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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
帝国学園編

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契約の記憶

数日が、過ぎた。


森は静かだった。


あの“視線”の気配は――今でも感じてはいる。

しかし距離をとっているままだ。


野盗の動きもない。

待ち伏せも、襲撃も。


まるで最初から、何もなかったかのように。


だが――


「……逆に気味悪ぃな」


スランザが、小さく呟いた。


馬車は、ファーリン街道を進んでいる。


御者席にはレキサル。

変わらぬ所作で、静かに手綱を操っている。


車内は、いつも通り狭い。


だが――今は、少しだけ空気が違う。


張り詰めてはいない。

だが、緩みきってもいない。


“何か来る”と、全員が分かっている空気。


その中で。

スランザの視線が、ふと動いた。


「なあ」


向けられる先は――セーニャの膝の上。


「……そのチビ、なんなんだ?」


「グルルルル」


レックが、スランザを威嚇する。


「悪かったよ。魔約の塔で言ったこと怒ってんだろ?

 はく製なんかにはしねーから」


「ほらレック。スランザさんは私たちの仲間なんですよ。

 そんなに威嚇してはダメですよ」


セーニャに諭されてレックはおとなしくなる。


「ほら、干し肉だ。肉が好きなんだろ。食いな」


スランザが、無造作に干し肉を差し出す。


「ぴ……?」


レックが、じっとそれを見つめる。


警戒は、まだ完全には解けていない。


小さく鼻を動かし、匂いを確かめる。


少し首を伸ばし近づくがやっぱり止まってしまう。

もう一度、セーニャを見る。


「大丈夫ですよ」


やわらかく撫でる。


その一言で、レックはようやく動いた。


「ぴぃ」


ぱくり、と。

次の瞬間――


「ぴぃっ!」


目を見開く。美味かったのだ。


分かりやすい反応だった。


そのまま、もう一口。


もぐもぐと夢中で食べ始める。


「レック、スランザさんの所に移ったら?

 その方が食べやすいでしょ」


「ぴぃ!」


セーニャの言葉に、レックは素直に頷くように鳴いた。


ちょこちょことスランザの膝へ移動し、

そのまま干し肉を差し出された手に顔を寄せる。


「おいおい、ほんとに素直だな」


スランザは苦笑しながらも、抵抗せずそのまま撫でた。

その指先は、どこか雑で、それでいて妙に優しい。


レックは気にする様子もなく、満足げに食べ続けている。


「ぴぃ……ぴぃ……」


小さな咀嚼音だけが、馬車の中に落ちていく。


スランザはその頭を軽く撫でながら、イヴァンスへ視線を向けた。


「……で、イヴァンス」


少しだけ声が落ちる。


「レックのことなんだけどな。

 セラフィスの言ってることに、心当たりはねえのか?」


イヴァンスは、少し考えるように視線を落とす。


「うーん……」


首をひねる。


「正直、全くないんですよね」


「……そうか」


短く返す。


だがスランザはそこで終わらない。


「じゃあ聞くが――」


腕を組む。


「どうやって出会った?」


一拍。


「帝国領でドラゴンなんざ、普通は見ることすらねえ。

 実際フェルトス魔国にしかいねえって話だ」


その言葉に、馬車の空気が少しだけ静まる。


イヴァンスは、ゆっくりと口を開いた。


「……ドラゴン討伐任務だったんです」


視線は、どこか遠くへ向く。


「あの時、僕は帝都からの依頼で……

 討伐隊の後方支援、宿営地の設営要員として参加してました」


レックが、もぐもぐと食べる音だけが小さく響く。


「討伐対象だったのが――レックの母親です」


馬車の中の空気が、止まる。

スランザの眉が、わずかに動く。


イヴァンスは続ける。


「でも……実際には戦闘になるような状態じゃなかったんです」


言葉を選ぶように、一拍置く。


「……レックの母親は衰弱していました」


静かに。


「もう、長くないって分かるくらいに」


スランザの手が、無意識にレックの頭を撫でる。

レックは気にすることもなく、まだ干し肉を食べている。


イヴァンスは小さく息を吐いた。


「それで――」


少しだけ苦笑する。


「レックの母親から言われたんです。

 “この子に名前をつけてほしい”って」


「は?」


ジャックが素で声を漏らす。


「ちょっと待って、それ意味わかんないんだけど」


「ドラゴンが人間に名前頼むって何それイベント?」


軽口。だが目は笑っていない。


スランザは何も言わない。


ただ、続きを待つ。


イヴァンスは頷いた。


「正直、僕も意味は分かりませんでした」


「でも断る理由もなくて……」


視線が、レックへ落ちる。


「レックって名前をつけました」


一拍。


「そのあとです」


右手を、ゆっくり持ち上げる。


甲を見せる。


そこに刻まれた、竜の紋様。


「この紋様が刻まれました」


「その瞬間から――たぶん」


少しだけ間を置く。


「母親の生命力を媒介にして、僕とレックを結び付けたんだと思います」


沈黙。


馬車の揺れだけが続く。


ジャックが、ぽつりと呟いた。


「ひひひ……めちゃくちゃ重い契約じゃんそれ」


スランザは低く息を吐く。


「命のやり取りを“契約”って呼ぶか……」


視線が、レックへ落ちる。


干し肉を食べ終え、満足そうにしている小さなドラゴン。


無邪気。


だがその存在は――明らかに普通ではない。


スランザが、ぽつりと呟く。


「……だからか」


「セラフィスが言ってたのは」


イヴァンスが顔を上げる。


「え?」


スランザは答えない。


代わりに、レックの頭をもう一度撫でた。


「いや……まだ確信じゃねえ」


一拍。


「だが――“ただの契約”じゃねえのは確かだな」


その時だった。


レックが、ふと顔を上げた。


「……ぴ?」


小さく鳴く。


視線は、窓の外。


一瞬。


空気が、変わる。


レキサルの手が止まる。


ジャックの笑みが、わずかに深くなる。


スランザの目が細くなる。


「……来るな」


低く、確信の声。


馬車は変わらず進んでいる。


だが――


“何か”が、確実に近づいていた。

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