帝国学園祝賀パーティーの来賓たち
祝賀パーティー当日。
帝国学園の大広間は、普段の学園とはまったく違う空気に包まれていた。
煌びやかな装飾。
並べられた料理。
着飾った学生たち。
誰もが、この日のために準備してきた特別な一日を楽しみにしていた。
しかし。会場へ入ったイヴァンスは、すぐに違和感を覚えた。
(……本当に学園のパーティーなのか?)
周囲を見渡す。
確かに学生たちの姿はある。
だが、来賓席に並んでいる人物たちが明らかに普通ではなかった。
帝国の頂点に立つ人物。
皇帝ランジール。
その隣には宰相、軍務卿、外務卿、法務卿、民生卿。
さらに聖教会からは――
リカルテオン教皇。
テオール枢機卿。
そして聖騎士団長オルメス。
近衛騎士団からは――
グレッグ将軍。
ラプロス総指南役。
魔導士団長セラフィス。
そしてグレッグ将軍の隣には、マルティア王女の姿もあった。
帝国を支える各組織の最高幹部たちが、一堂に会していた。
「……」
イヴァンスは思わず固まる。
「どうしたのですか?」
隣にいたマリーが不思議そうに尋ねる。
「いや……」
イヴァンスは小声で答えた。
「学園の祝賀パーティーって聞いていたんだけど」
「これは……」
「普通なのか?」
マリーは少しだけ苦笑した。
「普通ではありませんわ」
即答だった。
「だよね……」
イヴァンスは小さく息を吐く。
だが、これには理由があった。
◇
数日前。
帝国評議会。
「我が息子が帝国学園に通っているのだ」
宰相が当然のように言った。
「ならば、その成長を見届けるのは親として当然だろう」
外務卿も頷く。
「我が家も同じだ」
法務卿。
民生卿。
次々と参加を表明する。
本来ならば、学園関係者と一部の来賓だけで行われる予定だった祝賀パーティー。
しかし。
彼らの目的は別にあった。
「イヴァンス君との関係を深めておきたい」
帝国学園の学生でありながら、すでに近衛騎士団入りが決まった存在。
さらに闘技大会では帝国最強クラスの騎士たちと渡り合った。
そんな人物を、自分たちが放っておく理由はない。
そこへ。
「何だと?」
話を聞いた皇帝ランジールが声を上げた。
「宰相や外務卿だけではなく、お主も参加するのか?」
視線の先には軍務卿でもあるディハン。
「娘が通っていますので、当然です」
ディハンは淡々と答える。
すると皇帝は腕を組んだ。
「では儂も参加せんと評議会の顔が立たんではないか」
「……」
周囲が沈黙する。
「陛下」
「何じゃ」
「それは少し無理がありませんか」
「何を言う」
皇帝は堂々と言い切った。
「帝国の未来を担う若者の祝賀会じゃぞ?」
「ならば皇帝である儂が見届けるのは当然ではないか」
誰も反論できなかった。
こうして。
皇帝の参加が決定した。
◇
一方。
聖教会でも、似たような騒動が起きていた。
「なんじゃと!?」
リカルテオン教皇は、報告を聞いた瞬間に立ち上がった。
「セーニャの祝賀会じゃと!?」
「はい」
テオール枢機卿は慎重に頷く。
「帝国学園で行われる、闘技大会で活躍した学生たちへの祝賀パーティーです」
「つまり……」
教皇は目を細める。
「セーニャが皆から祝福される日ということじゃな?」
「……まあ、そういうことになります」
「ならば儂も行く」
即答だった。
「猊下」
テオールは嫌な予感を覚えながら口を開く。
「その日は説教の会の予定が入っております」
「変更じゃ」
「……え?」
「変更するのじゃ」
あまりにも自然に言われ、テオールは一瞬言葉を失った。
「しかし、説教の会は多くの信徒が楽しみにしている大切な行事で……」
「ならば別の日にすればよい」
「ですが……」
「儂は何年、セーニャの成長を見守ってきたと思っておる」
教皇は腕を組み、真剣な表情になる。
「セーニャの晴れ姿を、この目で見届ける機会なのじゃぞ」
「……」
「これは教皇としてではない」
一拍置いて。
「セーニャを可愛がってきた一人の老人として、絶対に外せぬ」
