母の言葉
年の瀬も近づき、帝都は新しい年を迎える準備で賑わっていた。
帝国学園も冬休みに入り、生徒たちはそれぞれの居場所へ帰っていく。
イヴァンスもまた、今年もストーン村へ帰るため、朝早く帝都を出発していた。
同行するのはクラリスとマリー。
馬車の中では、ゆったりとした時間が流れている。
「久しぶりね、ストーン村。」
窓の外を眺めながら、クラリスが微笑んだ。
「去年のお正月以来だな。」
イヴァンスも懐かしそうに頷く。
対面に座るマリーは、窓から見える景色を興味深そうに眺めていた。
「帝都とは随分雰囲気が違いますわね。」
彼女にとっては、こうした地方の風景も新鮮なのだろう。
整えられた街並みや華やかな社交の場に慣れている彼女にとって、
広々とした街道や、雪に沈む畑の景色は珍しいものに映っているようだった。
「何もない村だけどな。」
イヴァンスが肩をすくめると、マリーは静かに首を振った。
「何もないからこそ、美しい景色というものもございますわ。」
その言葉にクラリスも頷く。
「そうね。ここへ来ると不思議と落ち着くの。」
馬車の揺れに合わせて、三人の会話はゆっくりと続いていく。
冬の空は高く、雲の切れ間から差し込む光が雪面に反射して眩しい。
時折、街道脇の木々に積もった雪が風に揺れ、さらさらと落ちる音が聞こえた。
穏やかな空気の中、馬車は街道を進み、やがて見慣れた村の景色が見えてきた。
石造りの家々。
煙突から立ち上る白い煙。
村人たちが雪かきをしながら談笑している。
「帰ってきたな。」
イヴァンスは自然と笑みを浮かべた。
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馬車が家の前で止まる。
雪を踏みしめながら降り立つと、
家の屋根にはうっすらと白い雪が積もっていた。
冬の冷気が頬を刺すが、それすらも懐かしい。
イヴァンスは荷物を降ろしながら玄関へ向かう。
「ただいま、母さん。」
扉を開けると、奥から母親が顔を出した。
「あら、イヴァンス。お帰り」
笑顔で迎えた母親は、その後ろに立つ少女を見ると、思わず目を丸くした。
「あら。今年はまた別の女の子を連れてきたのかい?」
「違う違う」
イヴァンスが苦笑すると、一歩前へ出たマリーが綺麗にスカートを摘み、優雅に一礼する。
「お初にお目にかかります、お母様。
帝国学園一年生、マリーと申します」
その所作は、まさに貴族令嬢のお手本のようだった。
背筋はまっすぐに伸び、声も落ち着いていて、
初対面の相手に対する礼儀が完璧に整っている。
母親は少し驚いたあと、柔らかく笑う。
「マリーさんって言うのかい。丁寧な挨拶をありがとうね」
そして優しく続けた。
「でもね、ここじゃそんな堅苦しい態度は必要ないからね」
「ありがとうございます」
マリーも穏やかに微笑み返す。
そのやり取りを見ていたイヴァンスは、小さく肩をすくめた。
「母さんらしいな」
すると――。
「ぴぃ!」
荷台から飛び降りたレックが元気よく鳴き声を上げる。
「あら、レック!」
母親は嬉しそうに駆け寄る。
「お帰り」
そう言いながら、レックの頭を優しく撫でた。
レックも気持ち良さそうに目を細める。
長旅の疲れなどまるで感じさせないほど、元気いっぱいだ。
「ぴぃ……」
「ちゃんと好きなお肉も用意してあるからね」
その言葉にレックは嬉しそうに翼をぱたぱたと動かした。
「ぴぃ!」
「はは」
イヴァンスが笑う。
「レック、よかったな」
レックは尻尾を振りながら母親の後ろを付いて回っていた。
まるで本当にこの家の一員であるかのように、
当然の顔で家の中へ入っていく。
その様子にマリーも自然と笑みを浮かべる。
「本当に家族なんですね」
「そうなの、レックはもう立派な家族なのよ」
