独立部隊への思惑
定例評議会。
帝国の重要事項を決定するため、皇帝を中心に各省の長が一堂に会する場である。
重厚な石造りの広間には、ランジール皇帝を正面に、カイル宰相、セファン財務卿、ディハン軍務卿、ロキソン外務卿をはじめとする各大臣が整然と席に着いていた。
帝国全土から集められた報告書が机の上へ並べられ、静寂の中で一つひとつ案件が審議されていく。
国境警備の状況。
各地の収穫量。
街道整備の進捗。
税収の報告。
いつものように各省から報告が続き、必要に応じて意見が交わされていく。
その流れが一段落したところで、カイルが静かに一枚の資料を手に取った。
「陛下。一つ、ご提案したい案件がございます」
その一言で、広間の空気がわずかに変わる。
カイルが自ら切り出す案件。
それだけで、単なる報告ではなく、帝国の方針に関わる議題であることを誰もが理解していた。
ランジールが静かに頷く。
「申してみよ」
「近衛騎士団への入隊が決まったイヴァンス君を中心とした、独立部隊を設立してはいかがでしょうか」
一瞬、広間が静まり返った。
書類をめくる音さえ止まり、各大臣の視線がカイルへ集まる。
「……独立部隊だと?」
ランジールがゆっくり問い返した。
「はい」
カイルは落ち着いた口調で続ける。
「実は以前より、外務卿から相談を受けていた案件がございます」
そう言って隣へ視線を向けた。
「外務卿、概要を説明してください」
ロキソンは一礼すると、手元の資料を開く。
「現在、帝国を取り巻く情勢には、いくつか不安要素がございます」
広間へ視線を巡らせながら説明を続けた。
「ナピドラ連邦、そしてイーストパル王国周辺では、これまでとは異なる動きが確認されております」
「現時点で軍事衝突に発展する兆候はありません。しかし、各国の思惑が複雑に絡み始めている以上、帝国としても外交体制をより強固なものにする必要があります」
数人の大臣が静かに頷く。
「特に、南方のオリビスト王国、ドワーフ国、そしてジパンなど、友好関係を築いている諸国との結び付きは、今後さらに重要になるでしょう」
「外交官が各国を訪れる機会も増えるはずです」
そこでロキソンは一度言葉を区切った。
「しかし、外交とは必ずしも会談の席だけで行われるものではありません」
「時には盗賊や魔物が出没する街道を進み、時には情勢の不安定な地域へ足を運ぶこともあります」
「外交官には、それに見合う護衛が必要です」
広間は静まり返ったまま、その説明に耳を傾けていた。
「そこで、外交官の護衛を主任務とし、各国との交流も担う独立部隊を設立したいと考えております」
説明が終わる。
しばしの沈黙。
最初に口を開いたのはセファンだった。
「独立部隊の設立そのものに異論はありません」
穏やかな口調だった。
しかし、その表情は真剣そのものだった。
「ですが、新たな部隊を設立するとなれば、相応の予算が必要になります」
「人員、装備、活動費。継続的な負担となる以上、慎重に検討すべき案件でしょう」
一拍置き、さらに続ける。
「それに――」
「学園を卒業したばかりの若者を、いきなり部隊長へ任命するのは少々早計ではありませんか」
自然と視線がディハンへ向く。
軍を統括する立場として、最も反対しそうな人物だった。
しかし――。
「財務卿」
ディハンは迷うことなく口を開いた。
「その点については問題ありません」
あまりにも即答だった。
カイルとロキソンは思わず顔を見合わせる。
反対しないとは思っていた。
だが、ここまで明確に賛同するとは予想していなかった。
ディハンは静かに説明を続ける。
「イヴァンスは帝国学園闘技大会一般の部において準優勝という結果を残しております」
「さらに、その過程では近衛騎士団所属のドキとも交戦し、勝利しております」
「実力について疑う余地はありません」
広間の数人が小さく頷く。
「あとは隊長としての資質ですが――」
ディハンは一瞬だけ間を置いた。
「隊長に必要なのは年齢ではありません」
「能力です」
「少なくとも彼には、その資質があると私は判断しております」
再び静寂が広間を包む。
カイルは静かに息を吐いた。
(なるほど……)
(反対どころか、自ら後押ししてくれるとは)
ディハンがここまで明確に認めた以上、反対意見は出しにくい。
ロキソンもまた、わずかに目を見開いていた。
ディハンがここまでイヴァンスを評価していることは予想外だった。
そのディハンが今度はロキソンへ向き直る。
「外務卿」
「外交部門の人員についてですが、ロルマを選出することで問題ありませんか」
「ああ。そのつもりだ」
ロキソンはすぐに頷いた。
「彼は特別試合でイヴァンス隊に所属していた。外交経験もあり、適任だろう」
ディハンも頷く。
「私も異論はありません」
「ただし――」
その一言にロキソンが顔を上げる。
「まずはイヴァンス自身にメンバーを決めさせたい」
「……よろしいのですか?」
「隊長となる者が、自ら誰と戦うかを決める。それもまた隊長として必要な経験です」
ディハンの声は終始落ち着いていた。
「もちろん、外交部門としてロルマが必要であることは理解しています」
「仮に彼を選ばなければ、その時はこちらから推薦すればよいでしょう」
「しかし、自ら必要だと判断して選ぶのであれば、それが最も望ましい形です」
ロキソンは静かに頷いた。
「……分かりました」
「では、まずはイヴァンス本人の判断に委ねることにしましょう」
異論を唱える者はいなかった。
部隊長自らが仲間を選ぶ。
その考え方は軍としても理にかなっていたからだ。
カイルは改めて皇帝へ向き直る。
「陛下」
「イヴァンスを独立部隊隊長とし、外交官を補佐する部隊として設立する案を正式に採決いたします」
広間中の視線が皇帝ランジールへ集まった。
ランジールは腕を組み、しばらく黙考する。
近衛騎士団に新たな組織を設ける。
それは帝国軍の在り方にも関わる大きな決断だった。
しかし同時に、これからの帝国には必要な一手でもある。
やがて皇帝は静かに口を開いた。
「……よかろう」
重く響くその一言だけで、広間の空気が引き締まる。
「外交官を補佐する部隊として正式に認める」
「設立を進めよ」
「はっ」
大臣たちが一斉に頭を下げた。
こうして評議会は、新たな組織の設立を正式に承認した。
独立部隊。
その隊長となる若き騎士は、まだ自らに下された決定を知らない。
帝国の未来を左右する新たな一歩が、静かに動き始めていた。




