第24話 お姫様
大気を震わせるのは、モンスターの群れでも現れたかのような地響きじみた野太い咆哮だった。
近頃『あいどる』というものが流行っているらしい。今日、俺は攻略者仲間の奴に「絶対に人生観が変わるから」と半ば強引に首根っこを掴まれてここへ来た。
だが、常に死と隣り合わせで剣を振り、血の匂いに塗れて日銭を稼ぐ俺たちに、そんな軟派な見世物が通用するのか? 正直、疑いの目は晴れていない。
だが、その瞬間――舞台中央から、天を穿つような黄金の光の柱が昇った。
眩い輝きが収束した先。そこには、薄いフリルを纏った可憐な少女が、淡い光を浴びて静かに立っていた。
「……なるほどな。人気が出るのも頷けるビジュアルだ」
白磁のように滑らかな肌、星明かりを透かしたような銀色の髪。
だが、俺の好みは残念ながら、酒場でグラスを傾けるようなクールで大人なお姉さんタイプだ。あんなふんわりとした可愛い系に、俺の鋼の心は揺るがない。そう自分に強く言い聞かせ、腕を組んで静観を決め込んでいた。
「みんなー! 今日は大事なお知らせがあります!!!」
「「「うおおおおおおおおおお!!!!!」」」
会場の期待が熱を帯び、臨界点まで膨れ上がる。
新メンバーの加入。ほう、せいぜい俺を楽しませてくれ。
「し、新メンバーの……『カガミン』です……。よろしくお願いします。……」
おずおずと、しかし一本の刃のように凛とした佇まいで現れた「彼女」を見た瞬間。
「……好きだ」
俺の口が、脳の指令を無視して勝手に動いていた。
……いかん、いかん。目つきの鋭さといい、どこか憂いを帯びたクールな雰囲気といい、俺の好みドンピシャ過ぎて危うく我を見失うところだった。
だが、ここで肝心なのはパフォーマンスだ。俺は溶けそうになる顔を引き締め、冷静さを取り戻そうと再び眉間に皺を寄せる。
客席の明かりがフッと落ち、内臓を直接揺らすような重低音が広場の空気を震わせた。
音楽が始まった瞬間、先ほどまでの彼女の羞恥や戸惑いは完全に霧散した。彼女の身体は、まるで精密な絡繰り人形か、あるいは一切の無駄を省いた一振りの名刀のように、恐ろしいほどの速度で鋭く空気を切り裂いた。
指先の動きは、風の軌道をなぞるように滑らかで正確。
邪魔な髪を苛立たしげにかき上げる仕草一つに、計算し尽くされた殺法のような冷たい美しさが宿る。
ステップの力強さ――その華奢な肢体からは想像もつかないほど、大地を蹴る鼓動が激しく響く。それは踊りというより、死地に赴く戦士の踏み込みそのものだった。
そして何よりも、視線の魔力。
ふとした瞬間に客席を睨み据えるその瞳は、観る者すべての心臓の拍動を物理的に掌握し、決して離さないと言わんばかりの圧倒的な輝きを放っていた。
重力を完全に無視したような跳躍、一瞬の隙もないキレ。ステージ上の彼女は、「音楽そのもの」と化していた。俺たち観客は息を呑み、その暴力的で美しい熱量にただひれ伏すしかなかった。
「あれが本当に、さっきまで震えていた子なのか……?」
観客席のあちこちで、驚嘆と畏怖の混じったため息が漏れる。
「……好きだ。」
ある一人の攻略者の心は、名もなきその少女――カガミンに、完膚なきまでに撃ち抜かれていた。
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ライブが終わり、狂乱の余韻が耳鳴りとなって残る控室。
僕は姿見の鏡に映る自分――ミニスカートこそ死に物狂いで回避したものの、妙にリボンやレースが過剰に装飾された衣装を纏った姿を見て、魂の半分が抜け出たような深い溜息を吐いた。
「お疲れだなカガミン。意外と才能あるんじゃないか?」
背後から、腹を抱え、笑いを堪えきれずに肩を激しく震わせるコナトスさんの声が聞こえる。
彼はライブ中、最前列のど真ん中で、誰よりも狂ったように光る棒を振り回していた。あの神速の剣士の動きで全力のオタ芸を披露していた姿を、僕はステージの上からしっかりと網膜に焼き付けていた。あの男、絶対にこの状況を楽しんでいる。
「コナトスさん、笑いすぎです。そんなに可笑しかったですか」
