評議会の攻防
帝国評議会――。
普段であれば定例で開かれるこの場が、臨時で招集されることは滅多にない。
それだけに、評議会の面々も何事かと訝しみながら席についていた。
皇帝ランジールが玉座へ腰を下ろすと、カイル宰相が一歩前へ進み出る。
「それでは、本日の議題を説明いたします」
静まり返った議場へ、落ち着いた声が響いた。
「このたび、アーカット領主ロルフィン辺境伯ならびに冒険者ギルド・グランドギルドマスター、バサル氏の連名により、アーカットへの帝国騎士団設立要望書が提出されました」
その一言に、評議会の空気がわずかに揺れる。
アーカット。
帝国東部最大の冒険者都市であり、冒険者ギルド本部が置かれる街。
そこへ帝国騎士団を駐屯させる――。
これまでなら到底考えられなかった提案だった。
カイルは議案書を閉じ、皇帝へ向き直る。
「陛下。僭越ながら、まず私から本件について意見を述べさせていただいてもよろしいでしょうか」
「うむ。申してみよ」
皇帝が静かに頷く。
「私は、この案は成立させるべきだと考えております」
その言葉に、数名の貴族が驚いたような表情を浮かべた。
とりわけ貴族派を知る者ほど、その反応は大きい。
帝国騎士団の拡大は軍務卿ディハンの影響力を強める。
そう考えれば、真っ先に反対するのはカイルだと思われていたからだ。
皇帝も興味深そうに問いかける。
「理由を聞こう」
「第一に、近年の東方情勢でございます」
カイルは迷いなく答えた。
「イーストパル王国の動きが、ここ最近やや不穏になっております」
評議会の面々が静かに耳を傾ける。
「帝国とは直接国境を接してはおりませぬ。しかし、その間にはドワーフ国が存在しております」
「……」
「ドワーフ国は帝国騎士団の武具を支える重要な貿易都市でもあります」
「もし東方情勢が悪化すれば、その影響は決して小さくありません」
皇帝が腕を組む。
「確かに、ドワーフ国との関係は帝国軍にとって重要だ」
「左様でございます」
カイルは頷いた。
「さらに申し上げれば、帝都からアーカットへ続く街道整備は現在ストーン村で止まっております」
「……」
「武具や兵站の輸送を考えても、この街道は帝国の生命線となる道です」
「今後のことを考えれば、早急に整備を進める必要があるでしょう」
議場の空気が少しずつ変わっていく。
誰も反論できない。
軍事、物流、外交。
どの観点から見ても、カイルの意見は理にかなっていた。
「そして何より」
カイルは議場全体を見渡した。
「今回は、アーカット側から正式な要望が提出されております」
「これほど好条件が揃っている以上、拒否する理由はございません」
皇帝はゆっくりと頷いた。
「なるほど」
すると、ロキソン外務卿が静かに手を挙げた。
「陛下、私からもよろしいでしょうか」
「申せ」
「今回の件、私もカイル宰相の意見に賛成です」
その言葉に、財務卿セファンは思わず眉をひそめた。
「近年、冒険者ギルドと帝国の関係良好になっていると考えます」
ロキソンは続ける。
「特に闘技大会です」
「冒険者を正式に大会へ参加させたことで、
帝国に対する印象は以前とは比べものにならないほど良くなりました」
「元々あの大会には、優秀な冒険者を帝国へ取り込む狙いもございました」
「宰相が提案された闘技大会拡大の成果が、今回の要望書という形で現れたのではないでしょうか」
皇帝も納得したように頷く。
「確かに、そう考えれば自然な流れだな」
セファン財務卿は腕を組みながら黙り込んでいた。
(……どういうことだ)
(貴族派がここまで積極的に賛成するとは)
(帝国騎士団が強化されれば、軍務卿ディハンの発言力が増す)
(それは貴族派にとって不利益なはず……)
(にもかかわらず、設立を後押ししているだと?)
