特別試合⑥
帝都中央闘技場――。
巨大な円形の闘技場は、まるで別世界のような熱気に包まれていた。
その中央では、三つの戦場がなおも激しい攻防を続けていた。
イヴァンスはラプロス総指南役とグレッグ将軍の猛攻を必死に受け続けている。
二人の剣は容赦がなく、しかも互いの呼吸が完璧に噛み合っているため、
少しでも判断を誤れば一瞬で崩される。
イヴァンスはその圧力に押されながらも、
支援魔法によって強化された身体を最大限に使い、食らいつくように動き続けていた。
一方、少し離れた場所ではロルマとカムシスがコウラン副団長を崩そうと連携を重ねている。
正面から圧をかけるロルマ、死角を突くカムシス。
二人の連携は鋭く、普段なら十分に通用するはずだった。
だが相手は近衛騎士団の副団長。
経験も技量も桁違いで、二人の攻撃はことごとく受け流され、
逆に隙を突かれて押し返されてしまう。
そして――。
最も異様な空気を放っていたのが、セラフィスを相手にするベラミカ、セーニャ、マリーの三人だった。
三人は魔法を放ち続けている。
火、風、光。属性も角度も変えながら、何度も何度も攻撃を重ねていた。
だが、セラフィスには一撃たりとも届かない。
魔法は彼女の前でふっと霧散し、あるいは見えない壁に阻まれたように消えてしまう。
「うーん……。」
セラフィスは困ったように頬へ指を当てた。
その表情は、まるで退屈な授業を受けている子どものようだった。
「なんかつまんない! ちょっと稽古になってないよね?」
「え?」
三人が同時に声を漏らす。
「つ、つまんないって……。」
ベラミカが思わず言い返しかけるが、
セラフィスはまったく悪気のない顔で続けた。
「やっぱり、もう少し緊張感ないと」
にこっと微笑みながら、セラフィスは両手を軽く合わせる。
「うん、みんな石よけながら稽古しよっか」
「……は?」
その言葉の意味を理解するより先に。
空に、巨大な魔法陣が幾重にも展開された。
それは一つではない。二つでも三つでもない。
闘技場の上空を覆い尽くすほどの、異様な数の魔法陣だった。
淡い光が重なり合い、複雑な紋様を描きながら、ゆっくりと回転していく。
「……え?」
ベラミカの表情が固まる。
「ま、まさか……。」
セーニャが青ざめた顔で空を見上げる。
マリーは一歩後ずさり、喉を鳴らした。
次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴ……。
低く、重い音が空から響いた。
魔法陣の中心から、無数の巨大な隕石が姿を現したのである。
『な、なんですかあれはあああああっ!?』
実況の絶叫が闘技場全体に響き渡る。
観客席も一斉に騒然となった。
『隕石です! 隕石が降ってきます!! これは一体どういう試合なんですかあああっ!?』
「師匠!!」
ベラミカが慌てて叫んだ。
「観客の人が怪我したらどうするんです!」
「あっ!」
セラフィスは目を丸くした。
「そっか」
そして、何事もなかったかのように満面の笑みを浮かべる。
「ベラミカ、えら~い」
パチン、と軽く指を鳴らす。
すると観客席全体を包み込むように、巨大な半透明の結界が展開された。
淡い光の膜が幾重にも重なり、闘技場の外周をぐるりと覆っていく。
その規模は常識では考えられないほど広く、
観客席の最上段まで完全に守るほどだった。
ドォォォン!!
バァァン!!
直後、降り注いだ隕石が結界へ激突する。
爆音が響き渡り、火花が夜空のように散った。
衝撃で空気が震え、観客席のあちこちから悲鳴が上がる。
だが結界は微動だにしない。次々と落ちてくる隕石を受け止め、
その上で派手に砕け散っていく。
『結界です! 観客席全体が巨大な結界に包まれました!
隕石が当たってもまったく傷一つ付きません!
いや、傷どころか揺れもしません!!』
「ちょっと、本気でシャレにならないですよ、師匠!」
ベラミカが頭を抱える。
「えー?」
セラフィスは首をかしげた。
「ちゃんと安全対策したよ?」
「そういう問題じゃありません!」
セーニャが思わず叫ぶ。
「そもそも、隕石を降らせる時点でおかしいんです!」
「でも、稽古ってこういうものじゃない?」
「違います!!」
その頃には、戦場全体が大混乱となっていた。
ドゴォォン!!
