ラピラズリの石
昼食を終えた二人は、再び帝都の街を歩いていた。
先ほどまでの穏やかな時間が流れている。
けれど――。
イヴァンスの胸の奥には、一つの決意が残っていた。
「……クラリス」
「なに?」
呼びかけられ、クラリスが振り向く。
「少し、寄りたい場所があるんだ」
「寄りたい場所?」
「ああ」
短く答えたものの、イヴァンスの表情はいつもより少し硬かった。
戦場へ向かう時とは違う。
強大な魔物を前にした時とも違う。
なぜか今の方が、胸の鼓動が速く感じられる。
「……」
クラリスはそんなイヴァンスの様子を見て、少しだけ微笑んだ。
やがて二人が辿り着いたのは、帝都でも有名な宝石店だった。
磨き上げられた外壁。
上品な装飾が施された看板。
店先に並べられた美しい宝石や装飾品。
そこは、帝都でも指折りの宝石商だった。
「ここで……買い物を」
イヴァンスは店を見上げる。
クラリスも同じように店へ視線を向けた。
しかし、すぐに気がつく。
店から出入りしている人々。
身なりの整った貴族令嬢。
高価な装飾品を身につけた夫人。
誰が見ても、この店が庶民向けではないことは分かった。
もちろん、イヴァンスには買うだけの余裕がある。
闘技大会で得た賞金は、学生にとってはあまりにも大きな金額だった。
けれど――。
店の前に立った瞬間、違和感を覚えてしまう。
「……」
イヴァンスは少し困ったように店を見る。
「な、なんか……」
「……」
「俺たちが入ると、場違いかな?」
その言葉を聞いて、クラリスは少しだけ笑った。
「イヴァンス」
「ん?」
「こんな無理しようとしてたの?」
「いや……その」
イヴァンスは視線を泳がせる。
ちゃんとしたものを贈りたいと思った。
婚約者として、形に残るものを渡したいと思った。
その気持ちは本物だった。
けれど、いざこの場所に立ってみると、自分たちには少し遠い世界のように感じてしまう。
そんな彼の腕を、クラリスがそっと引いた。
「私の知ってる露店に行きましょ」
「露店?」
「ええ」
クラリスは笑う。
「そっちの方が、私達にはお似合いよ」
「……そうだな」
イヴァンスは苦笑しながら頷いた。
---
二人が辿り着いたのは、帝都の一角にある小さな露店だった。
大通りから少し外れた場所。
派手な看板も、高級店のような華やかさもない。
しかし、木製の棚には様々な装飾品や小物が並べられ、
布の上には石や金属細工、簡素な指輪やペンダントが丁寧に置かれていた。
一つ一つの品には、職人の手仕事らしい温かみが感じられる。
「ここよ」
クラリスが少し誇らしげに言う。
「前に偶然見つけたの。高いものばかりじゃないけど、見ているだけでも楽しいのよ」
イヴァンスは並べられた品々を眺める。
そして、少し緊張した声で呼びかけた。
「クラリス」
「うん?」
「実は……」
「何?」
イヴァンスは少しだけ俯いた。
「ちゃんと二人で持つ物を買おうかと思って」
クラリスは目を細める。
「それって?」
イヴァンスは一度息を吸った。
「こ、婚約って……言ってただろ」
「……」
「でも、ちゃんと言葉にしてなかったから」
少し間を置いて続ける。
「区切りをつけないとと思って」
クラリスはしばらくイヴァンスを見つめていた。
五歳の頃からずっと隣にいた少年。
いつもは無鉄砲で、仲間のためなら迷わず危険へ飛び込む少年。
そんな彼が、今は自分のために一生懸命言葉を選んでいる。
その姿が、少しだけ嬉しかった。
「ふふ」
クラリスは優しく笑う。
「イヴァンス。ありがとう」
その笑顔に、イヴァンスは少し照れたように頷いた。
「なら……お揃いの石を買わないとね」
「う、うん」
その時だった。
露店の店主が声をかけてくる。
「お、お二人さん。ペアの石を探してるのかい?」
「え?」
「ちょうどいいのがあるよ」
店主が奥から取り出したのは、一つの青い石だった。
深い青。
そこに淡く紫が混ざるような、不思議な輝き。
光を受けるたびに表情を変えるその石は、まるで夜空の一部を切り取ったようだった。
「これはラピラズリっていう石でね」
店主は説明しながら、ペンダントと指輪を取り出す。
「幸福をもたらす石って言われてるんだ」
「……」
「二人に幸あらんって意味じゃ、ちょうどいいんじゃないか?」
イヴァンスは、その青い石を見つめた。
どこかクラリスを思わせる色だった。
静かで。
優しくて。
それでいて、深く澄んだ輝き。
「じゃあ……」
イヴァンスは決意したように頷く。
「このペンダントと指輪を」
「毎度あり」
店主が商品を包もうとした時だった。
「イヴァンス」
クラリスが声をかける。
「指輪は二つ買わないと」
「え?」
イヴァンスが首を傾げる。
クラリスは穏やかに微笑んだ。
「あなたが将来、もう一人の女の子を好きになった時」
「……」
「私と同じ物を持ってないのはおかしいでしょ?」
イヴァンスは言葉を失った。
クラリスの声に嫉妬はなかった。
責めるような響きもなかった。
ただ、当たり前のことを言っているようだった。
「二人目が決まった時に、その子にも同じ物を渡すのよ」
クラリスはラピラズリの指輪を見ながら続ける。
「そして……ちゃんと気持ちを伝えるの」
「……クラリス」
「だから、今は指輪を二つ」
そう言って笑うクラリス。
イヴァンスは少し困ったような表情を浮かべながらも、ゆっくり頷いた。
「……分かった」
イヴァンスは少し困ったような表情を浮かべながらも、ゆっくり頷いた。
そして、店主へ向き直る。
「指輪をもう一つお願いします」
「え?」
店主は思わず手を止めた。
「指輪……二つも買うのかい?」
「あ、ああ」
イヴァンスが答えるより先に、クラリスが笑う。
「えへ。おじさん、私欲張りなのよ」
「はは……」
店主は二人の顔を交互に見る。
「兄ちゃんも大変だな」
からかうような口調だったが、その表情はどこか楽しそうだった。
「分かったよ。ちょっと待ってな」
そう言って店主は、もう一つの指輪を丁寧に包み始める。
その様子を見ながら、イヴァンスは隣にいるクラリスを見る。
彼女はいつものように穏やかに笑っていた。
まるで、この先の未来まで当たり前のように受け入れているかのように。
青い石が、静かに輝いていた。




