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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
帝国学園編1年生

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忘れていた“普通”

イヴァンスたち一行は、ファーリンの街の一角へと足を運んでいた。


石畳の通りを抜け、住宅街へと入る。


どこにでもある、穏やかな街の風景。


――つい先ほどまでの戦いが、嘘のようだった。


「ここです」


セーニャが足を止める。


その視線の先にあったのは、落ち着いた造りの、

ありふれた一軒家だった。


「……帰ってきましたわ」


小さく呟く声には、わずかな緊張が混じっていた。


ベラミカも隣で肩をすくめたが、

その仕草はどこかぎこちない。


「なんだか久しぶりすぎて、逆に変な感じね」


軽口を叩くが、声の端々に硬さが残る。

二人は顔を見合わせ

――意を決したように扉を叩いた。


コン、コン。


一拍の静寂。


次の瞬間。


内側から、慌ただしい足音が近づいてくる。

ガチャリ、と扉が開いた。


扉が開いた、その瞬間。


「セーニャ……!」


次の瞬間には、母親が駆け出していた。


ためらいもなく、まっすぐに。

愛娘をその腕の中に強く抱きしめる。


「久しぶり……あなたたち……!」


声が震えている。


抑えていたものが、一気に溢れ出たように。


セーニャは一瞬だけ目を見開き――

すぐに、力を抜いた。


「……ただいまです、お母様」


小さく、だが確かな実感を込めて返す。

母親の肩に、そっと顔を預けた。


一方で、父親はその様子を一歩引いた位置から見守っていた。

厳格な口元が、わずかに、本当にわずかに緩む。

そして――


「……お帰り」


短く、ベラミカに声をかける。

飾らない、不器用な労い。


だが、それだけで十分だった。

ベラミカは、少しだけ視線を逸らし――


「……ん、帰ったわよ」


ぶっきらぼうな返事。

だが、その頬は隠しようもなく緩んでいた。


母親の腕の中から、セーニャがゆっくりと離れる。

名残惜しさを振り払うように振り返り、姿勢を正した


「えっと……こちらは、

 今回一緒に来てくれた方たちです」


少しだけ姿勢を正す。

紹介する側の顔に変わる。


「イヴァンス君に、ジャックさん、レキサルさん……」


順に視線を向ける。


「それから――」


ベラミカの方を見る。


「私たちの、仲間です」


その言葉に、母親の視線がふっと柔らかく動いた。


そして――

年頃の娘を持つ母親特有の目付きになり、

さりげなくセーニャの耳元へ顔を寄せた。


「……あの子?」


密やかな小声。視線は、イヴァンスを射抜いている。


「彼氏?」


「ち、違います!お母様!」


一気に沸騰したように顔を赤くするセーニャ。

慌てて口を押さえるが、あとの祭りだ。


その取り乱しように、

母親はくすくすと肩を揺らす。


「ふふ、ごめんなさいね」


楽しげな母親を余所に、

父親が短く咳払いをひとつ。


「……中へどうぞ」


短く、それだけ。

だが、そこには確かな歓迎の響きがあった。


だが、確かな歓迎の意思だった。


母親も、ぱっと表情を明るくする。


「ええ、みんなも入って」


扉を大きく開く。


扉が大きく開け放たれる。


内側から流れ出したのは、

パンの匂いと温かな生活の気配。


戦いの硝煙や血の匂いとは無縁の空気に、

一行は吸い込まれるように足を踏み入れる。


――それは。

ようやく訪れた、ほんのひとときの安息だった。


その空気の中で

ジャックが、ふっと肩をすくめる。


「ぼくちゃんたちってさ~」


きょろりと室内を見回す。


「こんな普通の人の生活に入り込んで、いいの?」


視線が、セラフィスへ向く。


「ねえ、セラっち~?」


おどけた調子。

だが、その瞳の奥には拭いきれない“違和感”が浮んでいた。


セラフィスは、振り返りもせずに答える。


「嫌なら、野宿続けてもいいわよ?」


即答だった。

ジャックが、一瞬で顔をしかめる。


「そ、そんなこと言ってないってば~」


慌てて手を振るが、言葉は続く。


「いや、でもさ……」


少しだけ声を落とす。


「いや、でもさ……ぼくちゃんたちって、その……あっち側じゃん?」


言葉を濁した、その先を

――レキサルが静かに継いだ。


「さても――」


ゆるやかに目を細める。


「我らが俗の方々と気軽に交わるは、

 ……いささか、相応しからぬ身の上にてございましょう」


穏やかな言葉の中に、

剃刀のような鋭い線引きがあった。


非日常しか知らない人間。

それを残酷なまでに明確に言葉にしてしまった。


その時。

セラフィスが、ふっと足を止めて振り返る。


その表情は――どこか呆れたようで。


だが少しだけ、優しかった。


「何言ってるのよ」


肩をすくめる。


「こういう“普通”をしらなきゃいけないの!」


「あんたたち、ズレてるんだから」


断定するような言い切り。

だが、それは彼らを突き放すものではなく、

元の場所へ引き戻すような響きを持っていた。


ジャックが、きょとんとする。

レキサルもまた、わずかに目を細めた。


否定はできない。その“普通”という感覚を、

血塗られた日々の中で置き去りにしてきたことを、

自覚させられたからだ。


その沈滞した空気を、断ち切るように声が響く。


「ジャック、レキサル」


スランザだった。低く、地を這うような鋭い声。


「好意は黙って受け取れ」



「それができねえんなら、街の外で壁とでも喋ってろ」


容赦のない、突き放すような物言い。


だがそこにあるのは、苛立ちではなく「道理」だ。

場の空気が、一気に引き締まる。


ジャックが、あからさまに肩を落とした。


「分かったよ~……」


ぶつぶつと小さく呟く。


「みんな、ぼくちゃんのこといじめるんだから~」


拗ねたような声。


拗ねたように唇を尖らせるが、

その足は既に家の中へと向いている。


レキサルも、無言で深く一礼し、

それ以上の言葉を飲み込んだ。


スランザは、それを確認すると軽く鼻を鳴らす。


それ以上、無駄な言葉は重ねない。


だが――


その一言で、場の“線”ははっきりと引かれていた。


セラフィスが、ちらりと横目でそれを見て。


小さく肩をすくめる。


「……ほんと、あんたは融通が利かないわね」


呆れを含んだ声に、スランザはわずかに口角を上げた。


「……そういう役回りだ」


短く、それだけ。


その不器用な自認に、

異を唱える者は誰もいなかった。

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