冒険者の居場所
ライブリオの結婚式から数日後――。
アーカットから遠く離れた帝都で行われた結婚式には、
辺境の街を預かる領主であるロルフィン辺境伯、
そして冒険者ギルドを統括するグランドギルドマスター・バサルも参列していた。
二人は、祝福の言葉を贈るためだけに来たわけではない。
式が終わり、来賓たちが帰路についた後。
ライブリオは二人を別室へと招いていた。
「ロルフィンさん、グラマス」
ライブリオは少し言いづらそうに口を開く。
「話があるんだ」
「……改まってどうしたのだ?」
ロルフィン辺境伯が尋ねると、ライブリオは一度だけ深く息を吐いた。
「ネーミアが結婚を機に冒険者を引退するんだ」
その言葉に、二人は静かに耳を傾ける。
「だから……俺も冒険者を引退しようと思ってる」
「なに?」
ロルフィン辺境伯の表情が変わった。
「悪いけど、何か仕事をあっせんしてもらえないか?」
あまりにも突然の申し出。
だが、ライブリオの表情には迷いがなかった。
ロルフィン辺境伯はしばらく黙り込む。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「ライブリオ……もう少し考え直してはもらえんか」
「……」
「お主がアーカットから抜けてしまえば、
街としての警護能力を含め、アーカット全体の防衛力は著しく低下する」
ロルフィン辺境伯の言葉には、領主としての本音が込められていた。
アーカットは帝国東部における冒険者の拠点。
その街が安全を保っていられる理由の一つは、間違いなくライブリオ隊の存在だった。
「分かってるよ」
ライブリオは苦笑する。
「でもな、ロルフィンさん」
「……」
「ネーミアが抜けることはもう決まったんだ」
彼は静かに続けた。
「四人だったからこそ受けられていたAランク依頼も、
これからはそのまま受けることができなくなる」
「それは……」
「無理して続けたところで、途中で依頼を失敗したら、それこそ迷惑をかける」
ライブリオは拳を握る。
「今まで通りの働きができないなら、冒険者として残る意味がないんだ」
その言葉に、ロルフィン辺境伯は反論できなかった。
ライブリオの判断は、冒険者として無責任なものではない。
むしろ、自分の力を冷静に見極めた結果だった。
しばしの沈黙。
その中で、バサルは腕を組んだまま考え込んでいた。
そして――。
「ライブリオよ」
「ん?」
「帝国騎士団に入隊する気はあるか?」
「……は?」
あまりにも予想外の言葉に、ライブリオは目を丸くする。
「グラマス、いきなり何言ってんだ」
「冗談ではない」
「いやいや……」
ライブリオは呆れたように首を振る。
「俺が帝国騎士団に入ったら、それこそアーカットには誰もいなくなるだろ」
「……」
「さっきロルフィンさんも言ったじゃないか。街の戦力が下がるのが問題だって」
ライブリオの言葉に、バサルは頷いた。
「そのことなんだが……」
「?」
「実はな」
バサルはロルフィン辺境伯へ視線を向ける。
「以前から、ロルフィン辺境伯とも話をしていた」
「……」
「アーカットに帝国騎士団を駐屯させてもらえないか、と帝国へ正式に依頼を出す案をな」
「帝国騎士団を……アーカットに?」
ライブリオは驚いた表情を浮かべる。
ロルフィン辺境伯も静かに頷いた。
「アーカットは、もはや一つの地方都市ではない」
「……」
「しかも、帝国東部の国境を守る重要な街でもある」
「その重要性は、以前とは比べものにならん」
「帝国とイーストパル王国の関係も、決して安定しているとは言えん」
「……最近、東の国のイーストパル王国の動きが少々怪しくなっておるからな」
ライブリオの表情がわずかに変わる。
「まあ戦争になる、と決まったわけではない」
