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第14話 死んでも好きな人

 鼓膜を破るような轟音が夜の森を震わせる。


 まるで世界そのものが悲鳴を上げて揺れているようだ。舞い上がる土砂と熱風をマントで防ぎながら、「あのバカが……」と忌々しげに呟き、鉄兜の男はその場から踵を返す。



◻️◻️◻️◻️◻️



「装填・バスタード」  『世界よ…燃えろ』


 放たれた灼熱の炎に、僕は渾身の一撃を叩き込む。

 

 極限まで圧縮された二つの巨大な力の衝突は、空間を軋ませるほどの凄まじい衝撃波を生み出し、周囲の巨木を次々と薙ぎ倒していった。巻き上がる土煙と焦げた土の匂いが、視界と鼻腔を完全に塞ぐ。


「互角、といったところかしら。」

 土煙の向こう、まだ熱を帯びた空気の揺らぎの中からアルデーレさんがそう話掛けてくる。


「……そうみたいですね」

 口ではそう言ってみるが、違うことは分かっていた。


 さっきの炎、僕の技が勢いを無くしたと同時に消えたのだ。まるで役目を終えたと言わんばかりに、

 

 目の前で起こった現象が、そして生物としての火を恐怖する本能が、彼女の魔法の詳細を囁いてくる。今の魔法は『ありとあらゆる物を燃やす魔法』だ。それも彼女の意のままに

 

 恐らくさっきは僕の技だけを、燃やす対象にしていたのだろう。僕に散々甘いと言っておきながら、彼女も人のことを言えない。


「貴方、さっきセイヴィアの『再現』の力を使ったでしょ?どういう原理かは知らないけど、彼女の助けも無くそれを使うなんて正気?」


 ……正直、自分でも正気とは思えない。一回使っただけで自分という存在が、自分を構成している大切なものが、熱した鉄板の上に落ちた氷のようにドロドロと溶けていくような、ひどい悪寒と虚脱感に襲われている。

 

 シュピーゲルさんが限界といった3回を過ぎて使えば自分がどうなってしまうのか想像に難くない。でも…


「それが……僕の覚悟です。」

 僕は再度、剣型の魔道具を生成する。


「そう…貴方はそういう人よね。」

 彼女は呆れたと言わんばかりに微笑む。


 僕の勝利条件は2つ

 1つは『さっきの魔法』を彼女に使わせないこと。あの魔法の燃やす対象を僕にされたらそれでゲームセット。

 

 そしてもう1つは彼女自身にさっきの技を当てること。恐らく通常の斬撃や魔術では彼女の防御を突破できないだろう。だから僕が取れる戦術は…


 僕は彼女に向かって真っ直ぐ、全速力で走り出す。


「捨て身の特効?私に詠唱させない為かしら?」

 

「でも……」

 

 彼女は、これまでの比ではない程の無数の炎を展開する。その数は数えるのも馬鹿らしくなる程だ。炎の光で、夜だと言うのにまるで昼のように明るい。


 今度こそ回避不可能の攻撃。氷の人形で攻撃場所を誤認させるなんて次元の話じゃない。この炎の雨はきっと周囲全てを撃ち抜く。


「氷よ…纏え!!!!!!!」


 回避ができないのであれば避けない。僕は氷の鎧を纏い彼女に向かって走る。溶けたって関係ない、その度に魔術を発動する。彼女にたどり着くその時まで、何度でも、何度でも、何度でも


「ぐっ」

 

 分厚い氷越しでさえ肌を刺す炎の熱さに、あまりの痛みにうめき声が漏れてしまう。そして、この短時間に何度も魔術を使って魔素を取り込み過ぎたせいだろう。頭が割れるように痛い。視界がチカチカと明滅する魔素中毒の症状だ。


 だけど!!!


「っ近づいた!!」


 捨て身の特攻で、当たれば確実に決定打になりうる距離まで近づいた。


「装填・バスタード!!!!」

 

 渾身の一撃が彼女を捉えた。・・・かに思われた。


「これは!?火で作った偽物!?」


 僕がやったように、本物と見紛うほど精巧な火の人形で、攻撃場所を誤認させられた。

 

 本物の彼女は……左斜め前方!!


「意趣返しよ…これで終わり」


『世界よ……燃えろ』

 

 彼女が魔法を詠唱する。眼前を埋め尽くす灼熱、あらゆるものを燃やす炎が放たれる。

 

「くっ」

 

 急いで魔道具を生成する。3回目の力の行使。指先から感覚が抜け落ち、体の一部が砂になってこぼれ落ちていくような、これまでとは比にならない程の強烈な喪失感が全身を襲う。


「装填・バスタード!!!!!!」


 最期の一撃が、世界を焦がす灼熱の炎に叩き込まれた。



◻️◻️◻️◻️◻️



 再び視界を埋め尽くす土煙の中で考える。


 ……私は一体何をやっているのだろうか?

