第26話 適材適所
「――レディ・エァァァァァッンド! ジェントルメェェェンッ!!」
巨大なアリーナの空気をビリビリと震わせ、鼓膜を突き破らんばかりの咆哮が響き渡る。
眩いばかりの光がステージ中央を容赦なく射抜き、銀色のマイクを握りしめた男――かつて静寂のダンジョンを守護していた泥土の代行者にして、今や世界最高のショウマンへと完全転身を遂げたゴレムさんが、華麗なステップで躍り出た。
その純白のタキシード姿は、無機質な土でできた体とは思えないほど滑らかで優雅でありながら、何百年も生きた者特有の圧倒的な重厚感を放っている。
「今宵! この『スターライト・アリーナ』は、単なる歌を聴くための『らいぶ会場』ではない。ここは紛れもなく戦場だ! 流れるのは無粋な血ではなく、美しき少女たちの汗! ぶつかり合うのは野蛮な拳でも剣でもない、純粋な魂のパフォーマンス!!」
ゴレムさんが陶酔するように体を震わせ、右腕を大きく天へ振り上げると、アリーナを埋め尽くした数万の観客が獣の咆哮で応えた。漆黒の闇を塗りつぶすように、地平線まで続く極彩色のサイリウムの海が、荒れ狂う嵐のごとく激しいうねりを上げる。
「ルールは単純明快! 歌、ダンス、総合の計3種目をこなし、相手より多くの票を得る。ただ、それだけ!! 勝敗を決める冷酷な審判は、そこに座るお前たち自身だぞ、オーディエンスッ!」
地響きのような大歓声が、石造りのドームの天井を崩さんばかりに震わせる。ゴレムは不敵な笑みを浮かべ、舞台袖の深い闇へと鋭い視線を投げた。
「さあ、早速お出ましだ。最近巷を騒がせている『あいどる』の先駆者!! 氷のように冷徹な計算と、硝子細工の美貌に宿るあざとい笑顔! その残酷なまでのギャップで、今日も新たな信者を跪かせるのか!! 『アカリン』……入場ッ!!」
幾条ものスモークが噴き上がり、内臓を直接揺さぶる重低音が空気を切り裂く。光の粒子を纏って現れたのは、フリルとリボンの戦闘服を纏い、磨き上げられたサファイアのような瞳を持つ少女だ。
「みんなー! 今日も会いに来てくれて、ありがとーっ!!」
「「「うおおおおおおおおおお!!!!! アカリン!今日も俺を浄化してくれぇぇ!!」」」
「対するは!! 狙っているのは『あいどる』の玉座か!! それとも奪われた『王子様』なのか!! 突如として現れた光輝なる挑戦者、可憐にして苛烈なお姫様系アイドル『セイリン』……入場ッ!!」
黄金の光を背負い、天真爛漫な笑顔と、フリルが控えめながらも気品あふれる純白のドレスで飛び出してきたのは、新人アイドル『セイリン』。
「みんなよろしくねーっ! ボクが一番だって、証明しちゃうよ!」
「「「誰だか全く知らないけど、その自信満々な笑顔……いいぞぉぉおお!!!」」」
「光を掴むのは、果たしてどちらの『あいどる』か。――熱狂のアイドルバトル、開幕ッ!!」
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アリーナを揺らす狂騒が、分厚い扉一枚を隔てて遠のく。
華やかな表舞台とは対照的に、控え室の空気は、抜かれたばかりの真剣のように鋭く、張り詰めていた。
「まずは、逃げずに来たことを褒めてあげるよ。」
鏡の前でドレスの裾を整えていたセイヴィアさんが、冷たく、けれど挑戦的な笑みを浮かべてアカリを振り返った。その瞳には、いつもの天真爛漫な光ではなく、一人の女性としての譲れない執念が宿っている。
「ボクが君に勝ったら、アラタを返してもらう。それでいいよね?」
対するアカリは、表情一つ変えずに自らの白い手首を検分していた。その動作はどこまでも精密で、無機質だ。
「ええ、構いません。……『あいどる』初心者の貴方に負けるようでは、私の願いなど、どのみち叶うはずもありませんから。」
「ふん、強がってられるのも今のうちだよ。負けてから後悔しても遅いからね。……ボクをあまり見くびらないで。」
中央に立たされた僕は、二人の間に漂う、空気が焦げるような目に見えない火花に、ただただ冷や汗を流すしかなかった。平和的解決? そんな言葉は、今の彼女たちの辞書には一文字も載っていない。
