姉妹の会話
午後の柔らかな陽射しが、帝都の街並みを淡く照らしていた。
卒業を間近に控えたこの時期、帝国学園の生徒たちは進路や将来の話題で持ちきりだった。
そんな中、久しぶりに姉妹だけで食事をする約束を交わしたベラミカは、
帝都の落ち着いた料理店で妹を待っていた。
「お待たせしました、お姉さま」
聞き慣れた優しい声がして、ベラミカは顔を上げる。
「セーニャ」
白を基調とした清楚な服に身を包んだ妹は、以前と変わらない穏やかな笑顔を浮かべていた。
「久しぶりね」
「は、はい……」
向かい合って席に着く。
料理が運ばれてくるまでの間、他愛もない近況を語り合う。
学園生活のこと。
卒業式のこと。
聖教会のこと。
どれも穏やかな話題だった。
だが、その穏やかさの奥に、ベラミカは小さな違和感を抱いていた。
(……少し、雰囲気が変わったかしら)
以前よりも落ち着いていて、どこか“決まった未来”を見ているような目。
それが気になりながらも、彼女は微笑みを崩さなかった。
料理が並び始めた頃、ベラミカはそっと切り出す。
「そういえばセーニャ」
「は、はい?」
「この前、オルメスさんとお食事に行っていたんだって?」
「そ、そうなんです……」
セーニャは一瞬だけ視線を泳がせ、少し言いにくそうに続ける。
「猊下が『せっかくだから』と、わざわざ予約まで取ってくださったそうで……」
「かなり格式の高いお店だったみたいです」
ベラミカは目を瞬かせた。
「そんなに?」
「は、はい……」
セーニャは小さく肩をすくめる。
「帝都でも一番格式が高いと言われているお店だそうで……」
「周囲も貴族の方ばかりで……」
「正直、少し落ち着かなくて……」
「お食事自体は美味しかったんですけど、あまり楽しめませんでした」
その言葉に、ベラミカは思わず苦笑する。
「あなたらしいわね」
「そ、そうでしょうか……」
セーニャも困ったように笑った。
「私、そういう場はまだ慣れなくて……」
「でも、猊下もオルメス様も、気にしなくていいとおっしゃってくださって」
「それが救いでした」
ベラミカは小さく頷く。
「それで、その席で今後の相談をしていたの?」
「えっ……あ、はい」
セーニャは一瞬だけ言葉を詰まらせてから、穏やかに答えた。
「今後のことを、少しだけ」
その一言に、ベラミカの胸がわずかに強張る。
(やっぱり……)
「そうなのね……」
「で?いい結論は出たの」
できるだけ自然を装って尋ねる。
セーニャは少しだけ間を置き、それから小さく頷いた。
「はい、お姉さま」
「オルメス様は、私の希望どおりにすればいいとおっしゃってくださいました」
「そ、そう……」
ベラミカは静かに相槌を打つ。
妹の表情に曇りはない。
むしろ、どこか緊張が解けたような、ほっとした色があった。
(もう、決まっているのね)
そう理解した瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「そういえばさ」
ベラミカは話題を切り替えるように続ける。
「ウェディングドレスを新調したって聞いたんだけど、あの噂も本当なの?」
その言葉に、セーニャは一気に耳まで赤く染めた。
「お、お姉さま……それ、もう学園でも広まっているんですか……?」
「ま、まあ……少しね」
ベラミカは苦笑する。
「そ、そうなんですね……」
セーニャは視線を落としながら続けた。
「帝都でも一番格式の高い仕立て屋だって聞いたんだけど?」
「そ、それが……私には少し大げさすぎると思っていたんです」
「指輪もそうですけど……」
「私はもっと質素なものをお願いしたんですよ」
「でも……」
そこで一度言葉を切り、頬をさらに赤くする。
「オルメス様が、『こういうのはお金の問題じゃない。セーニャが気にする必要はないんだ』って……」
「そ、そうおっしゃってくださって……」
声が少し上ずる。
「あと……仕立て屋の方だけじゃなくて、絵師の方にも、
オルメス様が手配を進めてくださったんです」
「絵師?」
ベラミカが首を傾げると、セーニャはこくりと頷いた。
「は、はい」
「仮縫いの段階だったんですが、"早く記憶を残したい"とおっしゃって……」
「それで絵画にしてくださったんです」
「仮縫いなのに?」
「そうなんです…」
セーニャはますます恥ずかしそうに笑った。
「まだ完成していない状態なのに、ですよ」
「でも、布の流れとか、光の当たり方とか……」
「“今しか残せない美しさがある”って」
「そう言って、絵師の方も真剣に描いてくださいました」
「わ、私も女の子ですから……」
「やっぱり少し恥ずかしかったですけど……」
「でも、出来上がった絵を見たら、なんだか不思議な気持ちになって」
「“未来の私”を見ているみたいで……」
言いながら、セーニャは自分の言葉に照れているのか、指先をそっと握りしめた。
その笑顔は、確かに未来を受け入れた人のものだった。
ベラミカは静かに息を整え、何気ない調子で尋ねる。
「日取り、決まっているの?」
その瞬間、セーニャの肩がぴくりと跳ねた。
「ひ、日取り、ですか……?」
「え、えっと……その……」
視線が泳ぎ、紅茶のカップに逃げるように落ちる。
「は、はい……一応……」
小さな声。
だがすぐに慌てたように顔を上げる。
「で、でも!まだ正式にはっきりと公表しているわけではなくて……!」
「皆様も招待しますから、その……」
「その時は、ぜひ来てくださいね!」
「もちろん行くわよ」
ベラミカが笑顔で答えると、セーニャはさらに慌てたように身を乗り出した。
「あっ、あの!」
「でも、お姉さま!」
「このことは、まだ内緒ですよ!」
「皆さんにはまだ正式にお伝えしていませんから!」
人差し指を口元に添える仕草は、どこか必死で、少しだけ震えていた。
「お姉さま、絶対に内緒ですからね……!」
その仕草は、幼い頃と何も変わらない。
「分かってるわよ」
ベラミカは優しく微笑み返した。
「誰にも言わないから安心して」
「ほ、本当ですか……?」
「本当よ」
ほっとしたように笑うセーニャ。
その笑顔を見つめながら、ベラミカは静かに紅茶へ口を付けた。
(イヴァンス……)
(あなたには、何て伝えればいいのかしら。)
妹の幸せそうな顔と、かつて真剣に未来を語った青年の表情。
その二つが重なり、胸の奥に小さな影を落とす。
祝福すべきだと分かっている。
窓の外では春風が街路樹を揺らし、新しい季節の訪れを静かに告げていた。




