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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
帝国学園編2年生

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舞踏会の練習

祝賀パーティーまで、残り三週間。


イヴァンスの礼儀作法の特訓は、少しずつ成果を見せ始めていた。


最初の頃は、ただ立っているだけでも肩に力が入り、少し動くだけでぎこちなさが目立っていた。


だが、毎日のようにマリーから姿勢や歩き方を直され、

食事の所作まで繰り返し叩き込まれたことで、今では以前ほど不自然さはなくなっている。


「姿勢はずいぶん自然になりましたわ」


マリーは満足そうに頷いた。


「背筋を伸ばすこと自体はできていますし、肩の力も抜けています。

 初日に比べると見違えるほどです」


「そうか?」


イヴァンスは少し照れくさそうに頭を掻いた。


「自分じゃよく分からないけどな」


「ええ。ですが、少なくとも今なら貴族の方々の前へ出ても恥ずかしくありませんわ」


その言葉に、イヴァンスはようやく胸を撫で下ろした。


「よかった……」


ここ数日は、歩くことも、お辞儀をすることも、

食事の作法も、何度も何度も繰り返してきた。


最初は一つひとつに意識を向けなければならなかったが、

気が付けば自然と体が動くようになっていた。


扉の前で立ち止まる位置。椅子へ座る時の動き。ナプキンの扱い方。


スープを飲む時の音の立て方まで、細かく注意され続けたおかげで、

今では「こうだったか」と思い出す前に手が動くことも増えている。


しかし。


マリーはそんなイヴァンスを見て、にこりと微笑んだ。


「それでは、今日から次の課題へ進みます」


「次?」


「はい」


マリーは侍女へ目配せする。


すると、応接室の中央に置かれていた机や椅子が、

静かに、しかし手際よく運び出されていった。


広い空間ができあがると、イヴァンスは首を傾げる。


「何をするんだ?」


マリーはにこりと微笑んだ。


「ダンスですわ」


「……え?」


その一言で、イヴァンスの思考が止まった。


「祝賀パーティーでは、舞踏会も予定されています」


「ですから最低限の社交ダンスは覚えていただきます」


「お、俺が踊るのか?」


「もちろんです」


あまりにも当然と言わんばかりの返事だった。


「踊ったことなんてないぞ」


「大丈夫です」


マリーは穏やかに微笑む。


「最初は皆さんそうですから。慣れていない方でも、基本さえ覚えれば形にはなりますわ」


「いや、そういう問題じゃ……」


イヴァンスは言いかけて、口をつぐんだ。


そもそも、踊るという行為そのものが彼には縁遠い。

剣を振るうことならいくらでも経験があるが、音楽に合わせて足を運び、

相手と呼吸を合わせるなど想像もしたことがなかった。


しかも相手はマリーだ。


伯爵令嬢であり、礼儀作法の師でもある彼女と、これから踊るというのか。


イヴァンスが戸惑っている間にも、マリーは淡々と準備を進める。


「では、まずは基本の立ち位置からです」


そう言うと、彼女はイヴァンスの前へ立った。


「失礼します。」


そっと右手を差し出す。


「右手は私の手を」


「左手は私の背中へ」


「えっ?」


イヴァンスは思わず固まる。


「ど、どこに?」


「こちらです」


マリーは少しだけ身体を寄せた。


その距離の近さに、イヴァンスは一気に顔を赤くする。


「い、いや……」


「どうかなさいました?」


「こんなに近いのか?」


「社交ダンスですから」


あくまでも落ち着いた口調だった。マリーにとってはごく自然なことなのだろう。

だが、イヴァンスにとってはまるで別世界の出来事だった。


「し、失礼する。」


恐る恐る手を添える。


近い。近すぎる。


剣を交える距離よりも、ずっと近い。


女性とここまで近付いたことなど、ほとんどなかった。

手のひら越しに伝わる温もりに、イヴァンスはどうしていいか分からなくなる。


「では、一歩前へ」


「……はい」


「次は横へ」


「こ、こうか?」


「はい。ですが、少し足が大きいですわ」


「う……」


「もう少し小さく。相手の動きに合わせるように」


「わ、分かった」


ぎこちない。


あまりにもぎこちない。


足を出すたびにタイミングがずれ、身体の向きも微妙に合わない。

そのたびにマリーは優しく修正していく。


「肩の力を抜いてください」


「目線は下ではなく前です」


「呼吸を止めないように」


「え、呼吸まで?」


