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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
帝国学園編2年生

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オルメスとセーニャ

放課後の近衛騎士団訓練場。


冬の澄んだ空気が張りつめる中、

広い訓練場には木剣がぶつかり合う乾いた音だけが、

規則正しく静かに響いていた。


石畳の上を吹き抜ける風は冷たいはずなのに、

立ち合いを重ねる二人の周囲だけは、熱を帯びた空気がゆるやかに揺れている。


カンッ――。


イヴァンスの木剣が鋭く振り下ろされる。


だが、その一撃は真正面から受け止められることなく、紙一重で受け流された。


オルメスはほんのわずかに木剣の角度を変えただけで、

イヴァンスの力の向きをずらし、そのまま身体の軸を崩させる。


無駄のない動きだった。派手さはないのに、確実に相手の勢いを殺していく。


「まだ肩に力が入っているな。」


穏やかな声が飛ぶ。


「はい!」


イヴァンスは即座に返事をし、崩れた体勢を立て直した。

足を踏み替え、呼吸を整え、もう一度前へ出る。


木剣を握る手に力が入りすぎているのは自分でも分かっていたが、

意識すればするほど余計に固くなってしまう。


冬休みが明けてから初めての訓練。


今年最初の立ち合いだった。


本来なら、年明けの訓練は気持ちを切り替える良い機会のはずだった。


だが、イヴァンスの心はどうにも落ち着かなかった。

木剣を交えながらも、頭の片隅には別のことばかりが浮かんでくる。


セーニャ。


年末年始。


ファーリン。


そして、村でクラリスへ打ち明けたあの夜のこと。


(ちゃんと聞こう。)


そう決めたはずだった。


あのときは、セーニャのことをきちんと確かめるつもりでいた。

曖昧なままにしておくのは嫌だったし、もし何か変化があったのなら、

自分の口で聞いて、自分の耳で確かめたかった。


だが、今日学園で見たセーニャの笑顔と、薬指に光る指輪。


それだけで胸の中はかき乱され、何をどう聞けばいいのか分からなくなってしまっていた。


「イヴァンス君。」


不意にオルメスの声が響く。


はっと顔を上げた瞬間には、もう遅かった。

気が付けば木剣の切っ先が首元へ静かに添えられている。


ほんの少しでも動けば、すぐに打ち込まれていたに違いない。


「……参りました。」


イヴァンスは苦笑しながら木剣を下ろした。


「今日は少し集中できていないようだね。」


オルメスは責めるでもなく、ただ事実を穏やかに告げる。

その声音には、相手を気遣う柔らかさがあった。


「すみません。」


「疲れているなら無理はしなくていい。」


「いえ、大丈夫です。」


イヴァンスは慌てて首を振った。


訓練を途中で切り上げるほどではない、と言いたかったのだが、

実際には心ここにあらずだったことを見抜かれている気がして、少しだけ居心地が悪い。


オルメスはそれ以上追及することなく、小さく笑う。


「なら今日はここまでにしよう。」


「ありがとうございます。」


二人が木剣を片付けていると、訓練場の入口から聞き慣れた声が響いた。


「お疲れ様でございます。」


マリーだった。


小さなワゴンには紅茶の入ったポットと焼き菓子が並べられている。


「お二人とも、温かいお茶をご用意いたしました。」


「ありがとう、マリーさん。」


イヴァンスが笑う。


「ちょうど身体も温まりそうだ。」


オルメスも穏やかに頷いた。


三人は訓練場の隅に置かれた丸いテーブルへ腰を下ろす。

石造りの壁に囲まれたその一角は、風の通りが少なく、冬の午後でも少しだけ過ごしやすかった。


マリーが丁寧に紅茶を注ぐと、

湯気とともに心地よい香りがふわりと広がる。


焼き菓子の甘い匂いも混じって、張りつめていた空気が少しだけ和らいだ。


しばらくは他愛のない話が続いた。


訓練のこと、最近の学園の様子、冬休み明けの生徒たちの様子。


オルメスは相変わらず落ち着いた口調で話し、

マリーは控えめに相槌を打つ。


イヴァンスも笑って返していたが、心のどこかではずっと別のことを考えていた。


(今しかない。)


