シフェラス様?
帝都中央闘技場で行われた特別試合は、前代未聞の結末を迎えた。
帝国最強の騎士たちと、一人の魔導士。
その戦いは、開始直後こそ緊張感に満ちた、
まさしく「特別試合」と呼ぶにふさわしいものだった。
観客席には来賓や帝国民が詰めかけ、
誰もが帝国の実力を見届けようと固唾を呑んでいたのである。
しかし、セラフィスが本気を出した瞬間、その様相は一変する。
メテオによる広域攻撃。
二人に分身した上での同時戦闘。
さらにはファイア、サンダー、かまいたちなど、
常識では考えられない規模の魔法が闘技場を埋め尽くした。
もはや試合というより、災害に近かった。
騎士たちは必死に応戦し、観客席では悲鳴と歓声が入り混じり、
審判役の者たちは判断を下すことすらできない。
誰もが「止めなければ」と思いながらも、止める術を持たなかったのである。
結局、勝敗を決められる者は誰一人おらず――。
『判定不能』
その一言をもって、特別試合は終了となったのである。
◇ ◇ ◇
数日後――。
帝国評議院の軍務卿執務室。
「失礼しま~す……」
普段の元気はどこへやら。
セラフィスは肩を落とし、いつもの軽い足取りとはまるで違う、
しょんぼりとした様子で部屋へ入った。扉を閉める音さえ、やけに小さく響く。
部屋の奥では、ディハン軍務卿が静かに書類へ目を通している。
机の上には整然と積まれた書類の山。
窓から差し込む光は穏やかだが、室内の空気はどこか張り詰めていた。
やがて一枚の書類を机へ置くと、ディハンはゆっくりと顔を上げた。
「さて……」
静かな声が部屋へ響く。
「セラフィス魔導士団長」
「特別試合での闘技場における行いについて、どのように釈明するつもりかな?」
「え?」
セラフィスは目を泳がせた。
「いや、その……」
頭を掻きながら考える。
「うん……」
「みんなに稽古をつけようと思って」
少しだけ胸を張る。
「だから本気出しちゃった」
ディハンは無言だった。
部屋が静まり返る。
セラフィスは「しまった」とでも言いたげに口をつぐむが、もう遅い。
ディハンはしばらく彼女を見つめたあと、小さくため息をついた。
「……」
「本来、この特別試合の目的は何だったか覚えているか」
「えっと……」
セラフィスは視線を上に向け、記憶をたどる。
「帝国の実力を対外的に示すことであった」
「その目的は、達成したと言ってよいだろう」
「でしょ!」
セラフィスの表情が一気に明るくなる。
「私、頑張ったんだもん!」
だが、その笑顔は長くは続かなかった。
「しかし」
その一言で空気が変わった。
「陛下をはじめ、来賓、そして帝国民を危険に晒した事実は消えん」
「……」
セラフィスの肩がぴくりと震える。
「騎士団長という立場である以上、その責任は負わねばならない」
「う……」
小さく俯く。
「ごめんなさい……」
先ほどまでの勢いはどこへやら、今の彼女はすっかりしおらしい。
ディハンはその姿をしばらく見つめていたが、やがて少しだけ声を和らげた。
「陛下からは、『今回は特に咎める必要はない』とのお言葉を頂いている」
「本当?」
セラフィスがぱっと顔を上げる。
「だが」
再び真面目な表情になる。
「帝国騎士団としては処分を下さねば示しがつかん」
セラフィスはごくりと唾を飲み込んだ。
「評議会にて決定した」
「一週間の謹慎とする」
「い、一週間も……」
目が潤み始める。
「一週間も謹慎するの……」
「最後まで話を聞くのだ」
ディハンは淡々と続けた。
「部屋はこちらで用意してある」
「ワーラン二階の一室だ。軍務省で押さえてある
そこで一週間を過ごすように。」
セラフィスはきょとんとした。
「え?」
「ディハン……?」
「見張り役はセーニャとイヴァンスが交代で務める」
「食事の時間はワーラン二階の範囲内であれば自由に移動して構わん」
「見張り役との会話も制限はない」
「外へ出ることだけは禁止だ」
「……」
セラフィスはしばらく黙っていた。
その内容を頭の中で整理する。
一週間の謹慎。
そう聞けば重い処分に思えるが、実際にはかなり配慮された内容だった。
完全な監禁ではない。仲間と会話もできるし、食事も一緒に取れる。
外へ出られないだけで、生活そのものはほとんど普段通りに近い。
「一週間、大人しくしておけ。以上だ。」
執務室に静寂が流れる。
やがて。
「……ありがとう」
セラフィスは小さく微笑んだ。
「ありがとう……ディハン」
ディハンは軽く咳払いをする。
「何を言っている。これは処分だ」
「だが」
ほんの少しだけ表情を和らげた。
「反省する時間も必要だ」
「一人で閉じ込めることが目的ではない」
「仲間たちと話しながら、自分が何をしたのか考えるのもよかろう」
セラフィスは静かに頷いた。
「うん」
その返事を聞くと、ディハンは再び書類へ視線を戻した。
「以上だ。すぐに謹慎を開始するのだ」
「はい」
深く一礼し、セラフィスは部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
帝都ワーラン。
いつもなら楽しそうに階段を駆け上がる少女は、今日は違った。
一段。
また一段。
とぼとぼと足音だけが廊下へ響く。
「一週間かぁ……」
ぽつりと呟く。
決して重い処分ではない。
それどころか、外へ出られないことを除けば、
普段とほとんど変わらない生活を送れるよう配慮されている。
イヴァンス隊とも会える。
レッドシャドウとも話せる。
食事も皆と同じ場所で取れる。
ディハンなりの精一杯の温情だった。
だからこそ、セラフィスにも伝わっていた。
「ちゃんと反省しなきゃ……」
そう小さく呟きながら、ワーラン二階の一室へたどり着く。
部屋の前には、一人の少女が静かに立っていた。
「お待ちしておりましたわ」
柔らかな笑顔のセーニャが部屋の前に立っていた。
「今日から私が見張り役を務めます」
セラフィスは少し照れくさそうに笑う。
「よろしくね……セーニャ」
「はい。シフェラス様」
セーニャも優しく微笑み返す。
その何気ない一言は、ただの挨拶に過ぎないはずだった。
だが、この一言がセーニャにとって思いもかけない出来事になるのだ。




