番外編(ランジール君のお茶会)④
## 悪ガキトリオのお茶会
アルフォース城・中庭――。
穏やかな陽光が庭園を照らし、小鳥のさえずりが静かに響いている。
皇帝の護衛を務める近衛騎士団も。
政務を支える文官たちも。
この時間だけは、誰一人として立ち入ることを許されない。
ここは、ランジール皇帝が唯一、肩書きを忘れて過ごせる場所だった。
庭の中央に置かれた丸いテーブル。
そこには三つの茶器が並ぶ。
ランジール皇帝。
ディハン軍務卿。
そして帝国騎士団総指南役ラプロス。
学園時代、数々の騒動を巻き起こしながらも、なぜか大事には至らなかった三人。
いつしか帝都では、彼らをこう呼ぶ者がいた。
――悪ガキトリオ。
今では皇帝、軍務卿、総指南役という帝国中枢を担う立場となった三人だが、
この時間だけは昔と変わらない。
ランジールは湯気の立つ紅茶を一口飲むと、楽しそうに笑った。
「しかしディハンよ」
「先日の評議会は見事だったな」
ディハンは苦笑する。
「何のことですか?」
「とぼけるな」
ランジールは笑みを浮かべたまま続けた。
「カイルのやつが、リーパルをアーカットへ送り込もうとした件だ」
「あれをよく切り返したな」
「それよりも、不思議なのはそこではない」
「どうしてロルフィン辺境伯に推薦したい人物がいると思った?」
ディハンは肩をすくめ、小さく笑う。
「種明かしをすると、娘のプラーサとの何気ない会話ですよ」
「プラーサ?」
ランジールとラプロスが同時に首を傾げる。
「学園で同級生のセーニャさんから聞いたそうです」
「ネーミアさんが冒険者を引退するかもしれない、と」
ラプロスは目を丸くした。
「そんな話から、あそこまで読んだのか?」
ディハンは静かに頷く。
「ネーミアさんが抜ければ、ライブリオ隊をそのまま維持することは難しいでしょう」
「そうなれば、ライブリオたちは新しい道を探さなければならない」
「ちょうどアーカットでは騎士団設立の話が進んでいました」
「ならばロルフィン辺境伯が、ライブリオを推薦してくる可能性は十分あると考えました」
ラプロスは思わず苦笑する。
「娘との会話まで情報源とはな。
ディハン、お前は本当に恐ろしい男だな」
ランジールは笑いながら頷いた。
「ラプロス」
「それがディハンという男だ」
「どんな些細な話でも、一度頭の中で組み立て直す」
「だから儂らも何度助けられたことか」
「感謝せねばならんな」
「過大評価ですよ」
ディハンは苦笑しながら茶を口に運ぶ。
「ですが、情報というものは、どこに転がっているか分かりません」
「無関係に見える話ほど、意外なところで繋がるものです」
ラプロスは深く頷いた。
「しかし、カイルの提案をあそこまできれいに切り返したのは見事だったぞ」
「しかも最後には、リーパルを街道整備の責任者へ据え、
宰相の面目まで保ってしまったんだからな」
「そんなつもりはありませんよ」
ディハンは首を横に振る。
「ストーン村からアーカットまでの街道は、
整備が進んでいないだけで、通行できないわけではありません」
「冒険者もおりますし、帝国も警備は行っています」
「街道整備そのものは、それほど難しい仕事ではないでしょう」
ランジールは興味深そうに尋ねる。
「つまり、リーパルでも務まると?」
「その程度の仕事もできないのであれば――」
ディハンは静かに言葉を続けた。
「カイル宰相なら、息子を切り捨てるでしょう。」
ラプロスが目を瞬かせる。
「本当にそこまですると思うか?」
「親子だぞ」
ディハンは迷いなく頷いた。
「宰相が何より重んじるのは、公爵家そのものです」
「二百年以上続く名門」
「歴代の宰相を数多く輩出してきた家柄」
「あの方にとって最も重要なのは、家を存続させることです」
「血筋ではなく、家を守れる人物が誰なのか」
「それを見極めようとしているのでしょう」
ランジールは静かに息を吐いた。
「やはり、食えぬ男だな」
「だからこそ帝国を任せられるのですが」
ディハンも穏やかに笑う。
「もし評議会で真正面から対立していれば、
喜ぶのはナピドラ連邦やイーストパル王国だけですからね」
「帝国内で争うより、互いに利用できるところは利用する」
「それが今の帝国には必要なのです」
ランジールも満足そうに頷いた。
「儂も同感だ」
「互いに牽制しながらも、最後は帝国の利益を優先する」
「それでよい」
しばらく穏やかな沈黙が流れる。
鳥のさえずりだけが庭園を包んでいた。
やがてランジールは思い出したようにラプロスを見る。
「そういえばラプロス。」
「特別試合はどうだった?」
「セラフィスと初めて本格的に相対したのであろう」
ラプロスは即答した。
「二度とやらん」
あまりにも迷いのない返答に、ランジールとディハンは思わず吹き出す。
「そこまでか」
ランジールが笑いながら尋ねる。
ラプロスは真顔だった。
「命がいくつあっても足りん」
「あれは化け物ではなんてものじゃない」
「この世の生き物じゃないだろう」
その断言に、二人も笑みを収める。
ラプロスほどの男が、ここまで言うのだ。
冗談ではないことくらい、よく分かっていた。
「確かに、見ていても攻撃が通じる気はせんかったな」
ランジールが苦笑する。
ラプロスは深く頷いた。
「ランジール」
「ここだけの話だぞ」
「俺もグレッグも、本気で斬りかかったことなど、ほとんどない」
「そんな二人が、本気で斬り込んだ」
「それでも、一太刀たりとも当たる気がせんかった」
その時の光景を思い出したのか、ラプロスは静かに首を振る。
「しかも、イヴァンスまでAランク冒険者並みの動きで食らいついてきておった」
「あの三人を相手にしながら――」
ラプロスは苦笑した。
「『楽しい~』だからな」
「笑っておったぞ」
ランジールも思わず苦笑する。
「本当に楽しんでおったな」
「まるで子どもが遊んでいるようだった」
「だから恐ろしいのだ」
ラプロスは真剣な表情で言う。
「あの女が本気を出せば」
「この大陸で勝てる人間など、おらんよ」
ディハンも静かに頷いた。
「確かに。だからこそ、皆あの方には逆らえないのですよ」
「何かあったのか?」
「カンサルの魔導士団復帰です。帝都追放した張本人である宰相に認めさせました」
「そのくらい認めんと自分の命が無くなるだろ」
三人は顔を見合わせる。
そして次の瞬間――。
誰からともなく笑い声が上がった。
皇帝となった今でも。
軍務卿となった今でも。
総指南役となった今でも。
この三人だけは、昔と変わらない。
悪ガキトリオのお茶会は、今日も穏やかな時間の中で続いていくのだった。




