特別試合⑨
帝都中央闘技場――。
二つに分かれた戦場は、なおも激しさを増していた。
本体のセラフィスは、イヴァンス、ラプロス総指南役、グレッグ将軍の三人を相手に、余裕を崩さない。
一方、分身体はコウラン副団長たち七人を相手に、無数の誘導魔法を放ち続けていた。
「ふふっ、みんな強いね~」
楽しそうな声が、闘技場の隅々まで響き渡る。
だが、その無邪気な笑顔とは裏腹に、戦場はすでに混沌そのものだった。
剣戟の音、魔法の炸裂音、地面を削る衝撃、そして観客たちの悲鳴が重なり合い、
もはや誰もが息を呑むしかない状況になっている。
「それっ!」
本体のセラフィスが魔力剣を軽く振るう。
たったそれだけの動作で、剣圧と同時に巨大なファイアが生まれ、
一直線にイヴァンスたちへ襲い掛かった。
「散開!」
グレッグ将軍が即座に叫ぶ。
三人は一斉に飛び退き、紙一重で炎の直撃を避ける。だが、セラフィスの攻撃はそれで終わらない。
「サンダー!」
轟音とともに幾筋もの雷が地面を走り、逃げ場を奪うように戦場を縫っていく。
さらに。
「えいっ」
今度は無数のかまいたちが空気を切り裂き、鋭い風刃となって四方へ飛び散った。
「ぐっ!」
イヴァンスが剣で受け流す。
ラプロスも剣圧を叩きつけるようにして風刃を弾き飛ばす。
しかし、攻撃は途切れない。
一つ防げば次が来る。避ければ別の方向から襲い掛かる。
まるでセラフィス自身が戦場そのものを支配しているかのようだった。
「もう一回メテオ入れちゃお」
セラフィスが笑顔のまま両手を合わせる。
その仕草はあまりにも軽やかで、まるでお菓子を選ぶ子供のようだった。
「みんな頑張ってね」
「なっ!?」
闘技場中が凍りつく。
再び空に巨大な魔法陣が展開され始め、観客席の誰もが反射的に空を見上げた。
あの規模の魔法が、もう一度落ちてくる。
そう理解した瞬間、場内の空気は一気に青ざめる。
「またか!」
「冗談ではないぞ!」
「今度こそ本当に闘技場が吹き飛ぶぞ!」
誰もが叫び、誰もが空を見上げたまま動けない。
観客席からも悲鳴が上がり、帝都の誇る闘技場が、
今や巨大な魔法の標的になっているかのようだった。
来賓席では、その様子を見ていた三人がそろってため息をつく。
「あ~あ」
ジャックが頭をかいた。
「セラッちの本気出させちゃった」
隣ではレキサルが静かに頷く。
「もはや手遅れにございます」
「だよね~」
ジャックは肩をすくめた。
「どうやって止めるつもりなんだろ?」
その横でボルックスも腕を組んだまま、苦笑を浮かべる。
「私たちが手助けしたところで、余計に暴走するだけですからね」
「戦力が増えれば増えるほど、セラフィス様は喜びますので」
「レッドシャドウ全員が参戦したところで、混乱がひどくなるだけです」
そう言って、大きくため息をつく。
「ここは大人しく見ていましょう」
三人とも席を立つことはなかった。
止められないことを、誰よりも知っていたからである。
むしろ、下手に動けば状況が悪化することすら理解していた。
一方、闘技場では――。
「師匠!」
ベラミカが必死に叫んだ。
「これ以上やったら、みんな死んじゃいますよ!」
「え~?」
セラフィスは首をかしげる。
まるで本当に心配する必要がないとでも言いたげな顔だった。
「大丈夫。」
にっこり笑う。
「ちゃんと手を抜いてるから」
「はっ?」
ベラミカの表情が固まった。
「これで手を抜いてるんですか!?」
「そうだよ?」
当たり前のように答える。
その返答に、ベラミカは思わず言葉を失った。
「……」
ベラミカは頭を抱えた。
そして何かを決意したように、ゆっくりと顔を上げる。
「こうなったら」
セラフィスが首をかしげる。
「ニコラ会長に言って、スイーツ店ミューを出入り禁止にしてもらいます!」
「えっ?」
セラフィスの笑顔が一瞬で消えた。
その変化はあまりにも露骨で、周囲の空気までぴたりと止まる。
「それだけじゃありません!」
ベラミカは畳み掛けるように続けた。
「ワーラン二階への立ち入りも禁止にしてもらいます!」
「そんな……」
セラフィスの目が大きく揺れる。
「みんなと食事もできません」
「おいしいスイーツも食べられません」
「そんなの絶対イヤだ……。」
今にも泣きそうな顔になる。
先ほどまでの余裕はどこへやら、セラフィスは完全に動揺していた。
「ベラミカ……」
小さく呟く。
「冗談……だよね?」
「い~え」
ベラミカはきっぱりと言い切った。
「ニコラ会長だって聞き入れてくれます」
「こんな無茶をする人には、お仕置きです!」
「い、いやだ……」
セラフィスが後ずさる。
「絶対イヤ……」
ぽろり。
涙が一粒こぼれ落ちた。
その瞬間、空気が変わる。
「イヤだよぉぉぉぉ!」
セラフィスの泣き声が闘技場に響き渡った。
ゴォォォォォォッ!!
