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第25話 宣戦布告

「ボクの王子様が、お姫様になってる!?」

 

 ノースフィールド王国第三王女、セイヴィアの魂の叫びは、熱狂の渦に包まれた広場の喧騒に、波間の泡のように呆気なく掻き消された。

 

 目の前のステージ――いや、廃材と魔導具で急造された眩い「戦場」には、彼女が夢にまで見た愛しい人物が立っていた。

 

 かつて、自分を救うために王宮の軍勢を単騎で薙ぎ払い、運命という名の重い鎖を血まみれになりながら断ち切ってくれた王子様。無骨で、不器用で、けれど誰よりも真っ直ぐな瞳で自分を「生きていい」と肯定してくれた、大切な人。

 

 その彼が今、あろうことか青いリボンと大量のフリルを翻し、完璧なタイミングで首を傾げ、あざといウィンクを観客に振りまいている。


「みんなー! 次がラストー!! まだまだ盛り上がっていこー!!!」


「うおぉぉぉお! カガミン! 俺を浄化してくれ、カガミィィィィン!!」

 

 凄まじい歓声だ。魔物狩りを生業とする野太い男たちの絶叫が、石造りの街並みを物理的に震わせる。

 

 セイヴィアのすぐ隣では、歴戦の猛者と思われる隻眼の男が、涙を流して「カガミン!」と叫びながら、光る棒を狂ったように振り回している。


「な、なんなのこれ……。あのアラタが……どうして……。ボクの知らない間に、一体何があったの?」

 

 セイヴィアの脳内で、思い出の中のアラタ(剣を血に染めた凛々しい表情)と、目の前のカガミン(キラキラした完璧なアイドルスマイル)が正面衝突し、激しい処理落ちを起こした。



⬜⬜⬜⬜⬜

 


 熱狂のライブが最高潮のまま幕を閉じ、歓声の余波が響く舞台裏へと下がる二人。

 

 僕は、極限の緊張の糸が切れた瞬間にどっと溢れ出た汗を、ヒラヒラした衣装の袖で乱暴に拭った。


「はぁ……はぁ……。アカリン、今のラストの曲、僕の音程が少し揺れちゃったけど……大丈夫だったかな?」


「問題ないでしょう。むしろ、あのわずかな揺らぎが『らいぶ感』というものじゃないでしょうか? ぷろでゅーさー。」

 

 アカリは平然と答えるが、その白磁のような頬は薄っすらと熱を帯びたように赤らんでいる。機械的だった彼女の言葉に「らいぶ感」なんて単語が混じるあたり、感情が少しずつ、けれど確実に彼女の空虚な器に根を下ろし始めている証拠だろう。


「確かに、それもそうだね。アカリンもアイドルというものがなんたるか、完全に理解してきたみたいだ。」

 

 プロデューサーとして、これほど鼻が高いことはない。女装の羞恥心など、ステージの成功の前には些細な問題だ(と自分に言い聞かせることにする)。

 

 「よし。これで今日のノルマは達成だ。さあ、着替えて――」


「待ってよ!!!」

 

 不意に、控え室として張られていたテントの幕が強引に跳ね除けられ、外の眩しい光と共に一人の少女が飛び込んできた。

 

 燃えるような美しい金髪。意志の強そうな、けれど今にも泣き出しそうな大きな瞳。その小柄な身体から放たれる圧倒的な悲壮感のオーラに、僕は思わず一歩後退りした。


「……えっと。熱狂的なファンの子かな? ごめんね、サインや握手会はまた後日――」


「誰がファンの子だよ!! ボクだよ、セイヴィアだよ! 何やってるのさアラタ!!」


「アラタ? ……あの、人違いじゃないかな? 僕はジョン・ドゥ。この子のプロデューサー兼、アイドルのカガミンなんだけど。」

 

 僕が困惑しながら答えると、セイヴィアと名乗った少女はピタリと動きを止めた。その瞳に、信じられないものを見るような、深い絶望と悲しみがじわじわと広がる。


「……ジョン、ドゥ……。ボクのこと、本当に忘れてるんだね。」


「……ごめん。僕、二週間前より前の記憶が全くないんだ。……君は、過去の僕の知り合い、なの?」

 

