夏休み明け
夏休みが明け、帝国学園に再び賑やかな日常が戻ってきた。
校門をくぐったイヴァンスは、そのまま校舎へ向かう。
――その途中だった。
「イヴァンスさんだ!」
「闘技大会見ました!」
「一般の部準優勝、おめでとうございます!」
「あの近衛騎士団との試合、本当にすごかったです!」
一瞬にして人だかりができる。
イヴァンスは思わず苦笑した。
(まあ……こうなるとは思ってたけど。)
ワーランでの騒動もあり、自分が多少注目を集めることは予想していた。
しかし、それ以上に予想外だった人物がいた。
「セーニャさん!」
「おはようございます!」
「今日も綺麗ですね!」
「これ、よかったら受け取ってください!」
「僕と一緒にお昼を――」
セーニャの周囲にも、大勢の男子生徒が集まっていたのである。
イヴァンスは思わず足を止めた。
(ここまでとは思わなかった……)
もちろん聖女である以上、学園内でも人気者なのは知っていた。
だが、ここまで皆が積極的になるとは思ってもみなかった。
一般の部で二人が息の合った戦いを見せたことで、恋人同士なのではないかという噂も流れていた。
それでも正式に交際しているわけではない。
その事実が、男子生徒たちに希望を与えてしまったらしい。
「付き合ってないなら、まだチャンスはある!」
そんな空気が学園全体に広がっていた。
その輪の中心には、以前とは少し様子の違う男子がいた。
「セーニャさん」
バリンスだった。
闘技大会で皆の前で振られたにもかかわらず、
その表情は以前のような尊大さではなく、
どこか吹っ切れたような穏やかな笑みだった。
「夏休みの間、ずっと考えていた」
そう言って一輪の花を差し出す。
「今まで強引なことをして、本当にすまなかった」
周囲が静まり返る。
「君の気持ちも考えず、自分の想いばかり押し付けていた」
バリンスは一度頭を下げた。
「だから今日からは、一人の男としてもう一度やり直したい」
「……もちろん、返事を今すぐとは言わない」
「この花だけ、受け取ってもらえないだろうか」
セーニャは困ったように微笑む。
「お気持ちは嬉しいです。でも、お受け取りすることはできません」
「……そうか」
バリンスは少し寂しそうに笑う。
「ありがとう。ちゃんと答えてくれて」
そう言って無理に花を押し付けることなく引き下がった。
その姿を見ていた男子たちは思わず顔を見合わせる。
「バリンス……変わったな」
「前なら絶対押し付けてたぞ」
「夏休みに何があったんだ?」
「女の子との接し方の本を読み漁ってたって噂は本当だったのか……」
もっとも。
「じゃあ、また明日」
「えっ?」
「毎日は迷惑かな……三日に一回くらいにしておく」
「い、いえ、そういう問題では……」
結局、諦める気だけはまったくないらしかった。
その様子を見たイヴァンスは苦笑するしかない。
(大変そうだな……)
そんな騒がしい朝を迎えたまま、始業式が始まった。
講堂には全校生徒が集まっている。
壇上へ上がったレンミル学園長は、いつもの穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「皆さん、夏休み中に開催された帝国闘技大会では、本学の学生たちが帝国学園の名に恥じぬ素晴らしい活躍を見せてくれました。」
一度、生徒たちを見渡す。
「まずは、その功績を称えたいと思います。」
「一般の部準優勝、イヴァンス君、セーニャさん。前へ。」
講堂がざわめく。
二人は顔を見合わせると、少し照れくさそうに壇上へと歩き出した。
レンミル学園長は二人へ表彰状を手渡す。
「二人の活躍は、本学に大きな誇りをもたらしてくれました。」
その言葉に、
講堂中から大きな拍手が巻き起こる。
二人は照れくさそうに一礼し、自席へ戻った。
レンミル学園長は再び口を開く。
