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第47話 ミスリード

憑依ロード・アレス」


 その言霊と共に、僕の全身を『再現』の魔力が駆け巡る。力の入れ方、呼吸の深さ、視界の広さ。そして、世界をどう認識するかという『剣士としての脳髄』に至るまで、僕の身体は強制的にアレス・シュバートという存在へと書き換えられていく。


 それと同時に右手に生成した『氷の剣』が、形を変え、重心を変え、アレスが握る刀と全く同じバランスへと最適化されていった。


 でも……まだ足りない。


 僕はさらに魔力を発動させる。


 本来であれば使用出来ない無属性魔術による肉体強化を、『再現』の魔力によって無理矢理実行する。


 術理と身体能力。


 本来僕と剣聖の間に存在した、比べるのも烏滸がましい程の圧倒的な差を無理矢理埋めていく。


「……ほう?」

 

 アレスの目が、驚愕に大きく見開かれた。

 

 僕の全身から漏れ出しているのは、紛れもなく彼自身が放つものと全く同じ、周囲の空気を焼き切るような『絶対的な死』のプレッシャーだったからだ。


「理解した、なるほど……理不尽極まりないな。」

 

 僕は、氷の剣をだらりと下げたままアレスと全く同じ自然体の構えを取った。


「ククッ……ハハハハハハハハッ!!」

 

 一瞬の静寂の後、アレスは天を仰いで狂ったように笑い出す。


「流石じゃ英雄殿、今のお主は限りなくワシの立つ領域に近い。」

 

 歓喜に打ち震える剣聖の顔には、もう先程までの気怠さや落胆は欠片もなかった。

 

 己が極めた道の果て、その最高到達点に立つもう一人の自分。それこそが彼にとって至上の『敵』であることは想像に難くない。


ジリジリと、お互いに無言のまま距離を詰めていく。

 

 そして――剣の間合いへと踏み込んだ瞬間。

 

 ――ガィィィィィンッ!!!!

 

 僕とアレスの剣が激突し、凄まじい衝撃波が闘技場を吹き荒れた。

 

 互いの剣速は神速。火花を散らしながら、一秒間に数十回という次元で刃が交錯する。

 

 一閃、二閃、三閃。

 

 相手の思考が『自分』であるからこそ、次にどう斬ってくるかが完全に先読みできる。だからこそ、互いに同じ軌道、同じ威力で剣がぶつかり合い、膠着状態が続くはずだった。

 

 しかし。


「グッ……!」

 

 十合、二十合と打ち合ううちに、僕の足が僅かに後ろへと下がり始めた。少しずつ、確実に押し込まれている。


「ワシの技量は再現できておるが、身体能力についてはこちらに分があるようじゃのぉ」

 

 アレスが余裕の笑みを浮かべ、さらに剣の速度を上げる。

 

 その言葉通りだった。無属性魔術で無理やり底上げしている僕と、長年の鍛錬と実戦で鍛え上げられた本物の肉体。その純粋な基礎スペックの差が、少しずつ僕を追い詰めていく。


 ――カァンッ!!

 

 重い一撃に耐えきれず、僕の氷の剣が大きく上へと弾き飛ばされた。

 

 胴体が、完全にがら空きになる。


「王手じゃ」

 

 アレスの刀が、僕の胴体を両断すべく、死の横薙ぎの一閃となって繰り出された。


(……ここだ!)

 

 僕は、剣が当たるその瞬間に合わせて、腹の部分を極限まで圧縮した『停止』の魔力で覆った。

 

 ――ガキィィインッ!!!!

 

 肉を斬る音ではなく、分厚い鋼鉄を叩いたような鈍い音が響く。

 

 『停止』の魔力による絶対防御。刀は僕の腹に触れた瞬間、その運動エネルギーを完全に殺され、ピタリと停止した。


「ハハッ!」


 アレスが楽しげな笑い声を上げる。

 

 この隙を突いて、僕は弾かれていた剣を強引に振り下ろした。

 

 だが、アレスは紙一重のところでその刃を躱し、スッと軽やかに後方へと距離を取った。


「ふう、危ない危ない。」

 

 舌打ちしたい気分を堪え、僕は剣を構え直す。

 

 僕の勝ち筋は一つだけだ。一撃を入れて、『停止』の魔力を直接相手の体内に流し込むこと。

 

 あの桁外れのパワーとスピード。アレスは恐らく、無属性魔術で身体能力を底上げしている。

 

 本来であれば、魔力を持つ代行者達は魔術を使えない。だが、代行者でありながら魔力を持たない彼は例外なのだろう。

 

 しかし、そこに勝機がある。体内で張り巡らされた無属性魔術を、僕の『停止』の魔力で凍らせそのまま機能不全にする。

 

 余りにも細い勝ち筋。だが、アレスの神域の技量を用いれば、不可能じゃない。


「何か企んでおるな? ならば……少しギアを上げようか」

 

 アレスがニヤリと笑う。

 

