自由奔放な魔導士団長
祝賀パーティーが始まって間もなく。
来賓たちがそれぞれ談笑を始める中、一人だけ周囲の空気をまったく気にしていない人物がいた。
帝国魔導士団長セラフィスである。
「あっ、カイル」
迷いなく歩み寄り、帝国の宰相へ声を掛ける。
突然名前を呼ばれたカイル宰相は振り返り、小さく息を吐いた。
「……セラフィス殿」
「カンサルの件、ありがとうね」
セラフィスは満面の笑みを浮かべる。
「帝都追放、取り消してくれて」
その言葉に、カイルは小さくため息を吐いた。
「セラフィス殿」
「はい?」
「こういう公の場では、せめて敬称を付けていただけますかな」
穏やかな口調だったが、その声音には「立場上そうしてほしい」という本音が滲んでいた。
「え~」
セラフィスは露骨に頬を膨らませる。
「そんな硬いこと言わなくてもいいじゃない」
「お互い立場というものがありますからな」
「え~、めんどくさい!」
まるで子どものような返答だった。
周囲で話をしていた来賓たちも、思わず視線を向ける。
帝国の宰相へ向かって、ここまで気安く話しかける人物など滅多にいない。
しかし、当のカイルは怒るでもなく、ただ静かに受け流していた。
「それで報告なんだけど」
「どのような報告ですかな?」
「カンサル! 魔導士団に入ること、本人から了承もらったから」
「……ほう」
「正式な手続きはこれからだけど、すぐディハンにお願いに行くね」
その瞬間だった。
「私に何をお願いするのですかな?」
背後から落ち着いた声が響く。
振り返ると、軍務卿ディハンがこちらへ歩いてきていた。
「あっ、ディハン。ちょうどいい」
「セラフィス魔導士団長」
ディハンは軽く一礼する。
「宰相閣下のおっしゃる通りです」
「その場に応じた呼び方を使うべきでしょう」
「も~」
セラフィスは呆れたように両手を広げた。
「ディハンまで硬いこと言うんだから」
「帝国騎士団の体裁というものがあるのだ」
「分かったわよ」
セラフィスは渋々頷く。
「宰相」
「はい」
「とにかくカンサルが魔導士団に入る件、許可しておいてね」
「承知しております。正式な手続きが済み次第、進めましょう」
「それと」
セラフィスは今度はディハンへ向き直る。
「ディ・ハ・ンも」
「……」
「ちゃんと許可よろしく」
ディハンは一つ息を吐いた。
「書類を正式に提出するのだ」
「え~」
「『え~』ではない」
即座に言い返す。
「魔導士団長ともあろう方が、手続きを軽視するわけにはいくまい」
「分かったわよ。も~」
セラフィスは肩を落とした。
「魔導士団の誰かに書かせるから」
「自身が確認し、自身の名で提出するのだ」
「団長として当然の責務である」
「はーい」
返事だけは実に素直だった。
だが、その表情からは反省の色はまったく感じられない。
「じゃ、イヴァンス君のところに挨拶してくるね~」
そう言ってセラフィスは軽く手を振り、その場を後にした。
残されたカイルは、小さく息を吐いた。
(……恨み言の一つでも言われた方が、まだ気が楽なのだがな)
カンサルを帝都から追放したのは、帝国騎士団、
そしてセラフィスへ権力が集中することを恐れたためだった。
だが、その件が発端となり彼女の逆鱗に触れた評議会は
レッドシャドウの設立を止めることができなかったのだ。
もはやセラフィスの要望を正面から退けることなど、不可能なのである。
そして今回の特別試合。
あの圧倒的な実力を目の当たりにした今、その考えは決定的なものとなる。
(今後、あの方の願いを真正面から退けられる者など、帝国にはおるまい)
カイルは、楽しげに歩いていくセラフィスの後ろ姿を静かに見送った。
祝賀パーティーが始まってしばらく。
来賓や学生たちが思い思いに歓談を楽しむ中、イヴァンスは次々と声を掛けられていた。
祝福の言葉。
労いの言葉。
そして、これからの活躍への期待。
その一つひとつへ丁寧に応じているものの、慣れない社交の場に気を張り続けていたイヴァンスは、内心ではかなり疲弊していた。
そんな彼のもとへ、一人の女性が軽やかな足取りで近付いてくる。
「イヴァンス君」
聞き慣れた声だった。
「セラフィスさん」
魔導士団長セラフィス。
相変わらず自由気ままな笑みを浮かべながら、イヴァンスの前で立ち止まる。
「準優勝のお祝い、楽しんでる?」
「それは……」
イヴァンスは苦笑した。
「正直、あまり余裕はありません」
「こんなに偉い方ばかり集まる場には慣れていないので」
「あはは」
セラフィスは楽しそうに笑う。
「そっか。大変だね」
そう言うと、何かを思い付いたように目を輝かせた。
「じゃあ、気分転換に踊ろっか」
「……え?」
イヴァンスは思わず聞き返した。
「踊る?」
「うん」
セラフィスは当然のように頷く。
「マリーちゃんにいっぱい練習してもらったんでしょ?」
「それは、そうですけど……」
「じゃあ大丈夫」
そう言って、セラフィスは自然に右手を差し出した。
「行こ?」
「えっ……」
イヴァンスは一瞬戸惑う。
本来であれば、女性から男性へダンスを申し込むことなど、貴族社会ではまずあり得ない。
周囲の学生たちも、その光景を見て目を丸くしていた。
「セラフィスさんが……」
「男性を誘ってる……」
「しかも相手はイヴァンス君?」
ざわめきが広がる。
だが――。
誰一人として、それを咎める者はいない。
相手は帝国魔導士団長セラフィス。
皇帝でさえ頭を悩ませる、帝国最強の魔導士である。
その自由奔放な振る舞いに口を挟める者など、この場には存在しなかった。
「いいんですか?」
イヴァンスは遠慮がちに尋ねる。
「え?」
セラフィスはきょとんと首を傾げた。
「イヴァンス君が嫌じゃなければ、いいんじゃない?」
まるで何でもないことのように笑う。
その笑顔を見て、イヴァンスも苦笑した。
「……分かりました」
「よしっ」
セラフィスは嬉しそうにイヴァンスの手を取る。
「せっかく練習したんだから、ちゃんと披露しなきゃね」
そのまま軽く手を引き、広間の中央へ歩き出した。
演奏が始まる。
イヴァンスは深呼吸を一つすると、マリーに教え込まれた通り姿勢を整えた。
右手を添え。
左手を重ね。
静かに一礼する。
「へぇ~、ちゃんと踊れてるじゃない♪」
セラフィスは嬉しそうに微笑む。
「そうですか?」
「うん。イヴァンス君だったら、顔真っ赤で固まると思ってた」
「……否定できません」
イヴァンスは照れ笑いを浮かべた。
ゆっくりと音楽に合わせて足を運ぶ。
一歩。
また一歩。
マリーとの厳しい特訓を思い出すように、身体は自然と動いていた。
「ふふっ」
セラフィスは楽しそうに笑う。
「マリーちゃん、ちゃんと教えてくれたんだね」
「はい」
「おかげで何とか踊れています」
二人は穏やかに言葉を交わしながら、会場の中央をゆっくりと舞う。
その光景を、周囲の学生や来賓たちは驚き混じりに見つめていた。
女性から男性を誘い、しかも誰一人それを咎めることなく踊りが続いている。
そんな前例のない光景に、誰もが目を奪われる。
だが当の本人たちは、そんな視線などまるで気にも留めていなかった。




