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第22話 初 live

「そう、今日からキミはアイドルの『アカリン』!!!! 歌って踊って、全世界にキミの気持ちを届けよう! 大丈夫、プロデュースは僕に任せて!」

 

 隣にいる男が、ビシッと指を突きつけながら聞いたこともない単語を並べ立て、数百年を生きる絶対的な守護者にワケのわからん提案を始めた。こいつが「常識の枠外」なのはいつものことだが、今はそのメーターが完全に振り切れてぶっ壊れている。


「『あいどる』……? それに『アカリン』? あなたは、何を言って……」


「プロデューサーです。」


「はい?」


「今から僕のことはプロデューサーと呼んでください。」

 

 ……本当に、何を言ってるんだ? こいつは。記憶喪失のショックでついに脳が弾け飛んだのか。


「あ、あなたの言う『あいどる』と、それに何の関係が……」


「プロデューサーです。」


「………」


「プロデューサーです。」


「ぷ、ぷろ……でゅーさー」

 

 人知を超えた存在、ガラス細工のように冷徹で神々しかった「光の代理者」が、完全にドン引きしている。物理的な後ずさりすらしていた。

 

 凄いな、こいつ……。この守護者、感情が欠落して希薄だって話なのに、ジョン・ドゥが無茶苦茶すぎて、困惑という名の「感情」が強引に引きずり出されてるぞ。


「その……ぷろでゅーさーの言う『あいどる』と、私の願いに、何の関係が?」

 

 ごもっともな質問だ。正直、俺も首がもげるほど同意する。


「アイドルというのは、歌と踊りで多くの人に夢と希望を発信し、世界を熱狂させる職業なんです。アカリンの『感謝を伝えたい』という願いを世界中に響かせるのに、これ以上ピッタリなものはありません!」

 

 ……もう既に「アカリン」呼びが完全に定着している。距離の詰め方がバグってやがる。普段は低姿勢のくせに、一度謎のスイッチが入った時のこいつは、文字通り見境がない。


「……そう……なんですかね。……そうかも?」


(折れるな! 相手のペースに呑まれるな! もっと自分の意思を持て、ダンジョンの守護者!)


「じゃあ早速、地上に戻ってレッスンしましょう!! 大丈夫、必ずあなたをこの世界で最高のアイドルにしてみせます!!!」

 

 黄金の神殿に、男の謎の熱意だけが空回りして反響する。

 

もう、ワケわからん。



◻️◻️◻️◻️◻️

 

 

 ダンジョンの帰路は、行きとは比較にならないほど気味の悪いものだった。

 

 地上へ向かう俺達の後ろを、守護者であるアカリが付いてくるからだ。彼女の威圧感を恐れてか、凶悪な魔物たちは壁のシミのように岩陰に張り付き、息を殺して道を譲っていた。おかげで裏山の散歩のような道程で、地上へと転移する魔法陣まで到着した。


「これで、とりあえず俺の役目は終わりだな。……まあ、その……なんだ。色々と、頑張れよ。」

 

 地上に出て夕陽を浴びた瞬間、俺は二人に足早に別れを告げた。これ以上この理解不能な「熱狂」に巻き込まれたら、俺の胃に癒えない穴が開く。


「コナトスさん! 本当にお世話になりました! 今度のアカリンのライブには絶対招待させていただきますね!! 一番いい席空けておきますから!」


「そ、そうか。まあ……気が向いたら行く。」


「さあ、アカリン! 早速レッスンだ。時間は無限じゃないぞ!」

 

 ジョン・ドゥにぐいぐいと引きずられるように去っていくアカリの純白の背中を見送りながら、俺は今日一番の深いため息をついた。あいつ、記憶が戻る前に別の恐ろしい「何か」に羽化してしまうんじゃないか……?



◻️◻️◻️◻️◻️

 


「ぷろでゅーさー」との地上での毎日は、私の理解をことごとく凌駕する「嵐」のようでした。


「違う! ここはもっと、こう……胸の奥の感情を絞り出すように歌うんだ!!」


「……声帯の震動と肺活量の調整は完璧なはずです。声の強弱、そんなわずかな差で、何が変わるというのですか?」


「数値じゃない、心が変わるんだ!」

 

 ……分からない。


「違う! ここのターンからの振り付けは、指先の角度一つまで丁寧に、ファンを魅了するようにするんだ!」


「そのような微細な関節の動作、通常の人間の動体視力では認識困難かと思われますが? 威嚇効果としても不十分です。」


「威嚇じゃない! 魅力で圧倒するんだ!!」

 

 ……分からない。

 

 この数ミリの違い、違いで、他者の「心」という不確かなものが揺れ動く理由も。

 

 何より、記憶を持たない空っぽの彼が、私という器にそれほどの熱量を注ぎ込み、ここまで必死に付き合ってくれる理由も。

 

 ……何もかもが、私にとっては解答のない「未知数」でした。


「よし、だいぶ形になってきたね! アカリンは飲み込みが早い! 今日はそんなアカリンに、ビッグニュースがあるんだ!!」


「……何でしょうか。あなたの言うビッグニュースからは、常に不吉な予感しかありませんが。」


「ギルド横の酒場の店主に、ライブの許可を貰ってきた! 今夜、そこをアイドル『アカリン』の、伝説の足掛かりにするんだ!!」



◻️◻️◻️◻️◻️

 

 

 指定された場所は、命知らずの冒険者たちが夜な夜な集う、薄暗い地下の酒場でした。

 