次の瞬間、闘技場全体の魔力が爆発的に膨れ上がる。
「しまった!」
グレッグ将軍が叫ぶ。
「感情と魔力が連動している!」
その言葉が終わるより早く、空に展開されていた魔法陣がさらに膨張し、
場内の魔力が一気に暴走を始めた。
そして次の瞬間。
数え切れないほどのファイアが闘技場中へ放たれた。
「あああっ!」
「多すぎる!」
「避けろ!」
本体も。
分身体も。
二人そろって大粒の涙を流している。
「びえぇぇぇぇぇん!」
「イヤだよぉぉぉ!」
泣けば泣くほど魔力が暴走し、ファイアの数はさらに増えていく。
炎は炎を呼び、魔力は魔力を呼び、もはや誰にも止められない。
「子供ですか、師匠!」
ベラミカが思わず叫んだ。
「ちゃんと謝るんです!」
「私悪いことしてないもん!」
セラフィスは泣きながら首を横に振る。
「びえ~ん!」
「だから子供ですか!」
闘技場はもはや戦場ではなく、
泣きじゃくる最強魔導士に全員が振り回される異様な光景となっていた。
その時だった。
「セラフィス様」
優しく響く声。
セーニャだった。
彼女は静かに、しかし確かな足取りでセラフィスへ歩み寄る。
その表情には、怒りも焦りもない。
ただ、相手を落ち着かせようとする穏やかな慈しみだけがあった。
「また皆さんと楽しくお話ししたいですよね?」
「……うん」
泣きながら頷く。
「美味しいスイーツも食べたいですよね?」
「……うん」
セラフィスの声は、もうすっかり弱々しい。
「でしたら」
セーニャは柔らかく微笑んだ。
「今後は帝都で、このような無茶はしないと約束していただけるだけで良いのですよ」
セラフィスは涙をぬぐいながら、恐る恐る尋ねる。
「約束したら……」
「言いつけない?」
「もちろんですよ」
セーニャは優しく頷いた。
「約束を守ってくださると信じていますから」
その言葉は、叱責ではなく信頼だった。
だからこそ、セラフィスの心にもすっと届いたのだろう。
しばらく黙り込んでいたセラフィスは、小さく息を吸う。
そして。
「……約束する」
そう呟くと、空を覆っていた魔法陣が静かに消え去った。
荒れ狂っていた炎も雷も風も、一つ、また一つと消滅していく。
さっきまで戦場を支配していた魔力の奔流は、
まるで最初から存在しなかったかのように静まり返った。
闘技場には、ようやく静寂が戻った。
「ごめんなさい……」
涙を拭いながら深く頭を下げるセラフィス。
その姿に、誰も怒ることはできなかった。
あれほどの大騒ぎを起こした相手であっても、
今の彼女はただ、叱られてしょんぼりしている子供のように見えたからだ。
帝都中央闘技場。
規格外の最強魔導士が巻き起こした前代未聞の特別試合は、
聖女セーニャの優しい説得によって、ようやく幕を閉じたのだった。