イヴァンスのすぐ横へ隕石が落下する。
「うわっ!」
慌てて飛び退く。
その隙を狙うようにラプロスの剣が迫る。
「集中しろ!」
「ラプロスさん、それは無理です」
返答をした次の瞬間、今度はグレッグ将軍の頭上へ隕石が降ってきた。
「むっ!」
慌てて横へ飛ぶ。
轟音と共に地面が抉れ、土煙が舞い上がる。
石片が飛び散り、熱を帯びた風が頬を打った。
「これは……」
ラプロスもさすがに苦笑した。
「稽古どころではないな」
「いや、どころでは済まないでしょう……!」
イヴァンスが叫びながら、次の隕石を避ける。
一方。
「うおっ!」
「危ねぇ!」
ロルマとカムシスも次々と降ってくる隕石を避け続けていた。
ロルマは正面から迫る巨大な岩塊を剣で弾き、
カムシスは身を翻して紙一重で回避する。
だが、避けた先にまた別の隕石が落ちてくるため、攻撃どころではない。
コウラン副団長も同様だった。
「まじか、冗談じゃないぞ……」
苦笑しながら落下地点を見極める。
経験豊富な副団長でさえ、今は攻撃よりも回避を優先せざるを得ない。
剣を振るう余裕など、とうに消え失せていた。
戦場の全員が、まず隕石を避けることに集中せざるを得なかったのである。
『とんでもないことになりました! 試合なのか災害なのか分かりません!!
いや、もはや災害です!!』
実況の悲鳴に近い声が響く。
観客席では、結界に守られているとはいえ、
あまりの光景に誰もが口を開けたまま空を見上げていた。
子どもは親にしがみつき、大人たちは顔を引きつらせながらも、
目の前で起きている異常事態から目を離せない。
そんな中。
グレッグ将軍が大きく息を吸った。
「セラフィス殿!」
その声は闘技場全体へ響き渡る。
「さすがにやりすぎだ! 魔法を止めなさい!」
しかしセラフィスは不満そうな顔をした。
「え~?」
隕石が降り続ける空を見上げながら、のんびりと言う。
「魔導士のファイアだと思って、よけながら戦わないと~。」
さらに笑顔で続けた。
「戦争になったとき、どうするのよ~。」
「規模がおかしいと言っている!」
グレッグ将軍が思わず叫ぶ。
「こんな隕石を降らせる魔導士など、おらん!」
「いるよ?」
「目の前に一人だけだ!」
観客席から笑いが起こる。
あまりのやり取りに、恐怖と混乱の中にも妙な可笑しさが混じり、
場内には奇妙な空気が流れた。だが当の本人は、まったく気にしていなかった。
「むぅ……」
グレッグ将軍は額を押さえ、大きくため息をつく。
このままでは本当に試合どころではない。
観客席は結界で守られているとはいえ、
隕石の落下が続けば何が起こるか分からない。
何より、ここにいる全員が戦う意味を失ってしまう。
そして決断した。
「仕方ない」
剣を構え直し、大きな声で叫ぶ。
「ラプロス様! イヴァンス! コウラン!」
三人が同時に振り向く。
「それと他の者も聞いてくれ!」
隕石をかわしながらグレッグ将軍は続けた。
「今からセラフィス殿を全員で止めにかかるぞ!」
その場の空気が一変する。
「観客に死者が出てはシャレにならん!」
「了解!」
イヴァンスが真っ先に返事をした。
コウラン副団長が剣を握り直す。
「魔導士団長と対峙するのですか? グレッグ将軍、正気ですか?」
そう言いながらも、彼の目はすでに戦闘の色を帯びていた。
ラプロスも静かに頷く。
「仕方あるまい。異論はない」
ロルマもカムシスも、ベラミカたち三人もセラフィスへ視線を向ける。
闘技場にいた全員が、一人の女性へ向き直った。
その瞬間だった。
「えっ?」
セラフィスの顔がぱあっと明るくなる。
「ええーっ!」
瞳を輝かせながら両手を胸の前で組んだ。
「グレッグ将軍、私と戦ってくれるの?」
その声は、心の底から嬉しそうだった。
「あれだけお願いしても、絶対戦ってくれなかったのに!」
その場でぴょんぴょんと飛び跳ね、腕を突き上げている。
「やった~、うれし~!」
その無邪気な笑顔を見た全員が、一瞬だけ言葉を失う。
今まさに全員を敵に回したはずの状況で、本人だけが心底喜んでいる。
そのあまりにも場違いな反応に、
誰もが呆れと困惑を通り越して、もはや感心すら覚え始めていた。
グレッグ将軍は苦笑しながら剣を構えた。
「まったく……」
「これでは、どちらが子どもなのか分からんな」
ラプロスが肩をすくめる。
そして帝都最強と呼ばれる者たちが、一人の女性を相手に同時に構えを取る。
特別試合は今、新たな局面へと突入しようとしていた。