「さて、それではもう一つ皆さんにお知らせがあります。」
「来月、学園主催による祝賀パーティーを開催します。」
その瞬間。
「おおーーーっ!!」
講堂が歓声に包まれた。
貴族の子息や令嬢たちは嬉しそうに顔を見合わせている。
一方。
「……祝賀パーティー?」
イヴァンスだけが首を傾げていた。
何をする場なのか、まったく想像がつかない。
始業式後に教室へ戻る途中、プラーサが肩を叩いてきた。
「イヴァンス君」
「ん?」
「パーティーのマナーって知ってんの?」
「いや、初めてだけど?」
イヴァンスはあっさり答える。
「なんか問題あるのか?」
その一言に、プラーサは思わず頭を抱えた。
「いや、大問題だから」
「え?」
そこへ静かに歩み寄ってきたのはマリーだった。
「ここでイヴァンス様が醜態を晒すようなことがあれば」
穏やかな笑みのまま続ける。
「今後のイヴァンス様の経歴に傷が残ってしまいますわ」
イヴァンスの表情が固まる。
「え……そんなに?」
「近衛騎士団へ入団なさる方が、正式な場で礼儀を知らないとなれば、周囲からの評価にも影響します」
「そ、そうなのか……」
「幸い、パーティーまでは一か月ほどあります。」
マリーは優雅に一礼した。
「私が責任を持って特訓して差し上げますわ。」
イヴァンスはしばらく固まっていた。
(そんなに大事なことなのか……)
近衛騎士団に入る以上、恥をかくわけにはいかない。
マリーがここまで言うのなら、本当に必要なのだろう。
「じゃ、じゃあ……迷惑を掛けるけど」
少し気まずそうに頭をかく。
「マリー、よろしく」
「お任せくださいませ」
マリーは満足そうに微笑んだ。
こうして放課後は、
これまで続けてきたグレッグ将軍やラプロス総指南役との実戦訓練ではなく、
マリーによる礼儀作法の特訓へ変更されることとなった。
その日の夕方。
近衛騎士団の訓練場を訪れたイヴァンスは、
礼儀作法の特訓が始まることをグレッグ将軍へ報告していた。
「というわけで、しばらく訓練はお休みになります」
グレッグ将軍は腕を組んだまま静かに頷く。
「そうか」
そしてどこか遠くを見るような目になる。
「イヴァンスよ」
「はい」
「お主も……とうとう私と同じ道を歩み始めたな」
「え?」
「頑張るのだぞ……」
その言葉には、戦場へ送り出す時とは違う妙な重みがあった。
イヴァンスは首を傾げる。
その時だった。
「グレッグ、例の件だが――」
訓練場の奥からオルメスが姿を現した。
どうやらグレッグ将軍を訪ねていたらしい。
「おや、イヴァンス君」
「オルメス様。ご無沙汰しております」
二人が挨拶を交わしたその時。
「失礼します」
今度は訓練場の入口から聞き慣れた声がした。
「あら、オルメス様。いらしてたんですね」
セーニャだった。
教会へ戻る前に、イヴァンスへ声を掛けようと立ち寄ったらしい。
「セーニャか」
オルメスは優しく微笑むと、訓練場の外へ目を向けた。
そこには校門の方角をうろうろしている男子生徒の姿がちらほら見える。
「なるほど……帰り道も大変そうだ」
苦笑しながら肩をすくめる。
「教会まで私が送って行こうか?」
セーニャは少し困ったように笑った。
「オルメス様、あまり子ども扱いしないでください」
「はは、すまない」
「……でも」
セーニャは少しだけ考え、
「せっかくですので、よろしくお願いします」
と頭を下げた。
「任せておきなさい」
オルメスは穏やかに頷く。
「それでは失礼します」
セーニャはイヴァンスへ向き直り、優しく微笑んだ。
「イヴァンス君、マリーさんと頑張ってくださいね」
「ああ……じゃあ、また明日」
短い言葉を交わし、セーニャはオルメスと並んで訓練場を後にした。
その背中を見送りながら、
イヴァンスはこれから始まる礼儀作法の特訓に思わず小さく息をつくのだった。




