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第27話 憑依

 第一回戦「歌唱」において、絶対的で神聖な歌唱力を見せつけながらも、そのあまりにも高潔すぎる『場違いさ』で敗北を喫した『セイリン』ことセイヴィアさん。

 

 一度は絶望に瞳を濡らし、取り乱した彼女だったが、鉄兜の男――シュピーゲルから耳打ちされた謎の言葉が、彼女の魂に再び消えない火を灯していた。闘志を取り戻した彼女の瞳には、先ほどまでの湿った焦燥は微塵もなく、ただ静かな、そして刃のように鋭利な決意の光が宿っている。


「――お待たせしましたッ! 第二回戦は『ダンス』!! 身体能力の限界を超えた、視覚の破砕!! 観る者を狂わせる五感の饗宴だ!!」

 

 ゴレムさんの空を裂くような咆哮と共に、腹の底を殴りつけるような激しい重低音のビートが会場を震わせる。

 

 先攻の『アカリン』が見せたのは、まさに「完璧な幾何学」だった。

 

 一寸の狂いもないステップ、指先の角度、髪の毛一本の軌道までミリ秒単位で計算し尽くされたその舞いは、氷の彫刻が命を得て踊っているかのような、芸術品としての完成された美しさを誇っていた。観客の息を呑む音が聞こえるほどの、圧倒的な「静」の支配。

 

 圧倒的有利。普通に考えて、この完成度にアカリンが負けることはまずないだろう。しかし、僕の胸の奥で這い回る不気味なざわめきが収まらない。プロデューサーとしての本能が、けたたましく警鐘を鳴らし続けている。


『技術の再現』

 

 シュピーゲルさんが残していったあの言葉は、一体何を意味しているのだろうか。


「彼女のパフォーマンスが終わったみたいだね。まあ見ててよアラタ。ここからのボクは……ちょっと違うから。」

 

 すれ違いざま、セイヴィアさんは猛禽類のような凄みのある笑みを浮かべ、眩い光の海である舞台へと一人歩みを進めていく。


「ただいま戻りました、ぷろでゅーさー。どうでしたか、私のパフォーマンスは?」


「……いつも通り、最高だったよ」

 

 嘘ではない。アカリンのパフォーマンスは、いつだって冷徹なまでに計算された、揺るぎない「正解」だ。

 

 対するセイヴィアさんはダンスは苦手と言っていた。きっと大丈夫に違いない。そう自分に強く言い聞かせた瞬間、後攻『セイリン』の激しい旋律が、アリーナに鳴り響いた。


憑依ロード――アカリ」

 

 マイクを通さない彼女の小さな呟き。その直後、僕は信じられない光景に思わず目を擦った。

 

 照明の乱反射のせいか。舞台上に立つ彼女の輪郭が陽炎のように歪み、一瞬だけ、そこに『アカリ』の純白の幻影が重なって見えたのだ。


「な、なんだあれは……」

 

 ――爆発。

 

 イントロの暴力的な重低音と同時に、彼女の体が弾けた。

 

 それはもはや、人間の反射速度を優に超えていた。重力を完全に無視したバク転、フリルを切り裂くようなステップ、指先一つ一つが空中に残像を焼き付けるほどの鋭いキレ。

 

 しかし、その暴風のような動きの根底にあるのは……。


「アカリンの……技術、なのか?」

 

 その動きの型は、完全に先ほどのアカリンのダンスをトレースしていた。

 

 見間違えるはずがない。滑るような足運び、独特の重心移動、魅せるための首の傾け方まで、彼女はアカリンのダンスを細胞レベルで『再現』していた。しかし、生来の運動性能の違いか、それとも感情の熱量の差か、動きのキレとスピードの次元が全く違う。

 

 先ほどの高潔な『聖女』の姿はもうどこにもない。今そこにいるのは、牙を剥き、あふれんばかりの情熱を撒き散らしながら観客の理性を蹂躙する、美しい「踊る獣」だった。


「……信じられません。あれは、私の技術の完全な応用ですか?」

 

