なぜレック?
残る二人は――
あっけなかった。
霧が晴れかけた、その一瞬。
背を向けた瞬間を逃さず。
「スリープ」
「――っ」
声も上げられないまま、崩れ落ちる。
ほぼ同時。
ベラミカとセーニャの術が重なり、
抵抗の余地すら与えない。
『回収~』
短い念話。
次の瞬間には、ジャックとレキサルが影のように現れ、
二人を抱え上げる。
「はいは~い、これで終わり~しょ」
「此度も滞りなく」
そのまま、音もなく消える。
――数分後。
騎士団の野営地。
拘束された野盗が並べられていた。
合計、八名。
誰もが無言。
だが、その顔には焦りと動揺が色濃く残っている。
「……全員、引き渡し完了」
イヴァンスが小さく息を吐く。
張り詰めていたものが、ようやく緩む。
その様子を見て、騎士団のリーダーが感心したように笑った。
「イヴァンス君、見事な手際だな。
騎士団に入隊する頃には、私の実力は軽く追い越されていそうだ」
軽口混じりの称賛。
だが、その視線には確かな評価があった。
そのやり取りの陰で――
ジャックが、くすくすと笑う。
「ひひひ……いやいや、もう超えてるって。
お前と一緒にすんなって~の」
肩を揺らしながら、小さく呟く。
誰に聞かせるでもなく。
だが、確実に場の空気を一段軽くする。
――その空気を。
スランザが、切った。
「……浮かれてる場合じゃねえ」
低く、短く。
それだけで、場が締まる。
「これからが本番だろ?」
一拍。
視線が、捕縛された野盗たちへと向く。
「今回の連中……動きが野盗の動きじゃねえ」
ベラミカが腕を組む。
「確かに。普通の野盗にしては動きがそろってたわね」
レキサルが静かに頷く。
「ええ。統率、間合い、反応。
いずれも“訓練された者”のそれにございます」
セーニャが、思い出すように呟く。
「しかもさっき……“隊長”って言ってました。
野盗が使う言葉じゃ、ないですよね」
空気が、わずかに重くなる。
イヴァンスが静かに言う。
「……どこかの国の騎士団ってことか?」
誰も否定できない。
むしろ――それ以外考えにくい。
スランザが、吐き捨てるように言う。
「……ナピドラだろうな。
セラフィス様がストーン村から帰ってきた時、
ボルックスが言ってた。“あいつ”がアルフォース帝国に侵入してるってな」
一拍。
「……不味いな」
空気が、さらに沈む。
「今のこの隊じゃ、あいつには勝てねえ」
視線が、プラーサへ向く。
「プラーサ。お前も気付いてたんだろ?」
「うん……」
小さく頷く。
「最後の二人を捕縛する時……
ずっと、見られてる感じがした」
ざわり、と。
場の空気が、微かに揺れる。
“いる”。
だが――見えない。
その重さの中で。
「すっご~い!イヴァンス君たち、すでに8人も生け捕りにしたんだ」
場違いなほど明るい声が、割り込んだ。
「セ、セラフィス様!?」
イヴァンスが思わず声を上げる。
セラフィスは、くるりとその場で一回転してみせた。
「やっほ~♪」
軽い。
あまりにも軽い。
「ちょっと様子見に来よ?」
ニコニコと笑う。
その様子に、ベラミカが眉をひそめた。
「……“ちょっと”で来る距離じゃないでしょ、ここ」
「いいのいいの~、気にしない♪」
ひらひらと手を振る。
まるで散歩の延長のような口ぶり。
だが――
スランザは、別の違和感に気付いていた。
「……おい」
低く、呼びかける。
「……何、連れてきたんだ?」
その一言で、全員の意識がセラフィスの背後へ向く。
「レック!?」
イヴァンスが目を見開く。
次の瞬間――
「ぴぃ~!」
小さな影が、弾けるように飛び出した。
――直線。
迷いなく、セーニャの胸へ。
「きゃっ……、レック」
ふわり、と受け止める。
「ぴぃ!ぴぃ!」
甘えるように、すり寄る。
頬に、首元に、ぺたぺたと擦りつく。
「ふふ……ご機嫌ですね」
優しく撫でるセーニャ。
レックは満足そうに鳴いた。
「ぴぃ~」
その様子を見て、イヴァンスが少しだけ苦笑する。
「レック~、たまにはご主人様にも来てくれないか?」
手を差し出す。
だが――完全に無視。
まるで最初から聞こえていないかのように、
セーニャにすりすりと甘え続ける。
沈黙。
そして――
ジャックが、吹き出した。
「ひひひ……完全に選ばれてんじゃん」
「くそ……レック……」
イヴァンスが言葉に詰まる。
レキサルが静かに目を細める。
「どうやらレック殿にとっては、誰のもとが最も安らぐか――
すでに決まっておられるご様子にございますな」
穏やかな声音。
イヴァンスが苦笑しながら、ため息をひとつ。
「違いないです……
セーニャがいると、いつもあっちに行っちゃうんだから」
そのやり取りを、セラフィスが楽しそうに眺めていた。
にこにこと。
まるで何事もないかのように。
「で?」
ベラミカが腕を組む。
じっと、セラフィスを見る。
「なんでいるの、レックが」
核心を突く短い一言。
セラフィスは、きょとんとした顔をしたあと――
「あー、これ?」
ぽん、とレックの頭を軽くつつく。
「寂しそうだったから、連れてきちゃった♪」
軽い。
あまりにも軽い。
その場の空気が、一瞬止まる。
「……は?」
スランザの声が低く落ちる。
「おい、あんた分かってんのか」
一歩、前に出る。
「こいつ、気配消しできねえだろ」
現実的な指摘。
この任務は“隠密”が前提。
レックの存在は――明確なノイズ。
だがセラフィスは、まったく気にしていない。
「うん、知ってるよ?」
あっさり。
「でも大丈夫大丈夫、むしろね~」
一拍。
視線が、森の奥へと向く。
「いた方がいいの」
空気が、変わる。
さっきまでの軽さが――ほんの少しだけ剥がれる。
イヴァンスが、静かに問いかける。
「……どういうことですか?」
セラフィスは答えない。
代わりに――
レックの背を、ぽん、と軽く押した。
「レック」
「ぴ?」
セラフィスが、しゃがみ込んで目線を合わせる。
その笑顔は、いつも通り――無邪気で、読めない。
「頑張ってね」
軽い声音。
だが、その一言に。
場の空気が、わずかに止まる。
「……は?」
ジャックが、素で間の抜けた声を漏らした。
スランザが眉をひそめる。
「……頑張る?」
レキサルも、わずかに首を傾げる。
「その御言葉、いかなる意味合いにございましょうや」
イヴァンスたちも、互いに顔を見合わせる。
誰も――分かっていない。
当のレックも。
「ぴぃ?」
きょとんとしたまま、セーニャにすり寄っている。
セラフィスは、そんな様子を見て
にこり、と笑った。
何も説明しないまま。
ただ、楽しそうに。
「ふふっ」
その笑いだけが、残る。
そして。
その場にいる全員が――
同じ疑問を抱えたまま。
夜は、静かに、そしてどこか不穏に深まっていった。




