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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
帝国学園編1年生

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母の残した導き

セラフィスは、凪いだ海のような静けさで一歩前に出た。

その足取りに迷いはない。


視線は、まっすぐにレックへ向けられている。


先ほどまで戦場を支配していた殺気は、跡形もなく霧散していた。

だが――


空気の張り詰め方は、むしろそれ以上だった。


静かすぎる。

均衡が、極限まで研ぎ澄まされたような沈黙。


「……レック」


低く、けれど柔らかな重みを含んだ呼び声。


それは命令ではない。

だが、抗えない響きを持っていた。


「こっちへ来なさい」


一拍、わずかに間を置く。


「あなたのお母さんから託された魔法をかけるわ」


その言葉が落ちた瞬間――

空気が、ほんのわずかに揺れる。


セーニャが、息を呑んだ。


腕の中のレックが、ぴくりと反応する。


「……ぴぃ」


小さな声。

だが、その瞳には確かな理解が宿っていた。


ただの呼びかけではない。

“意味”を伴った言葉だと、本能で感じ取っている。


セーニャは、レックを見つめる。

ほんの一瞬、抱きしめる力が強くなる。

――大丈夫。


その想いを、確かめるように。

胸の奥にあった不安が、ゆっくりとほどけていく。


もう、暴走しない。

もう、苦しまなくていい。


その確信が、静かに広がっていた

「……行って、レック」


ゆっくりと、腕の力を緩める。


手放すというより――

“送り出す”動き。


レックは一度だけセーニャを見上げる。

その仕草は、確かめるようで、そして安心したようでもあった。


「……ぴぃ」


小さく鳴き、地面へ降りる。


足先が、静かに地を捉える。


そのまま、一歩。

また一歩と歩き出す。


先ほどまでの、荒れた気配はもうない。

だが同時に、ただの幼い存在でもなかった。


その足取りには――

確かな“意志”が宿っている。


セラフィスの前まで来ると、ぴたりと止まる。


見上げる視線に、もう迷いはない。


セラフィスは、わずかに口元を緩めた。


「……いい子ね」


静かに膝を折る。

視線の高さを合わせる。


右手を、ゆっくりと差し出す。


「少しだけ、我慢しなさい」


その言葉は優しい。

だが同時に、揺るがない強さを持っていた。


次の瞬間

――空気が、静かに満ちていく。


目には見えない波が、ゆっくりと広がる。


魔力が集まる。


だがそれは、戦闘で使われたものとはまるで違う。


荒々しさはない。

鋭さもない。


深く、穏やかで。

どこまでも“包み込むような”力。


セラフィスの指先が、淡く光を帯びる。


その光は直線ではなく、円を描く。


ゆっくりと正確に。


空間へと紋様が刻まれていく。


線が繋がる。

意味を持つ。

形になる。


それは――


竜の系譜に連なる術式。

人の魔術とは異なる、悠久の流れ。

時間そのものを重ねたような、深い構造。


ベラミカが、思わず息を呑む。


「……これが……」


言葉が、最後まで続かない。


レキサルもまた、静かに目を細める。


「……古き系譜の術……」


ジャックは何も言わない。


だが、その目はわずかに細められていた。


“理解できないもの”を前にした時の、あの目だ。


セラフィスの声が、低く響く。


「――レイジ・オーバーフロー・ロック」


術名が言祝がれた刹那。


紋様が、静かに弾け光が広がる。


そして――

レックを、繭のように包み込んだ。


「……ぴっ……!」


小さな声が漏れる。


一瞬だけ、身体が強張る。


だが――


逃げも暴れもしない。


その場で、受け止めている。

光が、ゆっくりと沈み込んでいく。


外から内へ。


表層から深層へ。


体の奥へ。

心の深いところへ。


荒れていた何かに触れる。


押さえつけるのではない。


否定するのでもない。


ただ――


“撫でる”ように。

“整える”ように。

“導く”ように。


その流れは、どこか――


母の手を思わせた。


強くもなく、弱くもなく

ただ、確かにそこにある温もり。


レックの体から、わずかに力が抜ける。


呼吸が、整う。


張り詰めていた何かが、ほどけていく。


やがて――


光が、ゆっくりと消えていく。


名残を残すように。


静かに、静かに。


すべてが収まったあと。


そこに残っていたのは――


澄み切った、静かな気配だった。


レックが、ゆっくりと目を開ける。


「……ぴぃ」


その声は、先ほどまでとは違う。


刺々しさも濁りもない。


清流のように透き通った、穏やかな響き。


セラフィスは、小さく頷いた。


その目に、わずかな確信が宿る。


「……うまくいったわね」


短く告げる。


だが、その一言には十分な重みがあった。


「暴走は起きないわ」


わずかに視線を細める。


「少なくとも――同じ形ではね」


完全な終わりではない。


だが、確実に一線は越えた。

その事実だけを、静かに伝える。


セーニャが駆け寄りレックを抱き上げる。


「レック……!」


声が震える。


だが、その震えは恐怖ではない。


レックは、小さく鳴いた。


「ぴぃ」


その仕草は、いつものものに戻っている。


セーニャの胸に顔を寄せる。


甘えるように。


確かめるように。


静かに身を預けた。


セーニャの目に、再び涙が滲む。


ぽろり、と零れる。


だが――


それはもう、先ほどまでの涙ではない。


安堵の涙である。


取り戻したものへの、実感。


「……よかった……」


かすれた声が、静かに落ちる。


セラフィスは、その様子を一瞥する。


長くは見ない。


ただ、確認するように。


そして――


ふっと、小さく息を吐いた。


「……さすがね」


誰にも聞こえないほどの声。


独り言のようでいて――

確かに、誰かへ向けられている。


この場には、もういない存在へ。


あの光。

あの導き。


その“残滓”は、確かにここに残っていた。


静かに。


確かに。


消えたはずのものが――


まだ、どこかで繋がっているように。


そして。


その静寂の中で――


かすかに。


本当にかすかに。


別の気配が、揺れた。


「……?」


セラフィスの視線が、わずかに動く。


それは一瞬。


ほんの一瞬の違和感。


だが――


確かに、“何か”が変わり始めていた。


倒れたままの――イヴァンスの方で。

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