紅茶の表面を見つめながら、小さく息を吐く。


胸の鼓動が少しだけ速くなる。

手の中のカップが、ほんのわずかに熱い。


聞くなら今だ。ここで逃したら、またずるずると先延ばしにしてしまう気がした。


「……そういえば、オルメスさん」


「うん?」


イヴァンスは一度だけ息を整え、それからできるだけ自然な声を作った。


「セーニャに……指輪を買ったんですね」


その瞬間、マリーの手がほんの少しだけ止まったように見えた。だが、オルメスは驚く様子もなく、いつものように静かに頷いた。


「ああ」


「必要なものだったからね」


その一言だけで、イヴァンスの胸が小さく締め付けられる。


必要なもの。


その言葉はあまりにも自然で、あまりにも穏やかだった。

だからこそ、余計に意味深に聞こえてしまう。


イヴァンスは思わず紅茶のカップを見つめたまま、次の言葉を探した。


「セーニャには、高級すぎるって言われたんだがね」


オルメスは少しだけ苦笑する。


「だが、必要なものに値段は関係ないからね。」


「多少は掛かってしまったが」


そう言って紅茶を一口飲む。


イヴァンスは静かに頷いた。


「……そうだったんですね」


自然な返事をしたつもりだった。


だが、自分でも分かるほど声が少しかすれていた。喉の奥が妙に乾いている。紅茶を飲めば落ち着くかと思ったが、むしろ胸のざわつきは強くなるばかりだった。


マリーは紅茶を注ぎ足しながら、ちらりとイヴァンスの横顔を見る。


その表情はどこか固かった。笑っているようでいて、どこか無理をしているようにも見える。何かを飲み込んでいるような、そんな不自然さがあった。


イヴァンスは少し迷ったあと、もう一つだけ聞いてみることにした。


「そういえば……」


「年末年始は、セーニャと一緒にファーリンへ行ったって聞いたんですが」


「ああ」


オルメスはごく自然に頷く。


「セーニャがファーリンで巫女舞を披露することになったからね」


「私は護衛も兼ねて同行したんだ」


「そうだったんですか」


イヴァンスは相槌を打ちながらも、心の中では別の言葉が何度も浮かんでは消えていた。


護衛。同行。巫女舞。どれも説明としては筋が通っている。

だが、頭の中ではそれらが別の意味を持ってしまう。


「それに。」


オルメスは懐かしそうに笑った。


「久しぶりに両家で食事をすることもできた」


「とても楽しい年末年始だったよ」


その言葉を聞いた瞬間だった。


イヴァンスの胸が、どくりと大きく脈打つ。


――両家で食事。


――楽しい年末年始。


頭の中で、その言葉だけが何度も反響した。


(やっぱり……)


(噂は、本当だったんだ)


祝賀パーティー。


毎日の送り迎え。


ファーリンへの同行。


指輪。


そして、両家での食事。


それらが一本の線でつながっていく。イヴァンスの中では、もはや偶然の積み重ねでは済まされないほど、ひとつひとつの出来事が意味を持って見えてしまっていた。


俯いたまま、小さく答える。


「……そうですか」


「どうした?」


オルメスが不思議そうに尋ねる。


「いや」


イヴァンスは慌てて笑顔を作った。だが、その笑みは自分でも分かるほどぎこちない。


「何でもありません」


「そうか」


オルメスは深く気にする様子もなく、いつものように微笑んだ。


「今年も一緒に頑張ろう」


「はい」


返事はした。


だが、その声にはどこか力がなかった。

自分でも驚くほど、喉の奥から出てきた声は弱々しかった。


隣ではマリーが静かに紅茶を口へ運んでいる。


しかし、その視線は何度もイヴァンスへ向けられていた。

心配そうに、けれど踏み込みすぎないように、そっと様子をうかがっているのが分かる。


笑っている。


ちゃんと笑っている。


それなのに、その笑顔はどこか無理をしているように見えた。


(イヴァンス様……)


マリーは何も聞かなかった。


聞けなかった。


今のイヴァンスには、どんな言葉を掛けても届かない。

そんな気がしたからだった。


下手に声をかければ、かえって傷つけてしまうかもしれない。

そう思うと、ただ静かに見守ることしかできなかった。


冬の柔らかな日差しが、訓練場へ静かに差し込む。


石壁に反射した光は淡く、午後の空気をやさしく照らしていた。


穏やかな時間だった。紅茶の湯気も、焼き菓子の甘い香りも、

何もかもが平和で、何も起こっていないように見える。


だが、その穏やかさとは裏腹に、イヴァンスの胸の中だけは静かに曇り始めていた。


ほんの少しずつ、しかし確実に。


冬の空のような冷たい影が、心の奥へと静かに広がっていく。

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