静かな違和感
森は、静まり返っていた。
先ほどまでの激突が嘘のように――
音がない。
あるのはただ、
抉られた土のにおいと、焦げた魔力の残滓。
戦いの名残だけが、そこに残されていた。
その中を――ガサリと。
茂みをかき分ける音が響く。
「……この先か」
低く呟く声。
騎士団の一行だった。
茂みをかき分け現れたのは、後を追ってきた騎士団の一行だった。
「セラフィス様が戻らないなど……」
あり得ない――その言葉を、男は辛うじて飲み込んだ。
だが――
肌を焼くような不気味な気配に、胸騒ぎは増すばかりだった。
一歩、踏み込んだその先。
男は凍り付いたように足を止めた。
「……な……」
思わず漏れた声は、半ば呆然としていた。
視線が、ゆっくりとセラフィスへ向く。
「セラフィス様……一体、何があったのです?」
その問いに対して。
セラフィスは、あっけらかんと肩をすくめた。
「え~っとね」
軽い調子。
「わたしがイヴァンス君たちと手合わせしてたのよ」
「ちょっと力、入りすぎちゃって」
にこりと笑う。
「ちょっと力が入りすぎちゃって。
まあ、誰にも迷惑かけてないし――いいでしょ?」
その言葉に、騎士たちの表情が一斉に固まった。
どう見ても“手合わせ”の規模ではない。
だが――誰も、それ以上は突っ込めなかった。
リーダーの男もまた、わずかに口を引きつらせながら咳払いする。
「……は、はあ……。
ともかく、ご無事で何よりです」
納得はしていない。
だが、これ以上踏み込むべきではないと、本能が告げていた。
「ともかく……ご無事で何よりです」
リーダー格の男は、引きつった笑みを浮かべて咳払いをした。
そうして強引に場を収めると、
一行は馬車へと戻り、森を後にする。
森を抜ける頃には、
あの異様な空気も、少しずつ遠ざかっていった。
サーペインの気配は――ない。
追撃も、伏兵も。
まるで最初から“いなかった”かのように。
それが逆に、不気味だった。
だが、それ以上の何かが起こることはなく――
一行は、そのまま進路を取る。
目指すは、ファーリンの街。
――そして、数日後。
商隊は無事、目的地であるファーリンの街へと到着する。
サーペインの襲撃は、その後一切なかった。
静かすぎるほどに。
それが逆に、不気味な余韻を残していた。
到着後、セラフィスは、その立場上、
領主への挨拶を避けることはできない。
案内された先で待っていたのは――ネイム領主。
豪奢な椅子に腰掛け、
こちらを値踏みするような視線を向けている。
その視線は、歓迎とは程遠い。
値踏みするような
――警戒の色を帯びていた。
「ほう……」
ゆっくりと口を開く。
「魔導士団長自ら、ですか」
その一言に、空気がわずかに冷える。
ネイムの口元が、皮肉げに歪む。
「わざわざ団長自ら、とは……
商隊の護衛にしては、帝都も随分と大袈裟ですな」
遠回しな探り。
いや――ほとんど確信めいた牽制だった。
セラフィスは、一切動じない。
むしろ、いつもの軽い調子で笑ってみせる。
「そう?」
肩をすくめる。
「ただの護衛よ。気にしすぎじゃない?」
その言葉に、ネイムの目がわずかに細まる。
「……そうですか」
間を置いて、視線が横へ滑る。
「では――そちらの方々は?」
騎士団の一行、ジャックたちへ向けられた視線。
探るというより、“分類する”ような目だった。
セラフィスは一瞬だけ視線を追い、それから軽く手を振るようにして答える。
「帝国学園の私の教え子たちよ。
特別課外活動中でね」
ネイムの視線が、わずかに鋭さを増す。
「それ以外の方も混ざっているようですが……」
静かな指摘。
逃がさない、というより――
見逃さない、という意志。
だが。
セラフィスは、ふっと小さく笑った。
「ええ、いるわよ?」
あっさりと肯定する。
「学園って、そういうものじゃない?
外部協力者くらい、珍しくもないでしょ」
セラフィスの言葉は軽いが、
その裏にある線引きは明確だった。
――ここから先は、踏み込ませない。
ネイムは、わずかに沈黙する。
その視線が、再び一行をなぞる。
(……協力者、か)
納得はしていない。
だが――これ以上追及しても、答えは出ないと判断する。
「……失礼しました」
短く頭を下げる。
それは謝罪というより、
これ以上この女と関わるのは得策ではない
という判断による撤退だった。
セラフィスは気にした様子もなく、肩をすくめる。
「いいのよ。気にしないで」
軽く流す。
だが――
ネイムの表情には、隠しようのない
煩わしさが浮かんでいる。
これ以上関わる気はない。
そう言外に示すように、ゆっくりと口を開く。
「……学園の生徒であれば
ファーリンの街も見て回り、
見聞を高めた方がよろしいでしょうな」
視線はセラフィスではなく、その背後の面々へ。
「何なら、案内役でも手配いたしましょうか?」
“用が済んだなら、早く消えろ”
という明確な線引きだった。
丁寧な言い回しの裏に込められた拒絶を、
セラフィスは愉快そうに受け取った。
「必要ないわよ」
あっさりとした返答。
肩をすくめる。
「この街のこと、私の方が詳しいくらいだもの」
冗談めかした口調。
だがその一言に、わずかな“主導権”が滲む。
ネイムの眉が、ほんのわずかに動いた。
それでも、何も言わない。
セラフィスはそのまま踵を返す。
「じゃ、これで失礼するわね」
一切の未練もなく、歩き出す。
ジャックたちも、それに続く。
重い扉が、静かに閉じられた。
――静寂。
ネイムは、しばらくその扉を見つめていた。
やがて、ゆっくりと視線を落とす。
「……帝都め」
小さく吐き捨てるような声。
その瞳には、もはや隠そうともしない警戒が宿っていた。
静寂が、部屋を満たす。
先ほどまでのやり取りは終わっている。
だが――
その“意味”だけが、確かに残っていた。




