、アラタがそう感じる一番の理由は、アラタ自身の魔素への耐性がめちゃくちゃ高いからだと思うよ。普通は、そんなにポンポン魔術を連発したら、すぐ息切れして動けなくなるもん」

 

 セイヴィアは、僕が放った魔術の跡が残る壁をまじまじと見つめた。


「だから多分だけど、深部に入るまではアラタにとっては散歩みたいなものじゃないかな?……ってアラタ!あれ見て!!」


 セイヴィアが唐突に声をあげる。


「――ッ、モンスター!?」

 彼女の声に反応し、僕は即座に魔術の発動準備に入る。


「そうだけど違うよ!!」


 薄暗い通路の真ん中にいたのは、透き通った淡い水色の、小さなスライムだった。


 プルプルと震えるその体は、まるで上質なゼリーのようだった。


 鋭い視線に射抜かれたそのモンスターは、逃げる様子も見せず、その場で小さく跳ねた。


「ウィ~~……」


 抜けたような、それでいてどこか楽しげな、頼りない鳴き声が洞窟内に響く。


「今、ウィ~って言ったのか? このスライム、ウィ~って鳴いたのか?」


 スライムってこんなに鳴き声特殊なのか?


「ウィ~! ウィ~!」


 まあでもモンスターには代わりないし……

僕は途中で止めていた魔術を再び起動させる。


「わ、わわっ、ちょっと待ってアラタ! 撃っちゃダメ!」


「ちょっと、危ないよセイヴィア!」


 セイヴィアは我慢できなくなったのか、僕を押し退けてスライムの前にしゃがみ込んだ。


 スライムは彼女のブーツに体をすり寄せ、心地よさそうに平べったく形を変える。


「スライムは滅多にお目にかかれないんだよ!それに見てよ、このつぶらな瞳! そしてこのプルプル感! 鳴き声も相まって、信じられないくらい可愛いでしょ!!」


「……確かに可愛いけど。」


「ウィ~……(ぷるんっ)」


「…………」


 思わず言葉が止まる。

足元で無邪気に跳ねる水色の塊は、どう見ても戦意など持ち合わせていなかった。むしろ、戦闘で疲れていた僕の心を、その気の抜けた声でじわじわと侵食していく。


「……『ウィー太郎』にしよう。」


「え?急にどうしたのアラタ?」


「この子の名前だよ!『ウィー太郎』。鳴き声がウィーで、この子は……まあ、なんとなく男っぽそうだから、太郎。どう、いい名前でしょ!?」


 改心の出来だ。僕は自信満々に胸を張った。


 沈黙が数秒続いた後、セイヴィアの肩が小刻みに震え始めた。


「……っ、ふふ、あはははは! ちょっと、アラタ! なにそれ、ダサすぎるでしょ!」


「だ、ダサいって……覚えやすいし、個性的でしょ!?」


 笑い転げる彼女を尻目に、僕は顔を真っ赤にして反論する。


「『ウィー太郎』って……あはは! さっきまで問答無用で攻撃しようとしてた君はどこにいったのさ」


「そ、そんなに笑うことないじゃないか!」


「ごめん、ごめん。あとスライムを飼うのは無理だよ。可愛いけどモンスターだからね。油断してたら普通に襲ってくるよ。実際にそれで死者も出てるし」


 ……それは先に言ってよ。



⬜⬜⬜⬜⬜


 

 『ウィー太郎』と別れた後、悲しい気持ちを紛らわすために「そういえば」と、僕はかねてからの疑問を口にした。


「セイヴィアが使う、その剣を空間から出す魔術……それって何属性なんだ? 他の攻略者を見ても、誰もそんな戦い方はしてなかったけど」

 

 ギルドの資料によれば、この世界の魔術は八つの基本属性に分類されるはずだ。だが、セイヴィアのそれは、詠唱も予備動作もなく、ただ虚空から鋼が生まれる。


「ボクのこれは、魔術じゃないよ。発動の原理も、魔術とは別物だしね……」

 

 一瞬、彼女の琥珀色の瞳に、深い影が差した。いつもの天真爛漫な仮面が剥がれ落ち、ひどく大人びた、あるいはひどく孤独そうな表情。

 

「……あ! それよりもお腹減っちゃった! 攻略はおしまい、街に戻ってご飯食べよ!」

 

 すぐに明るい声に戻ったけれど、その無理に作った笑顔の奥に、僕はそれ以上踏み込むことができなかった。


 気まずい空気を誤魔化すように彼女は踵を返し、足早に洞窟の出口へ向かう。



◻️◻️◻️◻️◻️



「アラタは何か食べたいものある?」


「そうだなぁ……正直この街のグルメ事情には疎くてね。何があるのかもよく分かってないんだ。」


「それなら、ボクがずっと食べてみたかったものがあるの! 行ってもいいかな!?」

 

