帰れる日
帝都中央区――宿屋ワーラン、その二階にある貸し切りの一室。
長机を囲むように、ライブリオたちとレッドシャドウの面々が座り、
先ほどから互いの近況や立場について話し合っていた。
普段なら到底交わることのない顔ぶれが、
こうして同じ部屋に集まっていること自体が不思議でならない。
ライブリオはまだどこか落ち着かない様子で、何度も周囲へ視線を走らせていた。
そんな折だった。
コンコン、と軽いノックの音がして、続けて扉が開く。
「失礼します」
先頭に立って入ってきたのはイヴァンスだった。
いつもの穏やかな表情のまま、礼儀正しく一礼する。
その後ろにはセーニャ、ベラミカ、プラーサ、マリーが続いている。
さらにその後ろから、見慣れた顔が二つ、部屋へと足を踏み入れた。
「え?」
ライブリオの表情が、はっきりと変わった。
「……ロルマ?」
「カムシス?」
思わず漏れた声には、驚きと戸惑いが混じっていた。
ロルマとカムシス。どちらも、かつてアーカットで共に冒険者として活動していた仲間だ。
あの頃は同じ依頼を受け、同じ酒場で笑い、時には命を預け合った相手である。
そんな二人が、今こうして帝都の一室に現れたのだから、驚かない方が無理だった。
「なんでお前たちまでいるんだよ」
ライブリオは半ば呆れたように、しかし本気で驚いた声を上げた。
ロルマは苦笑しながら肩をすくめる。
「私もそう思っていたさ」
その隣で、カムシスも肩を揺らして笑った。
「人生って分からないもんだよな」
ライブリオは二人を交互に見比べる。
ロルマは外務卿にその腕を見込まれ、冒険者ギルドから引き抜かれた身だ。
一方のカムシスは、自ら軍務卿へ売り込み、皇帝派へと加わった。
かつては同じアーカットで肩を並べていた二人だが、
今では貴族派と皇帝派という、まるで正反対の立場に立っている。
そのせいで、自然と交流も途絶えていたのだ。
ロルマは少し遠くを見るような目をして、感慨深げに口を開いた。
「いつの間にか、特別試合へイヴァンス隊として出場することになってな」
そう言って、隣に立つカムシスへ視線を向ける。
「まさかカムシスと、もう一度同じ隊で戦う日が来るとは思わなかった」
カムシスも静かに頷いた。
「俺も同じさ」
そして、どこか照れくさそうに笑う。
「まあ、そういうことだよ、ライブリオ」
ライブリオはしばらくのあいだ、二人の顔を見つめていた。
昔の面影はある。だが、立場も、纏う空気も、あの頃とは少し違って見える。
それでも、こうして再会できたこと自体は素直に嬉しかった。
やがて彼は、ゆっくりとイヴァンスへ視線を移した。
「……イヴァンスって、なんかすげぇな」
「え?」
イヴァンスが首を傾げる。
ライブリオは苦笑しながら、指折り数えるように言葉を並べた。
「近衛騎士団の内定をもらって」
「貴族派にも皇帝派にも人脈があって」
「グレッグ将軍にラプロス総指南役」
「セラフィス魔導士団長」
「その上レッドシャドウとも普通に飯食ってる」
言いながら、ライブリオは思わずため息をつく。
「どんだけ帝国の中枢と関係持ってるんだよ。
まだ学生だろ?恐れ入るぜ……」
イヴァンスは困ったように笑った。
「そ、そうですか?」
「僕としては全然そんなつもりはないんですけど……」
あまりにも自然で、あまりにも素直な返答だった。
その天然ぶりに、ライブリオは思わず額へ手を当てる。
「そこなんだよなぁ……」
呆れ半分、感心半分といった様子でぼやいたあと、
ふと何かを思い出したようにレキサルへ視線を向けた。
「そうだイヴァンス、お前レキサルのこと知ってたのか?」
「レキサルさんですか?」
イヴァンスはきょとんとした顔をした。
「何かあったんですか?」
その反応に、ライブリオは思わず声を荒げる。
「何かあったって!」
「レキサルってジパンじゃグレッグ将軍みたいな立場だった人だぞ!」
イヴァンスは目を丸くした。
「そうなんですか?」
そして、まるでそれだけで納得したかのように頷く。
「ああ、だから強いんですね」
「いや、そこじゃない!」
ライブリオが即座に突っ込む。
「エリュース聖堂爆破事件!