理解できない。
そんな表情を浮かべていた。
皇帝は視線を軍務卿へ向ける。
「ディハン軍務卿。そなたはどう考える」
「設立そのものには異論ございません」
ディハンは即答した。
「問題は人材です」
「騎士団は建物を建てれば終わりではありません。
兵をまとめる者、街を守る者、その中心となる人物が必要です」
その時だった。
パーサブ民生卿が静かに手を挙げる。
「陛下、一つ提案がございます」
「申してみよ」
「新設される騎士団の管理役として、
カイル宰相のご子息――リーパル殿を任命されてはいかがでしょうか」
議場がざわめく。
「帝都との連携を考えれば、中枢と太い繋がりを持つ人物を置くことは決して悪い案ではありますまい」
その言葉を聞いたセファン財務卿は、小さく目を細めた。
(……そういうことか)
(貴族派はアーカットの騎士団そのものを取り込むつもりだな)
(設立は認める。だが、管理権は握る)
(貴族派はそこまで考えていたのか)
セファンはそっとディハンへ視線を向ける。
どう出る。
そう思った。
しかしディハンの表情はまったく変わらなかった。
「陛下」
静かな声が議場へ響く。
「リーパル殿の起用につきましては、帝都との連携という意味では適任かと存じます」
その一言に、貴族派の面々はわずかに表情を緩めた。
だが。
「しかし」
ディハンは続ける。
「ロルフィン辺境伯とグランドギルドマスター・バサル殿が連名で要望書を提出された以上、設立だけを求めて来られたとは考えにくい」
「……」
「私は、お二人には既に推薦したい人物がおられるのではないかと愚考いたします」
皇帝も頷く。
「確かに」
「ロルフィンよ」
「誰か推挙したい人物がおるのか」
突然話を振られたロルフィン辺境伯は、一瞬だけ息を呑んだ。
「……は」
「実は……、ライブリオを推薦したいと考えております。」
議場が静まり返る。
「まだ本人から正式な了承は得ておりませぬ」
「しかし、結婚を機に冒険者を引退したいとの申し出がございました」
「もし承諾を得られるのであれば、アーカットの騎士団長として推薦したく存じます」
その瞬間。
貴族派の空気が一変した。
(しまった……)
主導権を握ったと思った。
だが。
ディハンの表情は変わらなかった。
まるで、最初から分かっていたかのように。
皇帝は軍務卿を見る。
「ディハンよ、どう思う?」
「最適かと」
迷いはない。
「闘技大会優勝者でもあり、冒険者からの信頼も厚い」
「彼が騎士団長となれば、冒険者との軋轢はさらに小さくなるでしょう」
「これ以上ない人事かと存じます」
皇帝は静かに頷いた。
「うむ」
「本人が了承するのであれば」
「ライブリオをアーカット騎士団長に任命しよう」
そして視線はカイルへ向く。
「カイルよ、異論はあるか?」
議場の誰もが注目した。
カイルは机の下で拳を強く握り締める。
(くっ……!)
(またしても、してやられたか……)
だが表情には一切出さない。
「……最適な人事かと思われます」
静かな声だった。
皇帝も満足そうに頷く。
だがそこで話は終わらなかった。
ディハンが再び一歩前へ出る。
「陛下」
「もう一点、よろしいでしょうか」
「申せ」
「先ほどカイル宰相がお話しされた、ストーン村からアーカットまでの街道整備についてです」
カイルがわずかに目を細める。
(何を考えている……?)
「街道整備は軍だけでは成り立ちません」
「地方行政との調整」
「予算管理」
「住民との折衝」
「帝都との連絡」
「全てを取りまとめる責任者が必要になります」
ディハンは穏やかに続けた。
「そこで」
「リーパル殿に、その責任者をお任せしてはいかがでしょう」
議場がざわつく。
カイルは思わずディハンを見る。
(……何?)
ディハンは視線も向けず説明を続ける。
「ストーン村は近年、宿場町として急速に発展しております」
「しかし街道整備ともなれば、帝国中枢との調整が不可欠です」
「その意味でも、リーパル殿ほど適任な人物はおりますまい」
「幸い」
「カイル宰相はストーン村近郊に別荘もお持ちです」
「現地との連携も取りやすいかと」
その一言で。
カイルは理解した。
(……そういうことか)
(騎士団は渡さぬ)
(その代わり、街道整備と開発は好きにしろ)
(利権はこちらへ残すということか)
皇帝は満足そうに頷いた。
「なるほど」
「カイル。リーパルに任せてみるか?」
カイルはゆっくりと頭を下げる。
「……御意に」
表情には出さなかった。
だが、内心では苦虫を噛み潰していた。
(……またしても、してやられたか)
アーカットの騎士団の主導権を握ることはできなかった。
それどころか、こちらの思惑まで読まれていた。
カイルは静かに息を吐く。
(……やはり、食えぬ男だ)