ロルフィン辺境伯は静かに続ける。
「だが、国境の街である以上、最悪の事態を想定して備える必要がある」
「だからこそ、いつまでも冒険者たちの力だけに頼るわけにはいかんのだ」
「今までは、お主とネーミア。そして冒険者たちの力で守ってきた」
「だが――」
バサルが言葉を引き継ぐ。
「これから先も同じやり方でいいのか、という問題はあったのだ」
ライブリオは黙って二人を見る。
「帝国騎士団が駐屯すれば、街の防衛力は大きく向上する」
バサルは少しだけ口元を緩めた。
「まあ昔なら、こんな話はまず通らなかっただろうな」
「……」
「騎士団と冒険者は元々仲が悪かった。俺が現役だった頃なんざ、
顔を合わせるたびに騒動が起きていたくらいだ」
バサルの言葉に、ロルフィン辺境伯が深くため息をついた。
「騒動、で済ませるな。お前が帝都に何度呼び出されたと思っている」
「……」
「そのたびに私まで付き合わされたんだぞ。
帝都から『今度は何をやった』と呼び出しが来るたび、胃が痛くなったものだ」
ロルフィン辺境伯は珍しく、明確に愚痴をこぼした。
「お前が現役だった頃は本当にひどかった。
騎士団と冒険者の間で揉め事が起きるたびに、お前が中心にいたではないか」
「いや、それは誤解だ」
「誤解ではない」
ロルフィン辺境伯は即座に切り捨てる。
「少なくとも、帝都に呼び出された回数だけなら、間違いなくお前が原因の一つだった」
「……」
バサルは苦笑するしかない。
「……まあ、当時は互いに相容れぬ空気があったのは事実だ」
「だが今は違う」
バサルは続けた。
「今の陛下になってから、ラプロス総指南役が騎士団の改革を進めてくれた。
あれで騎士団の風紀はかなり良くなった」
「……」
「それに、前回から始まった闘技大会だ」
バサルは指を立てる。
「帝国が冒険者を優遇する形で大会を運営したことで、
冒険者側の帝国への印象もかなり上がった」
ライブリオは黙って聞いていた。
「つまり、騎士団と冒険者の関係は、昔とは比べものにならないほど改善している」
バサルはロルフィン辺境伯へ視線を戻す。
「だからこそ、今ならアーカットへの駐屯も現実的だと考えたんだ」
ロルフィン辺境伯も頷く。
「帝国にとっても、冒険者にとっても、そしてアーカットにとっても悪い話ではない」
「……」
「お主一人に背負わせ続けるわけにはいかんのだ」
ライブリオはしばらく黙り込んだ。
自分が守ってきた街。共に戦ってきた仲間。
そして、これから始まる新しい人生。
その全てを考える時間だった。
「……グラマス」
「なんだ?」
「帝国騎士団って……俺みたいな冒険者でも入れるのか?」
ライブリオは少し不安そうに尋ねた。
バサルは笑う。
「何を心配しているんだ」
「……いや、冒険者と騎士団じゃ立場が違うだろ」
「確かにな」
バサルは頷く。
「だがな、今の軍務卿はディハン様だ」
「あの方は、古い身分や派閥に囚われるような人物ではない」
「純粋に帝国を強くすることだけを考えておられる」
「貴族だろうが平民だろうが、冒険者だろうが騎士だろうが関係ない」
「帝国の力になるなら、正当に評価する方だ」
「現に、表向きには存在を公表できないような
特殊部隊……レッドシャドウのような組織まで作る人物だ」
「必要なのは肩書きではない。帝国のために働ける実力と覚悟だ」
さらにロルフィン辺境伯が静かに続ける。
「帝国にとっても、お主のような人材を迎え入れることは大きな意味があるはずだ」
ライブリオは空を見上げる。
冒険者として歩んできた道。
それが終わる。
だが――。
終わりは、新しい始まりでもある。
「……少し、考えさせてくれ」
ライブリオはそう答えた。
その表情には、以前の迷いではなく。
新しい未来へ向き合う覚悟が浮かんでいた。