母親は当然のように答えた。
「この子もイヴァンスと一緒に頑張ってきたんだから」
レックは嬉しそうにもう一度鳴いた。
「ぴぃ!」
和やかな空気が家の中へ広がる。
暖炉にはすでに火が入っており、
部屋の中は外の寒さが嘘のように暖かい。
木のテーブルの上には湯気の立つお茶と、
焼き菓子が並べられていた。
母親は改めてイヴァンスとマリーを見比べると、
どこか楽しそうな笑みを浮かべた。
「それでイヴァンス」
「ん?」
「その子が二人目なのかい?」
「え?うーん……」
イヴァンスは少し考えるように視線を落とした。
「……まだ、分からないんだ」
隣で聞いていたマリーが上品に口元へ手を添えた。
「ふふ」
「私はいつでも、イヴァンス様の告白をお待ちしておりますわ」
「いや、えっと……」
突然話を振られたイヴァンスは、思わず言葉に詰まる。
だが、いつものようにすぐ否定の言葉は出てこなかった。
そんな息子の様子を見た母親は、堪えきれずに笑い出した。
「我が息子ながら、本当に人気者だねぇ」
「母さんまで……」
「羨ましい話じゃないか」
そんな他愛もない話をしながら、三人は居間のテーブルを囲んだ。
帝都の出来事。
闘技大会の話。
学園生活の話。
母親は楽しそうに耳を傾け、時折驚き、時折笑う。
イヴァンスが語る学園での出来事に、
母親は目を細めて頷き、レックの活躍の話には「まあまあ」と感心したように手を打った。
マリーも自然と会話へ加わり、村の暮らしや帝都との違いについて興味深そうに質問していた。
「冬の間は、やっぱり畑仕事も少ないんですの?」
「そうだねぇ。雪が深い時期は無理に動かないよ。春になったらまた忙しくなるけどね」
「なるほど……。では、冬の間は家の中で過ごす時間が長いのですね」
「そうさ。だからこそ、こうして人が集まると嬉しいんだよ」
その受け答え一つ一つにも礼儀が感じられ、母親は何度も感心したように頷いている。
(本当に気の利く子だね。)
そんなことを思っていると――。
玄関の方から聞き慣れた声が聞こえた。
「おばさま、こんにちは」
「あら」
母親は嬉しそうに立ち上がる。
「クラリス」
笑顔で迎えた母親に、クラリスもにこりと笑う。
「イヴァンスと一緒に帰ってきてたんだね」
「そうなの」
クラリスは頷いた。
「でも最初にお父さんのところへ顔を出してきたの」
「そうかいそうかい」
母親は嬉しそうに何度も頷く。
「村長さんも喜んだだろうね」
「ええ。久しぶりだったから、少し長話になっちゃった」
クラリスが席へ着くと、母親は改めて二人の少女を見比べた。
一人は幼い頃から知っているクラリス。
もう一人は今年初めて会ったマリー。
どちらも礼儀正しく、気立ての良い少女だった。
しかも、二人ともイヴァンスと自然に打ち解けている。
母親としては、息子の周囲にこうした人たちがいてくれることが嬉しいのだろう。
「イヴァンス」
「ん?」
「本当に、あんたにはもったいないくらい、できた子たちばかりだね」
「……」
イヴァンスは返事をせず、困ったように頭を掻く。
母親はそんな息子を見つめ、小さく笑った。
「そういえば、去年来てたセーニャさんは?」
「……?」
「なんでセーニャなんだ、母さん」
「いや、何となくだけどね」
母親は湯飲みを手に取りながら穏やかに続ける。
「イヴァンスが、無意識にその子を隣へ置きたがってるように見えたのよ」
「……」
イヴァンスは返事をしようとして口を開きかけたが、結局何も言えなかった。
窓の外では、夕暮れが少しずつ村を包み始めている。
白い雪は橙色の光を受けて淡く染まり、
家々の煙突から立ち上る煙が静かに空へ溶けていく。
こうして去年とは違い、穏やかな年末年始が始まろうとしていた。