 その瞬間、彼を覆う雰囲気が、先程までとは全く違う異様なものへと変貌した。空気がチリチリと焼け焦げ、呼吸が苦しくなるような圧倒的なプレッシャー。

 

 ――ヒュンッ。

 

 アレスが軽く剣を振るう。

 

 それと同時に、不可視の『歪み』が、恐るべき速度で僕に向かって放たれた。


「……っ!!」

 

 僕は全力で横へと跳び退き、回避行動をとる。

 

 直後、僕がいた場所の石畳が、音もなくスパッと両断され、ズレ落ちた。

 

 問題はこれだ。

 

 普通の斬撃なら、先程のように『停止』の魔力で肉体を固めれば受け止められる。

 

 だがこの『歪み』は無理だ。固ければ受け止められるなんて次元じゃない。防御という概念そのものが存在しない。

 

 おまけに、この攻撃の術理だけは、どれだけ脳髄を書き換えても理解できず、再現することも出来ない。


(一体、どうしたものか……)

 

 冷や汗を流しながら、僕は次々と飛んでくる理不尽な歪みを、神速の回避で必死に避け続けた。


 アレスの攻撃によって闘技場の石畳が、観客席の壁が、そして空間そのものが、音もなく次々とズレていく。

 

 視認不可能な即死の斬撃。まともに食らえば肉体ごと存在を削り取られる絶対の死。

 

 だが、僕はそれら全てを、紙一重の神速で回避し続けていた。


「ほう。こうも易々と避けるか。」

 

 アレスが感心したように口の端を歪める。


「……あんたの思考が、嫌ってほど頭に流れ込んでるんでね」

 

 荒い息を吐きながら、僕は氷の剣を構え直した。


 この技の術理は分からなくても、『アレス・シュバート』という剣士がいつ、どのタイミングで、どの軌道で剣を振るうのかは、彼の脳髄をトレースしている僕には手に取るように分かる。

 

 自分がアレスなら、次は右下から左上へ斬り上げる――そう思考したコンマ数秒後、寸分違わぬ軌道で『歪み』が僕の鼻先を掠めていく。完全な先読みだ。

 

 しかし、状況は圧倒的に不利だった。

 

 避けることしかできない。距離を詰めるための踏み込みすら、牽制の『歪み』によって潰される。

 

 ジリ貧だ。

 

 肉体も魔力も限界が近い。もう少し温存したかったが、しょうがない。

 

(アルデーレさん……力を借ります)

 

 僕は回避の合間を縫って、懐から一つの赤い魔石を取り出した。

 

 そして、『停止』の魔力によって生成された右手の氷の剣に、魔石に込められたアルデーレさんの『燃焼』の魔力を一気に注ぎ込んでいく。

 

装填リロード・バスタード」

 

 絶対零度と超高温の魔力が剣の内部で激しく反発し合い、氷の剣が悲鳴を上げるように激しく明滅し始めた。刀身にピキピキと亀裂が走り、そこから暴走寸前のまばゆい赤と青の光が漏れ出す。

 

 誰の目から見ても明らかな、自爆すら辞さない超火力の圧縮。

 

「来るか!!」

 

 強烈な魔力の膨張を感じ取ったアレスが、牽制の手を止め、表情を引き締めた。

 

 そして彼は、僕の放つであろう大技を真っ向から斬り伏せるべく、スッと刀を鞘に収め、あの絶望の『固有魔法』の準備へと移行する。

 

(かかった!)

 

 抜刀術の構えを取ったのを確認した瞬間、僕は暴走寸前まで高めていた氷の剣に、さらに自身の『停止』の魔力を上乗せして流し込んだ。

 

 反発し爆発しようとしていた魔力の奔流を、文字通り『停止』させて、大技の発動を強引に途中で止めたのだ。


 停止の力を持つ僕にのみ許されたブラフだ。

 

 あの理不尽極まりない事象改変の固有魔法。

 しかし、絶対の死を強制するその術にも、たった一つだけ明確な弱点がある。

 

 それは、発動に『詠唱』と『特有の溜め』が必要不可欠であるということ。

 

 剣を交える極限の戦闘において、その数秒の隙は、致命的だ。

 

 アレスが刀を鞘に納め、足を踏み込み、詠唱を口にするその刹那――。

 

 僕は大技をキャンセルした勢いそのままに、『停止』の魔力を極限まで高濃度に込めた鋭い氷の刃を、無防備なアレスの顔面目掛けて凄まじい速度で射出した。

 

「そう来るか!」

 

 アレスが驚愕に見開きながらも、人外の反応速度で首を捻る。

 

 放たれた氷の刃は、直撃こそ免れたものの、ギリギリで躱したアレスの頬を浅く切り裂き、後方の壁へと突き刺さった。ツーッと、彼の頬から一筋の赤い血が流れる。

 

(一撃……入った)

 

 深い傷じゃない。だが、これで十分だ。

 刃を通して僕の『停止』の魔力が、確実にアレスの体内へと流し込まれたのだから。


 しかし、最強の守護者は不敵な笑みを崩さない。


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