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第13話 奥の手

 夜の森を朱く染め上げながら、アルデーレさんの周囲に展開された無数の炎が、まるで意志を持つ獣のようにこちらへ殺到した。


 空気を焼き焦がす轟音が鼓膜を打つ。僕は枯れ葉を力強く蹴り立ててその場から急いで飛び退き、死の雨をなんとか回避した。

 

 これだ。これこそが守護者達の圧倒的な特異性。人類が使う魔術とは違い、長い詠唱を必要とせず、ただ手をかざすだけで、念じるだけで世界の法則を思うがままにねじ曲げる力。

 

 頬を撫でる熱風は肌を焼き尽くさんばかりに熱い。しかもここは森の中だ。少しでも飛び火すれば、たちまち大火災を引き起こすであろう燃料の宝庫。今の攻撃は明らかに、周囲の木々を一瞬で火の海に変えるのに十分過ぎる程の火力だったはずだ。

 

 だというのに、周囲の木々はどこにも燃え移っておらず、葉一枚焦げてすらいない。圧倒的な熱量だけが存在し、燃焼という結果が伴っていないのだ。やはり普通の炎とは違う法則が働いている。まさに、世界の理から外れた力。


「よく避けたわね。でも、まだまだ行くわよ」

 

 彼女が静かにそう告げると同時に、空間がぐにゃりと陽炎のように歪む。彼女の頭上に生み出されたのは、身の丈の三倍はあろう巨大な火玉だった。まるで小型の太陽が落ちてきたかのような威圧感が迫る。


『っ氷よ…纏え!!!』

 

 ただ避けるだけでは不十分と判断し、刺すような冷気と共に全身へ氷の鎧を纏わせながら後方へ大きく跳躍する。

 

 そして、その予感は的中した。直撃は完全に回避したはずなのに、体を掠めた熱波だけで氷の鎧が「ジュウッ」と凄まじい音を立て、大量の白煙を吹き上げながらみるみる溶けていく。もしあの時、瞬時に氷の鎧を展開していなければ、余波だけで致命傷を負っていただろう。


「ならこれならどう?」

 

 アルデーレさんが指先を振るうと、巨大な炎が今度は一本の長い鞭のようにしなり、周囲の木々をすり抜けながら真横へと一薙ぎされた。視界の端から端までを埋め尽くす、回避不能の炎の軌跡。

 

 そう、それが『正確な場所』を狙ったのであれば。


「これは…氷で作った偽物?」

 もうもうと立ち込める水蒸気と、砕け散った氷の破片。その奥で溶け残った残骸を見下ろし、彼女は小さく呟いた。

 

 さっきの一撃で白煙が上がり、一瞬視界が遮られた際、本物と見紛う程精巧な氷の人形をその場に置き去りにしたのだ。


「ごめん!アルデーレさん!!」

 

 彼女が呆気に取られている、そのほんのコンマ数秒の隙。僕は蒸気を突き破り、一気に距離を詰めた。確実に攻撃が入るタイミング、完璧な間合い。それなのに、僕の攻撃は虚しく空を切った。

 

 僕が躊躇ったわけでも、ドジを踏んで狙いを外した訳でもない。彼女の体を捉えたはずの剣が、触れる寸前で、ありえない熱源にあてられた飴細工のようにドロリと溶け落ちたのだ。


「……貴方、この期に及んで手加減?私は貴方を殺すつもりで攻撃をしているのに、甘いにも程があるわよ」

 

 ドサリ、と溶けた鋼が地面に落ちる。彼女の言葉には、呆れと怒りが混じっていた。


「どうしても……戦わないといけないんですか?」


「……前にも言ったでしょう、私は過去を取り戻したいって」

 

 周囲で揺らめく炎の灯りが、彼女の横顔を寂しげに照らし出す。


「私は最初に召喚された守護者。初めのうち、数多くの攻略者が私に挑んで来たわ。力を行使する度に消えていく記憶、すり減っていく自分。私は自分の運命に絶望していた」

 

 彼女はその透き通るような青い瞳に、涙を溜めながら続ける。涙は炎の光を反射し、宝石のようにキラキラと輝いていた。


「そんな中、貴方と出会ったの。もう覚えていないはずなのに、貴方から彼の面影を感じる気がする。貴方こそが私の好きだった人なんじゃないかって、錯覚するほどに」

 

 彼女の悲痛な声が、夜の森に響き渡る。


「理解できないかもしれない、いや理解できなくたっていい。それが私の全て、それこそが私が貴方と戦う理由。もう希望がないのなら、私は貴方の手で終りたい」

 

 彼女の想いを、長い時間をかけた悲痛な願いを、聞いてしまった。もうこれ以上、彼女の意志を否定することはできない。


「……分かりました。僕も覚悟を決めます」

 

 僕はセイヴィアの『再現』の力を解放する。手のひらに青白い光が収束し、幾何学的な光の粒子が瞬く間に一振りの無骨な剣型の魔道具を形作った。冷たい金属の感触を握り締め、僕は奥の手の名前を呟く。


装填リロード・バスタード」


「ありがとう…なら、私も奥の手を出すわ」

 

 そう言って彼女は、両手を広げ、今まで一度も口にしなかった『魔法』を詠唱する。


『世界よ…燃えろ』



◻️◻️◻️◻️◻️



「聖女様の力の本質は『再現』だ」

 

 埃っぽい修練場の冷たい空気の中、シュピーゲルさんが静かにそう言った。


「聖女様と接続した影響で、お前も恐らくその力を使えるようになっている。聖女様の力を借りずともな」


「それって、セイヴィアみたいな戦い方が僕にもできるってことですか!」

 

 それならかなり作戦が楽になるんじゃないだろうか?それこそ、わざわざ祭りの時まで待たずとも、作戦を前倒しできるぐらいに。


「ただし、今のお前だと3回の再現が限度だろう。それ以上は、お前という存在そのものが崩壊する」

 

 少ないし、怖!?


「だからその3回を有効に生かすための『奥の手』を今から教える」

 

 シュピーゲルさん曰く、守護者やセイヴィアが使う世界をねじ曲げる力――いわゆる『魔力』と呼ばれる力は、異なる性質の物同士を掛け合わせると反発しあい一気に爆発する性質があるのだと言う。

 

 そしてこれは、その爆発に指向性を持たせる技術。


装填リロード・バスタード」



◻️◻️◻️◻️◻️



 セイヴィアの力によって作った魔道具の内部には『再現』の魔力が満ちている。僕はそこにありったけの『停止』の魔力を流し込んでいく。

 

 内部で魔力が反発しあい、手にした魔道具が悲鳴を上げるように激しく明滅し、亀裂から暴走寸前のまばゆい光が漏れ出す。

 

 対するアルデーレさんの周囲では、文字通り世界そのものを灰燼に帰すような、視界を焼き尽くすほどの紅蓮の業火が渦を巻いていた。

 

 限界突破の究極の斬撃と、世界を焦がす絶望の炎が今、激突する。


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