特別試合②
帝都中央闘技場――。
特別試合。
帝国騎士団代表とイヴァンス隊が、それぞれ所定の位置へ散っていく。
場内は、先ほどまでの熱狂が嘘のように静まり返っていた。
数万人もの観客が固唾を呑み、この歴史的な一戦を見守っている。
帝国最強の四人。
それに挑む学生たち。
普通に考えれば、勝負にならない。
誰もがそう思っていた。
そんな中、イヴァンスだけは静かに目を閉じる。
耳元へ装着した魔道具テレパスが、淡く光を帯びた。
《みんな、聞こえる?》
その声が、仲間全員の頭の中へはっきりと響く。
《ここからが本番だ》
短い言葉だった。
だが、それだけで隊の空気が変わる。
イヴァンスはゆっくりと周囲を見渡した。
グレッグ将軍。
ラプロス総指南役。
コウラン近衛騎士副団長。
セラフィス魔導士団長。
帝国最高戦力。
真正面から戦えば、勝てる相手ではない。
だからこそ、勝ち方ではなく、何を得る戦いにするかを考えなければならない。
イヴァンスは静かに続けた。
《みんな》
《みんな聞いてくれ。正直、この試合はかなり厳しいと思う》
誰も反論しなかった。
それは弱気だからではない。
相手との実力差を、誰もが理解しているからだ。
《だからこそ》
《グレッグさんたちは、最初から本気で攻めてこないと思う》
《まずは俺たちの力を見ようとするはずだ》
《そこへ付け入る。だからコウランさんを集中砲火する》
短く言い切る。
《まずベラミカ先生》
《どうするの?》
《試合開始と同時にセラフィスさんへ牽制のファイア。その直後、最大出力の魔法をコウランさんへ》
一瞬だけ間が空く。
《……最大出力?》
ベラミカが少し驚いたような声を出した。
《はい。魔法の種類は問いません。ありったけの魔法をコウランさんにぶつけてください》
イヴァンスは迷わない。
《おそらくセラフィスさんは軽くいなして様子を見てくる》
《その一瞬の間を使ってコウランさんに攻撃をかけるんです》
ベラミカは静かに息を吐いた。
《了解》
《久しぶりに本気で撃つわよ》
イヴァンスは頷く。
《次に》
《ロルマさん》
《カムシスさん》
《はい》
《なんだ?》
二人がほぼ同時に返事をした。
《お二人はコウランさんに、ベラミカ先生の魔法が着弾したタイミングで同時攻撃です》
《分かった》
ロルマが即答する。
《承知しました。やってみましょう》
《はい、お願いします》
《俺がグレッグさんとラプロスさんを引き付けます》
その一言に、数人が息を呑んだ。
《イヴァンス君》
ベラミカが思わず念話を返す。
《二人同時は無茶よ》
《大丈夫です》
イヴァンスは穏やかだった。
《長く持たせる必要はありません》
《ほんの少しだけ時間を作ればいいんです》
そして最後の指示を出す。
《マリー》
《はい》
《ロルマさんとカムシスさんの攻撃で体勢を崩したところを、レックと一緒に一気に叩いてほしい》
《おそらく、マリーの一撃がコウランさんへの決定打になる》
《ここを逃したら、コウランさんも本気で動き出すはずだ》
《だから、この一撃が勝負だ》
《頼んだぞ、マリー》
《……はい》
《必ず決めますわ》
《レックも頼んだぞ》
《ぴぃ!》
《この試合》
《一人倒せれば御の字だと思っているんだ》
《だから攻撃を分散させるようなことはしない》
《全員で一人を落とす》
その言葉に、隊の空気がさらに引き締まった。
《プラーサ》
《はい》
《サーチは俺へ集中してくれ》
《グレッグさんとラプロスさんの動きを全部見たい》
《分かったわ》
プラーサは静かに頷く。
《任せて》
そして最後。
《セーニャ》
《はい》
イヴァンスは少しだけ笑った。
《ロルマさんにパワー、カムシスさんにスピードの支援魔法を頼む》
セーニャは一呼吸置いてから答えた。
《イヴァンス君》
《スピードとパワーは一瞬でいいの?》
《ああ》
イヴァンスが聞き返す。
《何かあるのか》
《二つの支援魔法を同時に維持するには、魔力の消費が大きすぎるの》
《100%の出力で支援魔法を掛けるのなら、攻撃直前が一番魔力の消費が少ないと思います》
《その後も支援魔法は必要でしょうから》
ネーミアから教わった言葉が、頭の中で蘇る。
七割を長時間維持するか。
十割を短時間だけ使うか。
支援術師はそこを判断する。
セーニャの言葉は、もう迷いではなく答えになっていた。
《だから》
《その後の展開も考えて、ロルマさんとカムシスさんの支援魔法は攻撃の直前にします》
イヴァンスは静かに微笑んだ。
《分かった》
《それでいい》
《頼んだぞ、セーニャ》
《うん!》
セーニャの返事は力強かった。
その声には、もう迷いはない。
支援術師として。
イヴァンス隊を最後まで支える。
その覚悟だけがあった。
イヴァンスは最後に全員を見渡す。
《みんな》
《勝ち負けは気にしなくていい》
《でも》
《帝国最強へ、俺たちがここまで積み上げてきた全てをぶつけよう》
その言葉と同時に。
「両者――構え!」
審判の声が闘技場全体へ響き渡った。
七人と一匹。帝国の未来を担う若者たち。
そして帝国最強の四人。
歴史に残る特別試合が、今まさに幕を開けようとしていた。