こっちは断崖絶壁から真っ逆さまに飛び降りるような思いで、男としての尊厳と恥じらいを焼き切ってやり遂げたのだ。それなのにこの仕打ちである。
「いやいや、才能があるっていうのは冗談でもなんでもないぜ。俺はあんたが男だって知ってるから腹が千切れそうだったが、事情を知らない観客達は完全に騙されてた。今頃、街中の男どもがお前の虜だぞ。クール系美少女としてな。」
背筋を冷たい蛇が這い上がるような感覚。寒気が止まらない。そんなこと、冗談でも言わないでほしい。
「アカリンもそう思うだろ?」
「ええ。非常に効率的かつ、群衆の心拍数を意図的に操作するのに適したパフォーマンスでしたよ、ぷろでゅーさー。視覚的情報も、人間の脳が本能的に好む黄金比に近しいかと思われます。」
視線を向けると、アカリが自分の指先をまじまじと見つめていた。
彼女の白い頬は、激しい運動のせいか、それとも別の理由か、微かに桜色に上気している。そしてその青い瞳には、以前のような「硝子の冷たさ」だけではない、命の残り火のような微かな温もりが確かに宿っていた。
「それとぷろでゅーさー。先ほどのステージ、観客の熱狂度合いが過去最高を記録しました。これが……『一人ではない』ということの効率性なのでしょうか?」
「そう……かもね。実際、アイドルは複数人で輝きを増すものだし。……って、ちょっと待って、アカリ。何その、期待に満ち溢れた真っ直ぐで純粋な瞳は」
はちゃめちゃに嫌な予感が、脳内の危険を知らせる警報をガンガンと鳴らし始める。
「私の願いを最速で叶えるには、このまま二人でユニット『アカリン&カガミン』として活動を続けていくのが、最も合理的かつ最善の答えであると判断したのですが」
「いやいや、今回だけだよ! 一回きりの約束だろ!? 僕はもうフリルは着ないぞ!」
「ぷろでゅーさー」
「絶対に嫌だよ! 僕は飽くまで裏方のプロデューサーで……」
「ぷろでゅーさー。……お願いします」
感情を宿し始めた彼女の、上目遣いの懇願。無敵の守護者が放つ、純粋無垢な圧。
「………」
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約束の日になっても、愛しいアラタはボクの前に現れなかった。
彼の行方を知るシュピーゲルを問い詰めると、今は記憶喪失の状態で、遠く離れたヴァルト王国で療養中だという。
「……今は、絶対に行かない方がいい。あいつのためにもな」
そんなシュピーゲルの不吉で冷たい制止を振り切り、ボクは今、ヴァルト王国の土を踏んでいた。
「なんかやけに賑わっているけど、大きなお祭りでもやってるのかな?」
海の匂いを孕んだ潮風に揺れる金髪をかき上げ、ボクは活気に満ちた石畳の周囲を見渡す。
アラタが、絶望の淵からボクの腕を引いて連れ去ってくれたあの日も、今日のように騒がしい祭りの日だった。
彼を見つけたら、まず何と言おう。怒ったふりをして抱きつくのもいい。一緒に美味しい屋台を回るのもいい。これから先、失った時間を取り戻すように、たくさんの思い出を彼と作っていくのだ。
「……アラタと行く時のために、少し下見をしようかな。」
浮き立つ心で人混みを掻き分けた先。広場の中央には、見慣れない「聖域」のような巨大な舞台が設営されていた。
演説台? いや、何だかキラキラとした魔道具の光が派手に踊っている。神聖な儀式か何かだろうか。ボクは少しガッカリして、その場を立ち去ろうと踵を返した。
「みんな! 今日は会いに来てくれて、ありがとう!!」
舞台の方から、聞き覚えのある……けれど、どこか無理をして高揚させたような、ひどく懐かしい声が響いた。ボクは弾かれたように振り返る。
「もしかして、アラ……」
「今日もアカリンと、カガミンがみんなに素敵な物語を届けるよ!! 行くよ、みんなーっ☆」
そこには、たっぷりのフリルとリボンを踊らせ、満面の笑顔を(よく見れば死にそうな瞳で必死に)作り、軽やかに可愛らしくステップを舞う「彼女」の姿があった。
「………ボクの王子様が、お姫様になってる!?」
ノースフィールド王国第三王女、セイヴィア・ノースフィールド。
愛しの彼とのロマンチックな再会の喜びよりも先に、世界の理がガラガラと音を立てて崩壊する音が、彼女の耳に確かに響いた。