テオールは完全に言葉を失った。
普段ならば、教会の予定を何よりも重視する人物である。
だが。
セーニャのことになると、どうにもならない。
「まだ日程変更の余地はあるじゃろう?」
「……ございます」
「なら決まりじゃ」
教皇は満足そうに頷いた。
「それよりテオール」
「はい」
「オルメス」
「お主たちも来るのじゃぞ」
「……やはりですか」
テオールは小さく息を吐いた。
「最初から私たちを連れて行くおつもりだったのですね」
「何を言う」
教皇は不満そうに眉を寄せる。
「儂一人で行っても、セーニャの晴れ姿を語り合う相手がおらんではないか」
「猊下が一人で帝国学園へ向かわれる方が、別の意味で問題になりそうですから」
「失礼なことを言うのう」
そう言いながらも。
教皇はどこか嬉しそうだった。
こうして。
聖教会側も、教皇の強い希望……という名の半ば強引な決定によって参加が決まった。
◇
帝国騎士団。
その執務室で、グレッグ将軍は届いた書類へ目を通していた。
戦場での報告。
訓練日程。
騎士団の人員配置。
いつも通りの業務。
そこへ。
「グレッグ」
聞き慣れた声が響いた。
顔を上げると、そこには皇帝ランジールが立っていた。
「陛下」
グレッグはすぐに立ち上がり、礼をする。
「どうされましたか」
「一つ、頼みがある」
「はっ」
皇帝の表情を見て、グレッグは嫌な予感を覚えた。
「帝国学園の祝賀パーティーへ出席せよ」
「……」
一瞬。
グレッグの動きが止まった。
「陛下」
「何じゃ」
「確認ですが」
グレッグは慎重に尋ねる。
「戦闘訓練ではありませんな?」
「違う」
「魔物討伐でも?」
「違う」
「では……」
グレッグは小さく息を吐いた。
「舞踏会、ですか」
「そうじゃ」
皇帝は即答する。
その瞬間。
グレッグの表情がわずかに曇った。
「……」
「何じゃ、その顔は」
「いえ」
グレッグは視線を逸らす。
「少々、苦手な分野ですので」
「お主な……」
皇帝は呆れたように肩を落とした。
「帝国最強の騎士が、舞踏会の話になると魔物より嫌そうな顔をするのはどうかと思うぞ」
「魔物ならば倒せます」
グレッグは真剣に答える。
「しかし、貴族の方々との会話は剣で解決できません」
「……」
皇帝は思わず黙った。
あまりにもグレッグらしい答えだった。
「それに」
グレッグは続ける。
「昔から苦手なのです」
「ラプロス様にも散々笑われました」
「知っておる」
皇帝は楽しそうに笑った。
「お主が舞踏会の話になると、戦場へ向かう時より緊張しておるのは昔からだからな」
「……」
「ラプロスもよく言っておったぞ。グレッグは戦場では堂々としているのに、
舞踏会では新人騎士のようになる、と」
皇帝は楽しそうに笑う。
グレッグは苦い顔をした。
「余計なことを覚えておられましたか」
「当然じゃ」
皇帝は満足そうに頷く。
「お主の珍しい弱点だからな」
「弱点と言われると否定できません」
そこへ。
皇帝はさらに続ける。
「それと」
「はい」
「マルティアも連れて行け」
「……」
グレッグは再び固まった。
「陛下」
「何じゃ」
「それは」
少し間を置く。
「別の目的も含まれておりますか」
皇帝は笑った。
「察しが良いな」
「やはりですか」
「マルティア王女とお主が共に出席する」
「帝国中へ自然に知らせる良い機会ではないか」
「……」
グレッグは小さく息を吐いた。
戦場でも見せないほどの困った表情だった。
「陛下」
「何じゃ」
「私は戦場へ向かう時より、今の方が緊張しております」
「大げさな」
「いえ」
グレッグは真剣だった。
「舞踏会には、魔物より恐ろしい敵がいます」
「……」
「笑顔で話しかけてくる貴族です」
皇帝はしばらく沈黙した後。
「……本当に変わらんな、お主は」
そう言って笑った。
こうして。
近衛騎士団のグレッグ将軍もまた、祝賀パーティーへの参加を余儀なくされるのであった。