 

 最初は彼に殺して貰うつもりだった。どうせ望みが叶わないのなら彼の手で終わりたいと。


 彼はどうせ私に殺意を向けることなんて出来ないだろうから。殺すつもりで攻撃し続けた。流石の彼も私が殺すつもりで攻撃すれば、戦わざるを得ないだろうから。

 

 でも途中、苦しそうに戦う彼を見て、これ以上苦しめたくない、重荷を背負わせたくないと思ってしまった。


 ……迷ってしまった。


 そしてこの結果だ。彼のあの様子だともうあの技は使えないだろう。私への決定打を失った彼が取れる選択肢はただ一つ、逃げることだけ。


 それに……私はもう彼を攻撃する気になれない。


 我ながら何をしているのか分からない。きっと永い時間の中でおかしくなってしまったのだろう。そんな私は、これからも絶望の中で生きていくのがお似合いだ。


 風が吹き、土煙が晴れてきた。視界がクリアになっていく。月明かりが差し込んだそこに、私は信じられないものを見た。 


「装填・バスタード」


 彼の一撃が私の絶望を切り裂いた。



◻️◻️◻️◻️◻️


 

 彼の限界を超えた攻撃は、確かに私を捉えた。しかし限界を越えた力の行使に、彼の肉体が耐えられなかったのだろう。私を殺しきるには、あと一歩出力が不足していた。


「……どうして、4回目を使ったの?あの状況なら逃げれたはず、なのにどうして…」


 私は彼に問いかける。


「知ってるから、自分の気持ちを、願いを、大切な相手に伝えるのがどれだけ勇気のいることか。だから……」


 地面に倒れた彼が言う。もう目も見えていないのだろう。目の焦点が合っていない。


「でも……僕は最低だ。結局、何一つ約束を果たせない。」


 もうほとんど意識がない。うわ言のように彼が呟く。4回目の力の行使の反動で彼の存在が、彼を構成している大切なものが崩れて無くなっていくのを感じる。


「……死なせない。」


 私は『固有魔法』を詠唱する。


『世界よ……燃えろ』

 


◻️◻️◻️◻️◻️


 

 自分という存在が崩れていく。もう何も感じない。音も、匂いも、痛みも何も、体の輪郭が世界に溶けて失われていく。ただ寂しい。


 暗い暗い虚無の中、ただ自分が終わるのを待っていた。その時、不意に体が暖かな熱で覆われる。


 体の輪郭が、痛みが、匂いが、音が、僕に戻ってくる。重いまぶたを開けると、逆さまの視界にアルデーレさんの顔があった。どうやら僕は膝枕されているようだった。


「目が覚めた?」


 覗き込んできた彼女が、悪戯っぽく微笑む。彼女の膝の上に置かれた僕の頭を、彼女の手がゆっくりと、慈しむように撫でた。指先が髪の間を通り抜けるたび、心地よい痺れが脳の奥まで溶けていくようだ。


「良かったわ…私の魔法で貴方の力の反動を燃やしたの。私もこの傷だから全部燃やせた訳じゃないけど、それでも戻って来れたのなら何よりだわ。」


 そう言いながら微笑む彼女の体は少しずつ崩れ始めていた。


「アル…デーレさん…体が…それも治りますよね…」

 

 僕は彼女が心配で立ち上がろうとする、けれど体がピクリとも動かない。


「無理よ…ボロボロの体で固有魔法を使ったんだもの。いくら人智を越えた存在といっても生物としての限界ね。」


「駄目だ…アルデーレさん…僕に出来ることなら何でもする…だから…駄目だ。」


 彼女は僕の頭を撫でながら、優しく微笑む。

「何でもだなんて…本当に悪い人。そうね…だったら一つお願いしてもいいかしら。」


「何でも聞く…だから。」

 

 思わず涙が溢れてしまう。体を動かしたいのに、目の前の彼女を助けたいのに、微動だに出来ない。また意識が薄れていく。


「なら…私以外の代行者達も救ってあげて。みんな生物には過ぎた力を持たされて苦しんでる。だから…貴方が…。」


「わかった…全員…救う。だから…アルデーレさんも。」


 彼女の体がどんどん崩れていく。僕の頭を優しく撫でる手も、もう崩れて無くなってしまった。


「本当にありがとう。あなたはやっぱり、私の好きな人に似ていたわ。顔も、声も、仕草も、そして何よりもお人好しなところがね。ありがとう、私の英雄…ゆっくりお休みなさい。」


 薄れゆく意識の中、彼女の言葉が聞こえる。その声色が余りにも優しくて、満ち足りたものだったから、僕はどこか安心してしまった。


 暗闇の中、彼女の温もりだけが鮮明に残り続けている。


 そうして彼女の暖かな熱に包まれながら、僕は深い眠りに落ちた。









「アルデーレ……」

 事の一部始終を見届けた鉄兜の男は、どこか悲しそうにそう呟く。

 

 恋の果てに身を焦がした彼女を憂いて


第1章 奪還編 完

第一章の奪還編はこれで終わりになります。


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