 隣でセイヴィアさんのパフォーマンスを見つめるアカリの瞳が、かつてない驚愕に大きく揺れている。硝子のように澄み切っていた彼女の青い瞳に、初めて「敗北への予感」という名のひびが、ピキリと音を立てて入った。

 

 セイヴィアさんは、音楽という名の『敵』を物理的に制圧していた。激しく首を振り、美しい金糸の髪から汗を撒き散らしながら不敵に笑う『セイリン』の姿に、観客のボルテージは一気に限界を突破していく。


「……でも、あくまで『再現』だ。どれだけキレがあろうと、観客たちはあの動きのベースを一度アカリで見ている」

 

 僕は震える手で自分を鼓舞するように呟く。

 

 二番煎じの熱狂。どれほど熱量を上乗せして本物を超えようと、未知がもたらす「初見の衝撃」には勝てないはずだ。プロデューサーとしての理屈がそう告げている。

 

 だが、曲がサビに差し掛かり、彼女の動きがさらに一段階ギアを上げて物理法則を置き去りにしたとき、セイヴィアさんの身体が、不可解な極彩色の光を帯び始めた。


「なっ……あれは!?」

 

 舞台袖、照明の届かない漆黒の暗がりに、鉄兜の男――シュピーゲルさんの無骨な姿があった。彼は一切の感情を見せず、静かに、しかし流れるような手さばきで、複数の高度な『魔術』を同時並行で紡ぎ出していた。


 まずは『風』。

 彼が指先を僅かに動かすと、ステージに的確な風が送られ、セイヴィアさんの衣装の裾と金髪を芸術的な角度でなびかせる。

 

 羽毛のような細やかな風。それが彼女の長い髪を重力から解放するようにふわりと浮かせ、ダンスのキレを視覚的に何倍にも強調している。同時に、激しい運動で危険域まで上昇した彼女の体温を奪い、パフォーマンスの低下を完全に防いでいた。

 

 客席からは、彼女が「風そのものを従え、空と舞っている」ようにしか見えない。

 

 次に『水』の装飾。

 彼が放つのは、舞台用のスモークなど比ではない、ダイヤモンドダストのような極小の水の粒子。それがゴレムさんの放つスポットライトをプリズムのように乱反射させ、彼女の周囲に淡い虹の光輪ヘイローを作り出していた。

 

 浮き出た血管を伝う汗の雫は、水魔術の干渉によってまるで宝石が溶け出したような輝きを放ち、必死に踊る彼女の野生的な美しさを、この上なく官能的に際立たせる。

 

 最後に『火』。

 彼女が最も高く跳躍し、「決めポーズ」に移行するその瞬間。曲の最大の爆発音に合わせて、ステージの四隅から紅蓮の火花が天を焦がすように舞い上がった。


 火薬の嫌な匂いもしない、熱すぎもしない、だが視覚的には網膜を焼き切るほど圧倒的に熱烈な幻炎。

 

 その苛烈な輝きはセイヴィアさんの瞳に反射し、どんな困難にも屈しない戦士としての強い光を宿らせる。観客の歓声が物理的な地鳴りとなって、アリーナの空気をビリビリと震わせた。


「やられた……。」

 

 僕は乾いた唇から、思わず絶望の声を漏らした。

 アカリンが作り上げた『完璧な正解』を、セイヴィアさんは『技術の再現』で強引に土台にし、シュピーゲルさんは計算し尽くされた『魔術の演出』で、昇華させたのだ。

 

 最後の音が消えた瞬間、アリーナを支配したのは感動の静寂などではなく、鼓膜を劈くほどの狂ったような「絶叫」だった。



⬜⬜⬜⬜⬜

 


 第二回戦 勝者『セイリン』。

 

 ゴレムさんによって高らかに宣言される勝者の名前。

 

 スポットライトの降り注ぐ舞台の上で、荒い呼吸を繰り返し、玉の汗を輝かせながら不敵に笑う彼女の姿は、間違いなくその瞬間、世界中の熱狂をその小さな手の中に収めていた。


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