 セイヴィアさんの身体から糸が切れたように力が抜け、僕の胸元を掴もうとした手が虚しく滑り落ちた。

 

「……シュピーゲルが言ってたことは本当だったんだね。記憶喪失……。あんなに、あんなに熱くボクを拐ってくれたのに……ボクを忘れて、こんなところで女装して踊ってるなんて……!」


「女装……。いや、これはその、色々と深い事情が……。」


「どんな事情があったら女装することになるのさ!!」

 

 セイヴィアさんの血を吐くような絶叫が、テント内に悲しく響き渡る。

 

 ……確かに、どこでどう間違えたら、記憶を取り戻す過程で女装してアイドルをすることになるんだろうか。今さらだけど僕、もしかしてかなり迷走してた?

 

 そんな自問自答を繰り返していると、騒ぎを聞きつけたコナトスさんが、テントの入り口からニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて顔を出した。


「おいおい、どうした修羅場か? 」


「ちょっと、コナトスさんも一緒に説明してください!あなたが始めたことなんですから!!」

 

 セイヴィアさんは、背後に立つ底意地の悪い剣士と、淡々と僕たちを観察しているアカリを交互に見やり、そしてぐっと強く唇を噛み締めた。その瞳から絶望が消え、強靭な光が宿る。


「……わかったよ。事情は後でゆっくり聞かせて貰う。でもね、アラタ。」


「ボクは諦めないから。君がボクとの約束を忘れたって言うなら、何度でも思い出させてやる。……あとそこの君!!!」

 

 セイヴィアさんの指先が、冷徹な矛のようにアカリをビシッと突き刺す。


「アラタは絶対に君なんかに渡さないから。」

 

 そう言い残し、彼女は嵐のようにテントを飛び去って行ってしまった。


「な、なんだったんだ?」

 

 僕のことを「アラタ」と呼ぶ彼女。記憶の断片さえ刺激されない現状だが、なぜか、彼女が去った後の冷えた空気の中に、ひどく懐かしくて愛おしい温もりを感じずにはいられなかった。



⬜⬜⬜⬜⬜

 


 次の日。

 

 柔らかな朝の光がギルドの窓から差し込み、古い木材とコーヒーの香りが漂う一階。


「ジョンさーん、お客さんですよー!」


「はーい、今行きまーす!」

 

 僕にお客さん? アイドル活動関係のオファーだろうか? 珍しいこともあるものだと思いながら、ギルドの受付である一階のフロアに向かう。


「久しぶりだな。まあ、覚えていないだろうが。」

 

 フロアの中央で待ち構えていたその男の姿に、僕は思わず足が止まった。

 

 首から下は、チリ一つない仕立ての良い上質な燕尾服を隙なく着こなした一流の執事。だが首から上は、一切の表情と光を拒絶する、無骨で傷だらけの「鉄兜」を被っているのだ。

 

 ギルド内の空気は、その異様な男が放つ静かな、けれど圧倒的な死線を超えてきた強者の威圧感によって、ピンと張り詰めている。

 

……ん? 鉄兜って、もしかして。


「あなたって、もしかして二週間前に僕をここに連れて来てくれた人ですか!?」

 

 いや、もしかしなくてもこの人だろう。こんなシュールなファッションの人間が世界に複数いるはずがない。


「ああ、そうだ。」

 

 鉄兜の奥から、空気を震わせるような低くぶっきらぼうな声が響く。


「積もる話もあるだろうが、聖女さ……セイヴィア様から伝言を預かっている。」

 

 セイヴィア様って昨日のあの子か。ちょうど良かった、僕も彼女に聞きたいことがたくさんあったし。

 

 昨日の、あの嵐のような女の子。彼女なら僕の失われた記憶の手がかりを握っているに違いない。


「その伝言って一体……」


「何でも、アイドルのアカリンに『アイドルバトル』を申し込むそうだ。日時は明日の昼、会場等の諸々の手配はこちらでする。以上だ。」


「え?」

 

 鉄兜の男はただそれだけを告げると、燕尾服の裾を美しく翻し、一寸の無駄もない洗練された動作でギルドを去って行った。

 

 後に残されたのは、開いた口が完全に塞がらない僕と、ギルドに流れる静かすぎる朝の空気だけだった。


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