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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
帝国学園編1年生

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残されたぬくもり

その瞬間だった。


レックの体が、ぴくりと震えた。


「……ぴぃ?」


小さく鳴く。


次の瞬間――

するりと、セーニャの腕を抜け出した。


「え……レック?」


止める間もない。


レックは地面に降りると、そのままイヴァンスの方へ駆けていく。


迷いはない。

一直線に、ためらいもなく。


まるで――何かを“感じ取った”かのように。


「ちょ、待って……!」


セーニャも慌てて立ち上がる。


その背を追うように、駆け出した。


そして――


イヴァンスのすぐ傍で、レックが立ち止まる。


「ぴぃ……」


覗き込むように、顔を近づける。


その小さな呼び声に呼応するように――


イヴァンスの指先が、

微かに、だが確かに、世界へと触れた。


それは、本当にわずかな変化だった。


だが――


「……っ」


セラフィスの視線が、即座に落ちる。


空気が、張り詰める。


ほんの一瞬で、戦場と同じ緊張が戻る。


「……イヴァンス君?」


セーニャの声が、震える。


返る言葉はない。


ただ――


深く沈んでいた意識が、ゆっくりと浮かび上がってくる。


底から引き上げられるように。

現実へと、引き戻されるように。


重たい瞼が、わなないた。


一度。


二度。


生を確かめるような、ぎこちない瞬き。


「……ぅ……」


かすれた声が、漏れる。


それだけで――


「イヴァンス君!!」


セーニャが、倒れ込むような勢いで駆け寄った。


必死に、その顔を覗き込む。


「イヴァンス君……イヴァンス君……!」


言葉にならない。


呼びかけだけが、何度も何度も繰り返される。


涙が止まらない。


ぽたぽたと、容赦なく零れ落ち、

イヴァンスの頬を濡らしていく。


イヴァンスの瞼が、ゆっくりと開いた。


ぼやけた視界。

揺れる輪郭。


光を遮り――


最初に映ったのは。


泣き崩れている、セーニャの顔だった。


「……セー……ニャ……?」


掠れた声。


だがそれは確かに――

“ここに戻ってきた”声だった。


その一言で。


セーニャの感情が、決壊する。


「よかったぁ……っ……!」


嗚咽。


声にならないほどの安堵。


セーニャはそのまま、イヴァンスの胸へ顔を埋めた。


「ほんとに……ほんとに……!」


震える指先が、服を掴む。


離さないように。

消えてしまわないように。


確かめるように。


イヴァンスは、わずかに顔を歪めた。


鈍い痛みが、体のあちこちに残っている。


だが――


それ以上に。


胸の奥に、残っている“記憶の断片”。


「……俺は……」


言葉が、途切れる。


曖昧な記憶。


だが、消えてはいない。


黒い衝動。

理性を飲み込もうとした力。


そして――


「……っ!」


見開かれた瞳に、戦慄が走る。


「セーニャ……!」


腕が、反射的に動く。


だが――


その動きは、途中で止まった。


触れる寸前で。


自分で、止めた。


「……っ、俺……」


声が震える。


「……セーニャに……」


言葉にはならない。


だが――理解している。


“何をしようとしたか”を。


セーニャは、ゆっくりと顔を上げた。


涙に濡れたまま。


それでも――

柔らかく、微笑む。


「大丈夫です……」


かすれた声。

それでも、まっすぐに。


「大丈夫ですから……」


その言葉に、イヴァンスの呼吸が揺れる。


信じていいのか分からない。


だが――


その表情を見てしまえば。

否定など、できなかった。


レックが、小さく鳴く。


「ぴぃ」


その声に、イヴァンスの視線が落ちる。


すぐ傍にいる、小さな竜。


「……レック……?」


名を呼ぶ。


その瞬間――


胸の奥に残っていたざらつきが、すっと消えていく。


代わりに残るのは。


深く、静かな疲労。


「……はは……」


力なく、息を吐く。


「……無茶、したな……俺……」


その言葉にジャックが、肩をすくめた。


「いや~、無茶ってレベルじゃなかったけどね~?」


わざとらしくため息。


「ラプロスとグレッグに追い回されて捕まった時以来だよ~」


軽く笑う。


だがその奥に、本音が滲む。


「本気で背筋に寒気走ったの」


そして、いつもの調子に戻すように――


「……もうさ、次はナシね?ああいうの

 頼むよ~」


軽口。


それだけで、場の空気がわずかに緩む。


レキサルも静かに頷く。


「味方を守るためならば致し方ありませぬが、

 味方を傷つけてしまっては――

 本末転倒にございますからな」


セラフィスが、一歩前に出る。


イヴァンスを見下ろす。


その視線は、いつも通り冷静。


だが――ほんのわずかに、力が抜けていた。


「……戻ったようね」


短く言う。


イヴァンスは、苦笑した。


「……ああ……たぶん……」


その瞬間。


右手に――


わずかなぬくもりが宿る。


「……っ」


イヴァンスの表情が、ほんの少しだけ緩む。


熱ではない。


痛みでもない。


ただ、静かに残る“温度”。


それはどこか――


守られていたものの名残のようで。


イヴァンスは、ゆっくりと息を吐く。


深く。


力の抜けた呼吸。


もう、抗う必要はないと知ったように。


やがて、静かに目を閉じる。


今度は、暴走ではない。


ただの――休息。


セーニャが、その手をそっと握る。


離さないように。


今度こそ。


「……イヴァンス君……」


かすれる声。


それ以上の言葉は出てこない。


けれど――


その一言に、すべてが込められていた。


そして。


誰も気づかないほど静かに。


その“ぬくもり”だけが――

わずかに、応えるように脈打った。

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