「ええ。緊張すると、どうしても身体が固くなりますから」


イヴァンスは終始顔を赤くしたままだった。


その様子を見た侍女たちは、思わず口元を押さえて笑いを堪えている。

普段のイヴァンスからは想像もつかないほどの狼狽ぶりだったからだ。


「皆さん」


マリーが一言だけ声を掛ける。


侍女たちは慌てて背筋を伸ばした。


「も、申し訳ありません」


「構いません」


マリーは苦笑する。


「ですが、イヴァンス様も慣れていただかなければなりませんから。

 ここで恥ずかしがっていては、当日もっと大変になりますわ」


「……頑張る」


小さく呟くイヴァンスに、部屋の空気が少し和らいだ。


それからしばらく、二人は何度も同じ動きを繰り返した。

一歩進む。止まる。向きを変える。相手に合わせて身体を動かす。


最初は足がもつれそうになっていたイヴァンスも、

何度か繰り返すうちに少しずつ感覚を掴み始める。


とはいえ、マリーとの距離が近くなるたびに顔が熱くなり、

結局最後まで落ち着くことはできなかった。


 ◇


翌日。


帝国学園の昼休み。


珍しく人だかりが少なくなった一瞬を見計らい、セーニャがイヴァンスへ近付いた。


「イヴァンス君」


「ん?」


「パーティーの練習はどんな感じですか?」


その笑顔を見た瞬間、昨日の出来事が頭をよぎる。


(ダンス……。)


マリーと手を取り合ったことを思い出し、顔が熱くなる。

昨日の感覚がまだ手のひらに残っているようで、イヴァンスは思わず視線を逸らした。


「えっ?」


セーニャは不思議そうに首を傾げた。


「どうかしましたか?」


「い、いや」


イヴァンスは慌てて首を振る。


「頑張ってるから」


「そ、そうですか」


「うん」


「……」


「……」


会話が続かない。


何を話せばいいのか分からなかった。


せっかくセーニャが話しかけてくれたのに、

昨日のダンスのことが頭から離れず、まともに言葉が出てこない。


普段ならもう少し自然に話せるはずなのに、今日はどうにも調子が狂っていた。


ちょうどその時だった。


「セーニャさん!」


男子生徒たちが再び集まり始める。


「イヴァンス君!」


今度は女子生徒たちがこちらへ駆け寄ってきた。


いつものように、二人の周囲にはあっという間に人の輪ができる。

イヴァンスの隣にはマリーが素早く立ち、セーニャの前にはプラーサが割って入った。


「申し訳ありませんが、イヴァンス様はこの後予定がありますので。」


「はいはい、今日はここまで!」


「聖女様も午後の授業があるからね!」


いつもの光景だった。


ほんの数十秒、話せただけでもまだましなのかもしれない。

だが、イヴァンスにとってはそれでも物足りなかった。


「じゃあ、また」


「はい。また」


そうして二人は、再び別々の輪へ飲み込まれていく。


そんな日々が続く。


礼儀作法。


ダンス。


学園生活。


気が付けば一日はあっという間に終わっていった。


放課後はマリーの屋敷へ向かい、姿勢や歩き方を確認し、ダンスの練習をする。


学園ではセーニャと顔を合わせることがあっても、周囲に人が多く、

ゆっくり話す時間はほとんどない。


話しかけられても、イヴァンスはどこか落ち着かず、短い返事しかできないことが増えていた。


セーニャもそんなイヴァンスの様子に気付いているのか、

時折首を傾げることがあったが、結局はいつも通り人に囲まれてしまう。


そして。


祝賀パーティー前日。


マリーは満足そうに頷いた。


「これなら十分ですわ」


「本当か?」


「ええ」


「礼儀作法も、食事も、ダンスも問題ありません」


「後は当日、落ち着いて楽しんでくださいませ」


イヴァンスは安堵の息を吐く。


「ありがとう」


「こちらこそ」


マリーは優雅に一礼した。


「イヴァンス様のお役に立てて光栄でした」


その言葉に、イヴァンスは少しだけ照れくさそうに視線を逸らす。


ここまで来るのに、思っていた以上に時間がかかった。

だが、ようやく準備が整ったのだと思うと、胸の奥に小さな達成感が湧いてくる。


 ◇


そして迎えた当日。


帝国学園は朝からどこか落ち着かない空気に包まれていた。


廊下では祝賀パーティーの話題でもちきりで、

貴族の子息や令嬢たちは互いの衣装や当日の予定について楽しそうに語り合っている。


普段よりも少しだけ華やいだ空気が、学園全体を包み込んでいた。


一方、イヴァンスは教室の窓から空を見上げ、小さく息を吐いた。


「いよいよか……。」


緊張と期待が入り混じる中、帝国学園主催の祝賀パーティーが、いよいよ幕を開けようとしていた。

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