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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
帝国学園編2年生

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新しい日常

翌日から、イヴァンスの放課後は一変した。


授業が終わると、マリーと共に馬車へ乗り込み、そのまま伯爵家の屋敷へ向かう。


「まずは姿勢からですわ」


応接室へ案内されるなり、マリーの特訓が始まった。


「騎士として立つ姿勢と、貴族として立つ姿勢は似ているようで違います」


「違うのか?」


「ええ。剣を構える時のように力を入れすぎてはいけません」


そう言うとマリーは背筋をすっと伸ばした。


「肩の力を抜き、胸を張りすぎず、自然に。顎も上げすぎないようにしてくださいませ」


イヴァンスも真似をする。


「……こんな感じか?」


「少し肩に力が入っていますわ」


マリーはそっとイヴァンスの肩へ手を添えた。


「深呼吸してください」


「すぅ……」


「そうです。そのままですわ」


姿勢だけで三十分。


次は歩き方だった。


「一歩が少し大きすぎます」


「敵へ間合いを詰める癖ですね」


「そういうものなのか」


「ええ。ですが、舞踏会では相手を威圧してしまいます」


廊下を歩く時の足音、扉の前で止まる位置、相手の前で立ち止まる間合いまで、ひとつひとつ直される。


「止まる時は、もう半歩だけ早く」


「……難しいな」


「慣れですわ。何度も繰り返せば、体が覚えます」


歩く。


止まる。


一礼する。


椅子を引く。


座る。


立ち上がる。


何度も繰り返す。


さらに食事作法。


「ナイフはこちらから」


「フォークは左ですわ」


「パンは一口でかじらず、ちぎってから」


「スープは音を立てないように」


「……難しいな」


イヴァンスは思わず苦笑した。


剣を振る方がよほど簡単に思えてくる。


「食事は、ただ食べるだけではありませんの」


マリーは淡々と続ける。


「器の持ち方、ナプキンの扱い方、口に運ぶ速さまで見られます。慌てて食べると、落ち着きのない人に見えてしまいますわ」


「そんなところまで見られるのか」


「ええ。貴族の場では、ひとつひとつに意味がありますから」


そして最後は会話の練習だった。


「初対面の方には、まず自己紹介です」


「はい」


「次に相手への敬意を示します」


「なるほど」


「それから、話を聞くことを心掛けてください」


「戦いと同じだな」


「え?」


「相手を知ることが大事なんだろ?」


その返答に、マリーはくすりと笑った。


「その考え方なら、きっとすぐ身につきますわ」


その後も、マリーの家の侍女を相手に、挨拶や受け答えの練習が続いた。


「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」


「はい、ありがとうございます」


「その返しは少し硬いですわ。もう少し自然に」


「自然に、か……」


「ええ。相手の言葉を受けて、すぐ返すのではなく、一拍置いてから答えると落ち着いて見えます」


「一拍……」


「そうです。焦らず、丁寧に」


こうして数日が過ぎていった。


 ◇


夕暮れ。


イヴァンスは宿屋のワーランへ帰ってきた。

宿屋へ入るなり、大きく息を吐く。


「疲れた……」


その声を聞いたクラリスが思わず目を丸くした。


「あら」


「イヴァンスが愚痴をこぼすなんて珍しいわね」


「帝国学園の受験の時ですら言わなかったのに」


イヴァンスは苦笑する。


「あの時は目標があったからな」


「今回は押し付けられた気分だからな……」


椅子へ腰掛けながら肩を回す。


「いつもの学園生活とも一変してしまったし」


「どうしたの?」


「セーニャやプラーサともほとんど話ができないんだ」


「放課後はずっとマリーと一緒だからな」


「学園でもマリーが横について女子を追っ払ってはくれるんだけど」


「遠巻きに囲まれちゃってるから結局ゆっくり話せない」


クラリスは小さく笑う。


「人気者も大変ね」


「しかも」


イヴァンスはさらに続けた。


「セーニャの周りも男子の輪ができてるんだ」


「プラーサが横について追っ払ってるみたいだけど」


「レックも今はセーニャに預けてるからな」


礼儀作法の特訓へ連れて行くわけにもいかず、放課後は教会で預かってもらっている。


「だから最近は登下校も、マリーが用意してくれた馬車ばかりなんだ」


どこか寂しそうな声だった。


「ふーん」


クラリスは頬杖をつきながら楽しそうに眺める。


「しかも闘技大会で振られたバリンスが、まだ付きまとってるんだぞ」


「毎日のように花を持ってきたり、話しかけたり」


「本当にあいつ何考えてるんだろ?」


その後はイヴァンスは祝賀パーティーに向けた訓練の話をクラリスとする。


「そんなに大変なの?」


「大変だぞ」


イヴァンスは指を折りながら、今日の訓練を思い返した。


「まず姿勢だ。背筋を伸ばしすぎると固く見えるから、

 肩の力を抜いて、顎を少し引いて、視線はまっすぐ」


「へえ」


「それから歩き方。足音を立てすぎないようにして、止まる時も半歩早く止まる」


「戦う時とは真逆ね」


「本当にそうだ」


「お辞儀も何度もやった。浅いと失礼だし、深すぎると不自然だって言われる」


「そんな細かいの?」


「椅子の座り方まである。引く音を立てない、座る時に服を乱さない、立つ時は一拍置く」


クラリスは思わず吹き出した。


「それは確かに大変そう」


「食事もだ」


イヴァンスは少しうんざりした顔になる。


「ナイフとフォークの持ち方、パンのちぎり方、スープの飲み方まで全部だぞ」


「スープまで?」


「音を立てないように、だと」


「ふふっ。貴族の場って、そんなところまで見られるのね」


「あと話し方もだ」


「話し方?」


「相手の肩書きを間違えない、言葉を切りすぎない、返事は短くても丁寧に、って」


「マリー、厳しそうね」


「確かに厳しいけどな。でも、分かりやすくて覚えやすい」


イヴァンスはそう言って、少しだけ肩の力を抜いた。


「剣の稽古より覚えることが多い気がする」


「でも、ちゃんと身についてるんじゃない?」


「どうだろうな。まだまだだけどな」


「それでも、毎日やってれば慣れるわよ」


クラリスはそう言って、湯気の立つお茶を差し出した。


「ありがとう」


「無理しすぎないようにね」


「分かってる」


イヴァンスは一口飲んで、ほっと息をつく。


「明日もまた、姿勢からやり直しだ」


「ふふ。大変ね」


「本当に」


その後は夕食を囲みながら、今日あった些細な出来事や、

学園で見かけた生徒たちの話など、何気ない会話がしばらく続いた。


その頃。


教会ではレックがセーニャの膝の上で気持ちよさそうに丸くなって眠っていた。


「ふふっ。」


セーニャは優しく頭を撫でる。


「イヴァンス君、礼儀作法のお勉強頑張っているのでしょうか。ね? レック」


レックは「ぴぃ」と小さく鳴く。


セーニャは窓の外へ目を向け、小さく微笑んだ。


帝国学園では新学期が始まり、それぞれの日常も少しずつ変わり始めていた。


それはまだ、誰も気付かないほど小さな変化だった。

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