 安酒の酸っぱい匂い、長年染み付いた油と獣の血の臭い。粗野な男たちの怒号のような罵声や、討伐したモンスターの誇張された自慢話が、熱気と共に飛び交う場所。

 

 およそ彼が語る「あいどる」という清廉で夢のある概念からは、宇宙の端と端ほど距離の遠い空間でした。

 

 私は、即席で組まれたガタつく木箱のステージに立ち、彼が「まいく」と呼ぶ拡声の魔道具を手に取りました。


「……本日より、『あいどる活動』を開始します。『アカリン』です。よろしくお願いします。」

 

 抑揚のない、氷のように透き通った声が、喧騒の酒場を真っ二つに切り裂きました。

 

 一瞬、ジョッキを打ち鳴らす音すら消え、完全に静まり返る酒場。

 

 歴戦の傷跡を持つ屈強な戦士たちが、フリルのついた見たこともない薄手の「すてーじ衣装」を纏う私を、現れた新種の凶悪モンスターでも見るような、ひどく警戒した目で見つめています。

 

 伴奏は、彼が持ち込んだ「音を再生する魔道具」から流れ始めました。

 

 鋭いドラムのビートと重厚な魔術の音が石造りの壁を激しく震わせ、場に異様な緊張感をもたらします。


(……観客の反応は『当惑』および『警戒』。一部の酔った観客からは、硬いパンによる遠距離物理攻撃の予備動作を確認しました。……想定内ですね。)


「……歌唱、開始します。」

 

 私がマイクに声を乗せた瞬間、酒場の淀んだ空気が物理的に「凍りついた」。

 

 それは畏怖や恐怖からくるものではなく、歌声があまりにも純粋で、一切の「熱」を持っていないがゆえに、聴く者の脳髄を直接冷却し、魂の汚れを洗い流すような……抗いがたい強制的な「浄化」の感覚。


(観客の瞳孔が急激に拡大。心拍数の異常な上昇が確認できますね。これは……戦闘準備の興奮か、それとも――)

 

 私は、一番前の席でジョッキを落とし、口を半開きにして呆然としている隻眼の剣士の前に歩み寄りました。

 

 木箱のステージの端ギリギリに立ち、彼を見下ろすように、無機質な青い瞳で射抜きます。

 

 ぷろでゅーさーのレッスンで叩き込まれた「ふぁんさーびす」という名の戦術を、私はここでは「先制攻撃」に近い精度で実行しました。

 

 曲のサビへの突入。私は光の魔法を練り上げ、発光する棒を客席に向けて一斉にばら撒きました。


「この『さいりうむ』という棒を振り、私のリズムに合わせてください。……強制ではありませんが、推奨――いえ、私からの『命令』です。」

 

 光る棒を押し付けられ、戸惑っていた攻略者たち。しかし、隻眼の剣士が何か見えない力に操られるように面白半分でさいりうむを振り始めると、その光と熱波はまたたく間に酒場全体へ伝染していきました。

 

 筋肉隆々の荒くれ者たちが、抜き身の大剣を振るのと同じ、いやそれ以上の真剣な手つきで、必死にカラフルな光を振り回し始めます。


「おい、なんだこの妙な気分は……! 魔術か!? 体が勝手に動くぜ!!」


「わからん! だが、この娘を見ていると……胸の奥のドス黒いモヤモヤが、綺麗さっぱり消えていく気がするんだぁぁっ!」


「アカリーーーン!! 俺を浄化してくれぇぇ!!」

 

 客席から湧き上がるのは、歓声というよりは、魔物の群れが発する地響きのような「咆哮」でした。

 

 私はそれを、戦場の士気を高める勝鬨かちどきと同じ種類のものとして処理し、さらに歌の出力を限界の最大値まで引き上げました。



◻️◻️◻️◻️◻️

 

 最後の音が消えました。

 

 木箱のステージは、冒険者たちが打ち鳴らす凄まじい足拍子と咆哮の共鳴で、今にも崩壊しそうに激しく揺れています。


「……初らいぶ、終了します。本日は、ありがとうございました。」

 

 教わった通りの、ドレスの裾をつまむ優雅な一礼。

 

 熱狂の余震で揺れるステージを静かに降り、私は無表情のまま、暗い裏口の通路へ向かいます。


 ――その時、私の瞳に宿る冷たいサファイアブルーが、客席の熱に当てられたせいか、ほんの僅かだけ体温を持った紫色に揺らいでいたことに、私自身もまだ気づいてはいませんでした。

 

 背中で受け止めたのは、酒場の扉を突き破る勢いで漏れ聞こえてくる「もう一回!! アカリン!!」という名のアンコールの怒号。


「アカリン……最高だ! 最高の、最高にクールなステージだったよ!!」

 

 薄暗い通路の先で、ジョン・ドゥが興奮で顔を真っ赤に上気させ、涙目になりながら駆け寄ってきました。


「……そうですか。私はただ、事前の指示通りに歌唱と戦術をこなしただけですが。」

 

 そっけなく答えながら、私は自分の白い指先をそっと見つめました。

 

 そこには、魔法を使ったことによる魔力の残滓ざんしでも、激しい運動による肉体的な疲労の汗でもない。

 

 この数百年間、忘却の彼方にあったはずの、かすかな、けれど決して気のせいではない心臓の「震え」がありました。

 

 どうして、こんなにも指先が熱いのだろう。

 

 私は今、この騒がしくて熱に浮かれた世界を、確かに初めて「生きて」いた。


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