数十人を斬り殺したって言われてる人なんだぞ!」
その言葉に、部屋の空気が一瞬だけ張り詰めた。
だがイヴァンスは少し考えるように視線を上げ、それから穏やかな笑みを浮かべて答える。
「でも今のレキサルさん、僕の師匠ですよ」
その一言で、部屋が静まり返った。
誰もが言葉を失う。
ライブリオも、カムシスも、ロルマも、思わずレキサルを見た。
本人は相変わらず静かに座っているだけだが、その沈黙が逆に重みを増している。
その空気を破ったのは、ジャックだった。
「あはは」
肩をすくめながら、どこか楽しそうに笑う。
「ライブリオってさ~
まだイヴァンスのこと理解してないんだよね~」
ライブリオは何とも言えない顔になった。
否定できない。いや、むしろ否定する材料がなかった。
するとイヴァンスが、ふと思い出したようにレキサルへ顔を向ける。
「そういえばレキサルさん」
「はて……?」
「ジパンにご家族はいらっしゃるんですか?」
その瞬間だった。
部屋の空気が、はっきりと変わった。
誰もが息を止める。触れてはいけない話題だと、そこにいる全員が本能的に理解していた。
レキサルの過去に関わることは、軽々しく口にしていいものではない。
ましてや家族の話となれば、なおさらだ。
レキサルは静かに目を伏せた。
「妻と」
少しだけ間を置いてから、低く、しかしはっきりと続ける。
「一人、嫡男を抱える身にてござりまする」
その言葉に、誰もが沈黙した。
ライブリオは思わず息を呑む。
そこへイヴァンスが、まるで日常の会話のようにさらりと踏み込んでしまったのである。
だが、その沈黙を破ったのもまたイヴァンスだった。
「じゃあレキサルさん。今度ご家族に会いに、ジパンへ行きましょう」
あまりにも自然に、あまりにも軽やかに言い切ったその一言に、ライブリオが目を剥く。
「それ無理だろ!」
イヴァンスは不思議そうに首を傾げた。
「え?」
「レキサルはジパンじゃ王族殺しだ」
「入国なんてできないはずだぞ」
するとイヴァンスは、まるで当然のことを確認するように言った。
「え?でもライブリオさん。レキサルさんって今回、近衛騎士団特殊任務部隊に任命されましたよね」
「そうだな」
「だったら」
イヴァンスは何の疑いもなく続ける。
「帝国から身分保障を受けますよね?」
「正式な外交手続きを踏めば、ジパンって国も入国を断れないんじゃないですか?」
その場が、再び静まり返った。
ライブリオも、カムシスも、ロルマも、誰一人としてすぐには言葉を返せない。
あまりにも筋が通っているようで、あまりにも突飛でもある。
だが、完全に否定できる理屈でもなかった。
最初に口を開いたのはロルマだった。
「……確かに」
腕を組みながら、真剣に考え込む。
「レキサルは極刑という形で事件は終結している。つまりジパンとしても、処理済みの案件だ」
「そして今ここにいるのは、レキサルではない」
ゆっくりと顔を上げる。
「近衛騎士団特殊任務部隊ブラッドボーン」
「帝国の騎士として、正式な外交使節団の一員として訪問するのであれば……」
そこでロルマは、少しだけ苦笑した。
「あながちイヴァンス君の言い分も間違ってはいないな」
レキサルは静かに目を見開く。
そんな可能性があるなど、考えたこともなかった。
七年間、自分はもう二度と祖国へ戻れないものと思い込んでいた。
だからこそ、その言葉は胸の奥深くへ静かに突き刺さった。
そんな彼の前で、イヴァンスは何も考えていないような顔で笑っていた。
「じゃあレキサルさん、いつか僕と一緒にジパンへ行きましょう」
「その時はジパンの中、案内してくださいね」
レキサルはゆっくりと顔を背けた。
肩が、ほんのわずかに震える。
誰にもその表情を見せぬように。
誰にも、その声が震えていると悟られぬように。
静かに息を整える。
そして。
「……承知いたした」
それだけを、絞り出すように口にした。
まさかもう二度と会えないと思っていた妻と息子に、再び会える可能性があるなど。
そんな未来を、誰が想像できただろうか。
ジャックが小さく息を吐き、ぼそりと呟いた。
「イヴァンスってさ~、自分の恋愛だけはポンコツなのに、こういう時だけ天才なんだよね~……」
少しだけ間を置いて、肩をすくめる。
「なんでこんなにギャップあんだろ……」
その言葉に、周囲の者たちがそろって頷いた。
イヴァンスだけが、何がそんなにおかしいのか分からないという顔で首を傾げていた。