「あの……二人とも、もうちょっと平和な解決方法は無かったのかな? 例えば、三人でゆっくり話し合うとか……」
「「アラタ(ぷろでゅーさー)は黙ってて(下さい)!!」」
「……はい、すみませんでした。」
息の合った雷鳴のような一喝。完全に蛇に睨まれた蛙状態だ。
「まあ、先行のボクの歌を大人しく聴いててよ。悪いけど……歌は得意なんだよね!」
セイヴィアさんは黄金のポニーテールを揺らし、自信に満ちた足取りで舞台へと向かっていく。扉が開くたびに、アリーナの血に飢えたような熱狂が津波のように押し寄せてきた。
「……アカリン、本当に良かったの?」
扉が閉まり、再び訪れた静寂の中で、僕は隣に立つ少女に問いかけた。アカリは、窓の外を流れる魔道具の派手な光筋を見つめ、静かに答えた。
「……さっきも言った通りです。たかだか初心者の彼女の情熱ごときに、私の練り上げた完璧なパフォーマンスが屈するようでは、世界中に私の声を、あの人への感謝を響かせるなど……到底無理な話です。」
彼女の指先が、微かに震えている。それは恐怖ではなく、生まれて初めて向き合う「敗北するかもしれない」という予感への高揚と、プライドの表れだった。
「それに、私のぷろでゅーさーなら……最後まで私を信じて下さい。私は、誰にも負けません。」
「……ああ。分かってる。」
まあ現実的な話、今この会場はアカリンの独壇場に近い。簡単な話、圧倒的な知名度と、これまで培ってきた「熱狂の操作」の技術が違うのだ。これを初心者がひっくり返すのはなかなか難しいだろう。
「ぷろでゅーさー、彼女のパフォーマンスが始まりますよ。」
舞台に上がったセイヴィアが、静かにマイクを握り、歌い始める。
その歌声が響いた瞬間。会場の暴力的なまでのざわめきは、まるで時を止められたかのように、ピタリと消失した。
人間の喉から発せられているとは思えない、天上の銀鈴を転がしたような、あまりに清澄で神聖な響き。
それは耳で聞く音というより、乾ききった心に直接染み込んでくる「光の雫」だった。
「……ああ……」
誰かが、小さく嘆息を漏らした。
戦いで冷え切っていたはずの指先に温かな体温が戻り、心の奥底に長年沈殿していた澱が、みるみるうちに透き通っていくような感覚。
上手いなんて、生易しい言葉で言い表せるものじゃない。奇跡そのものだ。
……でもこれ、いわゆる「讃美歌」だよね。
ここはアドレナリンと熱狂を求める欲望のライブ会場であって、神に祈りを捧げる荘厳な大聖堂ではない。
彼女の歌が響けば響くほど、会場の空気は熱を失い、サイリウムを振る手は止まり、観客たちは興奮ではなく、深い「陶酔」と「困惑」の狭間に置き去りにされていった。
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第一回戦 勝者『アカリン』
「どうして!?」
控え室に帰ってくるなり、セイヴィアが頭を抱えて絶叫する。
当たり前のことだ。アイドルはただ技術的に上手いだけではダメだ。観客の求める熱量と合致しなければいけない。
彼女の美しい讃美歌は、あまりにも場違い過ぎたのだ。
「ダンスはもっと苦手なのに、どうすれば……このままじゃ、アラタが……」
焦りが彼女の愛らしい顔を曇らせる。
絶望的な沈黙が部屋を包もうとした、その時だった。
「お困りのようだな。」
唐突に背後から、金属が重く擦れるような低い声がした。
控え室の扉の前。いつの間にか、あの重厚で無骨な鉄兜を被った男、シュピーゲルさんが立っていた。
「シュピーゲル! どうしてここにいるの!? っていうか、ボク、負けちゃったよ!」
「一方的な戦いではつまらんのでな。プロデューサーの真似事ではないが、一つアドバイスだ。」
シュピーゲルは一歩も部屋に入らず、鉄兜の奥にある鋭い視線を王女に向けた。
「アドバイスってなにさ。今さら急に新しいステップを覚えろって言うの?」
「技術の『再現』だ。」
その一言だけを言い残し、彼は再び漆黒の影に溶けるように去っていった。
その言葉の意味を反芻したセイヴィアさんの瞳に、再びアイドルとしての、いや、戦士としての苛烈な光が戻る。
「なるほどね……。」
不敵な笑みを浮かべた彼女の小さな背中から、先ほどまでの迷いは完全に消え去っていた。