 彼女の勢いに押されて連れてこられたのは、大通りの隅に店を構える小さな屋台だった。香ばしい醤油と脂の焼ける匂いが、食欲をダイレクトに刺激してくる。

 屋台を切り盛りしていたのは、年季の入った前掛けを締めた、銀髪の老夫婦だった。

 

 深く刻まれた皺をさらに深くして笑うお婆さんが客を捌き、その横では職人気質そうなお爺さんが、年季の入った団扇をリズムよく動かして炭を熾している。パチパチと火花が散り、滴る脂が煙となって立ち上る。

 

 ふと隣を見ると、セイヴィアが足を止めたまま、ぼーっとその光景を眺めていた。

 

 いつもなら「美味しそう!」と騒ぎ出しそうなものだが、今の彼女は、立ち上る煙や、阿吽の呼吸で立ち働く老夫婦の姿を、何かに取り憑かれたようにじっと見つめている。


「セイヴィア?」

 

 声をかけても、すぐには反応がない。琥珀色の瞳は、炭火の赤い光を反射して、どこか遠くのものを見ているようにも見えた。

 

 ……一国の王女様にとって、こういう庶民的で、けれど温かい「日常」の風景は、僕たちが思うよりもずっと珍しく、眩しいものなのかもしれない。

 

 しばらくして、お婆さんが「お嬢ちゃん、食べてくかい?」と声をかけると、彼女はハッとしたように瞬きをして、いつもの天真爛漫な笑顔を取り戻した。


「……あ、うん! 食べる! アラタ、ここ、凄くいい匂いがするね!」

 

 セイヴィアは、珍しい宝箱を見つけた子供のように、また目を輝かせ始めた。


「セイヴィア、ここは僕が払うよ。魔石を売ったお金もあるし、まだ借りを返せてないからね」


「本当!? やった! おじさん、この焼き鳥を十……いや、二十本ちょうだい!」



◻️◻️◻️◻️◻️



「これ、凄く美味しいね……っ!」

 広場のベンチに腰掛け、焼き鳥(のような肉串)を頬張るセイヴィア。

 

 確かに、絶品だった。カリリと小気味よい音を立てて香ばしく焼けた皮が弾けると、中から閉じ込められていた熱い肉汁が溢れ出す。噛みしめるたびに、鶏肉とは少し違う、もっと野性味溢れる濃厚な旨味が口いっぱいに広がった。

 

 ……それにしても、セイヴィアさん。もうすぐ十本目に手が届きそうですが、食べ過ぎでは?


「今、ボクが食べ過ぎだって思ったでしょ」

 

 もぐもぐと口を動かしたまま、彼女がジロリとこちらを睨む。図星だ。


「ダンジョン攻略でたっぷり動いたから、エネルギー補給は大事なの! ほら、ボクって全然太らない体質だし!」


 確かに、彼女は細身で華奢だ。その薄い身体のどこに、巨大なモンスターを一刀両断する力が眠っているのか不思議でならない。

 

「セイヴィアは、どうしてそんなにダンジョン攻略が好きなんだ?」


「ん? あぁ……それはね、ボクの好きな物語に出てくる主人公の影響だよ」

 

 意外な返答だった。正直文字には触れない係の人種だとばかり。


「その主人公の戦い方が、最高に格好良くてね。実はボクの戦い方も、その物語の主人公を真似たものなんだよ」


「へぇ、どんな物語?」


「……悲しいお話だよ」

 

 彼女は串を休め、夕闇が迫る空を見上げた。


「何一つ取り零すことなく、全ての人を救おうとした主人公が、世界中を旅する物語。でも、最後はその重すぎる理想に押し潰されて、後悔の中で死んでしまうんだ」


「……その、申し訳ないんだけど、面白いのか?」


「ううん、全然! 救いのないバッドエンドだもん。でもね、その主人公の生き方だけは、どうしても嫌いになれなかったんだ」

 

 そう言って、彼女は自嘲気味に笑った。


「ボクはこう見えて乙女だからね! 好きなお話は、やっぱり王子様がお姫様を救い出すようなロマンチックな物語がいいな。もちろん、最高に幸せなハッピーエンドのやつ!」

 

 セイヴィアは空になった串を置いて、僕を覗き込んできた。


「ボクばっかり答えるのはズルいよ。アラタの好きなことも教えて!」

 

 その真っ直ぐな瞳に、僕は少し気恥ずかしさを覚えながら、今まで胸の奥に仕舞っていた言葉を紡いだ。


「僕は……物語を作るのが、好きかな。小さい頃からずっと。」


「それって、凄く素敵だよ、アラタ!」

 

 セイヴィアは今日一番の、嘘偽りのない笑顔を僕に向けた。


「じゃあ、完成したら真っ先にボクに読ませてね! ボクがそのお話の『読者第一号』になるからさ!」

 

 夕暮れの風が彼女の金髪を揺らす。無邪気に笑う彼女の姿は、バッドエンドの物語よりも、僕がこれから書こうとするハッピーエンドのお姫様に、ずっと相応しい気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