第15話 聖女の夢
夢を見ていた。
その英雄は、『記憶』の欠落に苦しむ狐の獣人を救った。
その英雄は、その力故に他との『つながり』を喪い孤独に苦しむスライムを救った。
その英雄は、『感情』が磨耗してしまったせいで生きる意味を見失った少女を救った。
その英雄は、強さの果てに剣を振るう『理由』を失った一人の剣士を救った。
その英雄は、誰よりも『不自由』な有翼人の女王を救った。
その英雄は、自分の『意志』を持てなかったゴーレムを救った。
その英雄は……他者を、そして自分の『命』すらも傷つけてしまうエルフの少女を殺した。
その英雄は……胸の内の虚無を埋めてくれる『刺激』を欲する竜人を、騙し、殺した。
そして『自分らしさ』を失い他者の理想を映すことでしか自己を保てなくなった英雄は、最後に『変わる』ことが出来なくなった愛する人に殺された。
きっと全ての人の理想になることなど不可能だ。
誰かの理想が、違う誰かにとっても理想とは限らないのだから。
……でも全員の理想であり続けるという生き方は、願いは、果たして間違っているのだろうか?
……いやきっと間違っているのだろう。
それでもボクはその生き方を美しいと思ってしまった。
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「目が覚めたか?」
低く、少し嗄れた声が石造りの空間に反響した。
ゆっくりと目を開けると、天窓から差し込む一筋の光の中に、鉄兜を被った男が立っていた。視界のピントが合うにつれ、その無骨なシルエットが浮かび上がる。どうやらボクは長い眠りから目覚めたようだ。
「…君は?」
目の前の鉄兜を被った男に問いかける。
「今日からあなたの従者になる、名前は………
ジョン・ドゥだ。」
「ジョン・ドゥって……身元不明の男性って意味じゃないか。もしかしてボクをからかってる?」
ボクはインプットされている知識を元にそう判断した。
「………そういう名前なんだよ。」
絶対に嘘だ。鉄兜をして顔を隠しているにも関わらず、すごく分かりやすい。嘘が下手すぎる。
「……そんなに名前を言いたくないならボクが名前を付けてあげるよ。そうだなぁ……シュピーゲルなんてどう?」
「……何で、その名前なんだ?」
彼が驚いたように問い掛けてくる。ガチャリ、と兜の奥で息を呑む微かな音が聞こえた。
「シュピーゲルはね、鏡って意味。刻まれてる知識の中でボクが一番綺麗だと感じた物だよ、だから君の名前にしてあげる。」
「何で……鏡が一番綺麗だと思うんだ?」
彼が続けて問いかけてくる。差し込む光が彼の鉄兜を照らし、鈍い反射光を作っていた。ボクの感性がそんなに不思議なのだろうか?
「だって鏡はありのままの光を反射するじゃないか。つまり嘘を吐かないってことでしょ?嘘が下手な君にぴったりだと思うんだけど……どうかな?」
「そうか……だが少し俺には眩しすぎるな。」
彼は光から逃れるように、わずかに顔を伏せた。そう呟く彼の表情は鉄兜で見えないけれど、その言葉の端に滲む不器用な響きから、どこか嬉しそうに微笑んでいるのがボクにはわかった。




