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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
帝国学園編1年生

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気づかれぬ面影

イヴァンスたちが家の中へ通されて、しばらく。


穏やかな空気が、ゆっくりと場に馴染み始めていた。

セーニャの母とセラフィスは、少し離れた場所で言葉を交わしている。


柔らかな笑み。

穏やかな声音。


まるで、どこにでもある普通の光景だった。


だが――

ベラミカの視線は、そこにはなかった。


「……ねえ」


小さく落とした声。

ジャックとレキサルにだけ届く、密やかな距離。


「あなたたち……知ってるの?

 師匠が――“シファレス”だった頃のこと」


その言葉に、ジャックが「おや」とでも言うように瞬きをした。

そして、いつもの軽薄な調子で肩をすくめる。


「さあ、どうだろうね~?」


指先でくるくると空気を弄ぶような仕草。


「まあ、ベラミカってさ、

 その当時からの弟子だったんでしょ?

 そっから先は――想像に任せるってことで」


にやり、と底の知れない笑みを浮かべた。


ベラミカの眉が、わずかに寄る。


「ふ~ん、ある程度のことは知ってそうね」


ジャックは少しだけ首を傾げた。


「知りたい?」


試すような声音。


ベラミカは言葉を飲み込み、

それ以上の追及を断念した。


いや、できなかったという方が正しい。


沈黙を守っていたレキサルが、重々しく口を開く。


「我ら、セラフィス様と契りを結びし身にございますれば、

 これ以上の詮索はなさらぬ方がよろしゅうございましょうな」


落ち着いた声音。


それは忠告であり、越えてはならない線引きでもあった。


ベラミカは、小さく息を吐いた。


「……そうね」

ベラミカは視線を逸らし、

遠くからセラフィスの背中を見つめた。


その姿を追うたびに――

別の影が静かに重なる。


かつての名、シファレス。


あの人が、なぜ“セラフィス”へと変貌を遂げたのか。


その凄絶な経緯を知っているのは、この場で自分ただ一人。

ベラミカだけだった。


(……同じじゃない)


脳裏に蘇るのは、

すべてを包み込むように慈悲深く笑っていた往時の姿。


今、目の前にいるセラフィスと重なって見える瞬間はある。


だが、在り方そのものが決定的に変わってしまった。


セーニャの母が何の疑いもなくセラフィスと笑い合っている。


――気づいていない。

あんなに親しかった母ですら。


目の前の女性がかつての“シファレス”であることに。


胸の奥が、わずかに軋む。


知らなければ、気づけない。

このわずかな、しかし絶望的なまでのズレ。


「……師匠……」


零れた声は、喧騒に消えた。


届かないと分かっている呼びかけを胸に、

ベラミカはただその背中を見つめ続けた。


一行は、ファーリンの街へと繰り出していた。


石畳の通りを行き交う人々。


穏やかな喧騒。


戦いの火種などどこにも見当たらない。


「こっちです。聖教会はこの先に」


セーニャが誇らしげに先導する。

帰ってきた場所、自分の原点。


その感覚が彼女の足取りを軽くさせていた。


やがて見えてきたのは、

白亜の石造りが荘厳な聖教会だった。


「ここです」


セーニャが足を止める。


深く息を吸い――扉を開いた。


内部は、静謐だった。


外の喧騒が嘘のように消えている。


光が差し込む。


静かな祈りの空間。


その奥から、一人の男が歩み寄ってきた。


落ち着いた佇まい。


柔らかな目元。


聖教会の司教――フェリック。


「……おお」


穏やかな声。


「セーニャではないか」


わずかに目を細める。


「戻ってきていたのですね」


セーニャが、嬉しそうに頭を下げる。


「はい。ご無沙汰しております」


フェリックはゆっくりと頷く。


そして――

その視線が、セラフィスへと移った。


一瞬。ほんの一瞬、老司教の動きが止まる。


「……そちらの方は?」


問いは自然だった。


だが、その声の端には、見過ごせない

“引っかかり”が混じっていた。


セラフィスは、軽く肩をすくめる。


「ただの同行者よ」


さらりと。

何でもないように答える。


フェリックは、じっと見つめた。


そして――


「……はて」


小さく首を傾げる。


「どこかで、お会いしたことがありましたかな」


静かな言葉。

空気がわずかに、張り詰める。


セラフィスは一瞬の隙も与えず、

鈴を転がすような声で笑った。


「あら?」


「あら? 気のせいじゃないかしら。

 私、ファーリンに来るのなんて初めてだもの」


さらりと嘘を重ねる。


「他人の空似ってやつよ、きっと」


あっさりと流す。


何事もなかったかのように。

フェリックは、しばし黙した。


そして――


「……そう、ですか」


静かに頷く。


それ以上は、何も言わなかった。


セーニャがフェリックに一同を紹介し、

この後も街の散策をすることを告げる。


簡単な挨拶を交わし――一行は教会を後にした。


一行が教会を後にする。


重厚な扉が閉まり、

再び教会に静寂が戻る。


フェリックは、その場にひとり残されたまま、

しばらく動かなかった。


「……わしも年かの」


ぽつりと漏れた独白は、頼りなく空間に溶けた。


「セラフィス様を見て、一瞬……」


言葉が途切れる。

ゆっくりと息を吐き、首を振った。


「……シファレス様の面影を、感じてしもうた」


苦笑にも似た吐息。


だが、胸の奥のざわつきは収まらない。


「しかし……シファレス様は、すでに亡くなられたはず」


静かに言い切る。

その事実だけは、揺るがない。


自らに言い聞かせるように続ける。


「そもそも話し方や雰囲気も、全く違ったしのう……」


小さく呟く。


「顔立ちが似ておっただけ、か……」


そう結論づけると、ゆっくりと息を吐いた。


「長く生きておると、記憶も曖昧になるものよの」


自嘲にも似た声音。


そう言い聞かせるように背を向ける。


だが――


その背中には、消えきらない“わずかな引っかかり”だけが残っていた。

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