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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
帝国学園編2年生

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届かない答え

ベラミカがクラリスと何かを話していた数日後のことだった。


昼休み。


イヴァンスたちは、いつものように学園内にあるカフェで昼食を取っていた。


窓から差し込む柔らかな日差しが、白いテーブルクロスの上に淡い光の筋を落としている。


焼きたてのパンの香りと、温かいスープの湯気が混ざり合い、

昼の喧騒の中にもどこか落ち着いた空気が流れていた。


周囲では同じように昼食を楽しむ生徒たちの笑い声や、食器の触れ合う小さな音が絶え間なく響いている。


いつもと変わらない、穏やかな時間。


――のはずだった。


イヴァンスは、手元の皿に視線を落としたまま、向かいに座るセーニャへとそっと目を向ける。


最近、彼女はどこか忙しそうだった。


放課後の訓練にも来なくなった。


以前なら当たり前のように隣にいた彼女が、今は少し遠い存在になっているように感じる。


そんなことを考えていた時だった。


「ねえ、聞きました?」


少し離れた席から、女生徒の声が聞こえた。


それ自体は、昼休みなら珍しいことではない。

学園のカフェでは、あちこちで噂話や近況報告が飛び交っている。


だが、その声は妙に大きく、わざと周囲に聞かせようとしているようにも感じられた。


「何をですの?」


別の女生徒が、興味を引かれたように返す。


そして、その視線はちらりとセーニャへ向けられた。


イヴァンスは何となく嫌な予感を覚える。

胸の奥が、じわりと重くなるような感覚だった。


「セーニャさん、ウエディングドレスを作っているんですって」


その瞬間。


セーニャの手がぴたりと止まった。


フォークを持ったまま、まるで時間が止まったかのように動かない。

彼女の肩がわずかに震えたのを、イヴァンスは見逃さなかった。


「……え?」


イヴァンスも思わず顔を上げる。


女生徒たちは、まるで聞かせることを目的としているかのように、さらに話を続けていた。


「あれでしょう? 帝都でも評判のドレスの仕立て屋さんが、

 最近教会に出入りしているっていう話」


「そうですわ。私も聞きました」


「知っています? あの仕立て屋さん、

 予約だけでも半年以上待つそうですわよ」


「ええ。私もこの前の祝賀会のドレスは、

 急な決定でしたのであそこで仕立てることはできませんでしたもの」


「ということは、かなり前から準備されていたということですわね」


「そういうことになりますわね」


女生徒たちは、そう言いながらちらちらとセーニャを見る。


まるで答えを求めているかのように。


あるいは、本人の口から認めさせたいのかもしれない。

その視線には、好奇心だけでなく、どこか面白がっているような色も混じっていた。


セーニャは俯いた。


顔だけではない。耳まで真っ赤に染まっている。


その反応を見たイヴァンスの胸が、大きく揺れた。


(……やっぱり)


頭の中に、これまで聞いた話が浮かぶ。


指輪。


両家の顔合わせ。


そして、ウエディングドレス。


それらが一本の線につながっていく。

今まで断片的にしか見えていなかったものが、急に現実味を帯びて迫ってきた。


イヴァンスは、思わず息を呑む。


セーニャが、結婚の準備をしているのかもしれない。

その考えが頭から離れなかった


「セーニャ?」


思わず声をかける。


だが、セーニャはびくりと肩を震わせた。


「イ、イヴァンス君……」


振り向いた彼女の表情は、困惑と恥ずかしさが入り混じっていた。

視線が泳ぎ、頬は赤く、どう答えればいいのか分からないという戸惑いがありありと浮かんでいる。


「そ、その話は……聞かないでください」


何かを言おうとして、言葉を止める。


そして、イヴァンスから視線を逸らすように、そっと背を向けた。


「……」


その様子を見て、イヴァンスはそれ以上声をかけることができなかった。


否定してくれなかった。


でも、否定できない理由があるのかもしれない。そう考えてしまう。


彼女が困ったような表情をしていることだけは分かった。

だからこそ、これ以上踏み込むことができなかった。


胸の奥に、言葉にできないざらついた感情が残る。

驚き、戸惑い、少しの寂しさ。


それらが混ざり合って、イヴァンスはただ黙って食事を続けるしかなかった。



昼休みが終わっても、イヴァンスの胸の中に残った重さは消えなかった。


授業中も、教師の声が遠くに聞こえるようで、何度か意識が逸れそうになる。

ノートを取る手は動いていても、頭の中では先ほどの会話が何度も繰り返されていた。


セーニャは本当に、結婚の準備をしているのだろうか。もしそうなら、相手は――。


考えかけて、イヴァンスはすぐに首を振った。


今の自分がそこまで考える資格はない。


そう分かっていても、気持ちは簡単には切り替わらない。


そして放課後。


彼はいつものように、近衛騎士団の訓練場へ向かった。


少しでも剣を振れば、余計なことを考えずに済む。そう思ったからだ。


訓練場へ到着すると、いつものように準備を始める。

木剣を手に取り、足元を確かめ、呼吸を整える。


汗を流している間だけでも、頭の中のざわつきが静まってくれればいい。


しかし、そこにいた人物を見て少し驚いた。


「イヴァンス君」


「シルフィスさん。今日もよろしくお願いしますね」


声をかけてきたのは、シルフィス部隊長だった。


彼はいつものように凛とした立ち姿を見せていたが、どこか困ったような表情を浮かべている。


普段ならすぐに訓練の指示が飛んでくるはずなのに、今日は少し様子が違う。


「ああ、そのことなんだけどね」


「?」


イヴァンスは首を傾げる。


シルフィスは腕を組みながら話を続けた。


「実はグレッグ将軍に急な任務が入ってしまったの」


「グレッグ将軍に……?」


「そう。もう出発してしまっているわ」


その言葉に、イヴァンスは一瞬固まった。


グレッグがいない。


その事実は、思っていた以上に大きかった。


「そうなんですか……」


ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど小さかった。


「任務完了までは、おそらく一か月くらいかかると聞いているわ」


「一か月……」


思わず呟く。


グレッグがいない。


それは単純にグレッグ将軍が不在になるというだけではなかった。


イヴァンスには、ひとつだけ考えていたことがあった。


もし、どうしても気になるなら。


グレッグに相談して、オルメスへ確認してもらうこともできるのではないか。


直接聞く勇気はなかった。


だが、グレッグなら事情を知っているかもしれない。


あるいは、何かしらの形で助言をくれるかもしれない。


その可能性に、わずかな期待を持っていた。


しかし、その道も突然閉ざされた。


胸の奥に、ぽっかりと穴が空いたような感覚が広がる。


頼れると思っていた相手が、今は遠くへ行ってしまった。


それだけで、こんなにも心細くなるものなのかと、イヴァンスは内心で驚いていた。


「まあ、その分」


シルフィスが笑う。


「私がみっちりしごいてあげるから、今日からよろしくね」


その笑みは明るく、厳しさの中にも頼もしさがあった。


だが、イヴァンスにはその言葉が、今は少しだけ遠く感じられた。


「……はい」


いつものように返事をする。


だが、胸の中には別の思いが残っていた。


(グレッグ将軍に……聞いてみようと思っていたのに)


もちろん、そんなことを口にすることはできない。


セーニャのことも、ウエディングドレスのことも、今の自分の気持ちも。


どれも簡単に言葉にしていいものではない気がした。


ただ、イヴァンスは木剣を握り直した。


今は目の前の訓練に集中するしかない。


そう自分に言い聞かせながら。


振り下ろす一太刀一太刀に、余計な迷いを押し込めるようにして。


だが、その迷いは、どれだけ剣を振っても胸の奥から消えることはなかった。

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