血の洗礼の始まり
学園の訓練場。
広い石床の中央に、イヴァンス隊の面々が並んでいた。
普段の模擬戦とは違う、張り詰めた空気。
遊びは一切ない――そう全員が理解している。
その前に立つのは、ジャックとスランザ。
「さてさて、今日は“生け捕り”の練習だよ~?」
軽い調子の声。
だが、その内容に誰一人として気を抜く者はいなかった。
「殺すのは簡単。だけど“殺さずに制圧する”ってなると難易度は跳ね上がるからね~?」
ジャックは肩をすくめ、くるりと指を回す。
「特に今回は――相手が逃げる前提。
しかも、隠れるし、騙すし、場合によっては反撃もしてくる」
一瞬、空気が重く沈んだ。
「で、まずは索敵からね。プラーサちゃん」
名前を呼ばれ、プラーサが一歩前に出る。
「はい」
「君のサーチ、あれ優秀なんだけどさ~……そのままだと“普通に強い人”までなんだよね」
にやり、と笑う。
「気配をサーチするのが一番簡単なんだけど不正確なんだよね~?
気配を消したり分けたりする相手とは相性バッドなのよ」
プラーサの眉がわずかに寄る。
「闘技大会でたんでしょ? 経験あんじゃな~い?
サーチが全く機能しなかった相手」
その言葉に、プラーサの脳裏に一瞬、光景がよぎる。
ライブリオとの戦い。
感知できない“何か”に翻弄された感覚。
「……はい」
小さく、だが確かに頷いた。
「だからね~、気配じゃなくて鼓動をサーチするのよ」
「え?」
「心臓の音って、生きてる物は必ず持ってるじゃない?
鼓動をサーチできるようになったら完璧なのよね~」
ジャックは懐からナイフを取り出し、くるりと回す。
「ぼくちゃん、鼓動のサーチできるから――このナイフで……ひひひ……」
「何脱線してんだよジャック」
間髪入れず、スランザが突っ込む。
軽口を切り捨てるように、一歩前へ出た。
「いいか。“スリープ”は精神干渉系の魔法だかんな。
効果を強くさせるには、頭の近くでかけるのが一番なんだよ」
スランザはゆっくりと周囲を見渡した。
「離れた位置からでも効かねぇことはねぇ。だがな――効きが甘くなる。
意識を刈り取る魔法ってのは、“届けばいい”じゃねぇからな」
わずかに間を置く。
「だから基本は接近。
ただし――」
視線が鋭く細められる。
「真正面から行ったらだめなんだよね。
気付かれて避けられたら終わりだからな」
セーニャが小さく息を吐く。
「……つまり、不意打ち前提ってことですね?」
「そういうことだ」
短く肯定する。
その横で、ジャックが肩を揺らして笑った。
「だから気配消しはみんな使えるようになるのが一番なんだぜ~?」
「分かったかな~? じゃ、まずは実践してみるか」
ぱん、と手を叩く。
「って言ってもここじゃ障害物無いからさ~。うちの塔の庭でやろうか。
あそこならちょっとした森になってるし」
軽く言いながら、にやりと笑う。
「本当は郊外出たいんだけど、死んじゃうんだよね~」
「へ? 死ぬってどういうこと?」
ベラミカが眉をひそめる。
「なんかさ~、ぼくちゃん、呪い掛けられてんのよ。
血が沸騰して体が溶けて、今まで経験したことない痛みが――
死ぬまで続くってやつ」
あまりにも軽い口調。
だが、その内容は冗談では済まされない。
「あたいら犯罪者だからな。
逃亡や人殺しをしようとしたら、セラフィス様の魔法が発動するようにされてんだよ」
スランザが淡々と補足する。
セーニャがわずかに目を伏せた。
「……師匠……相変わらずですね……」
――場所を移す。
学園を離れ、塔の傍。
木々が密集し、小さな森のようになった一帯。
その奥に、異様な気配を放つ建造物がそびえていた。
イヴァンス達が現れたことで、塔に残っていた者たちも姿を見せる。
ボルックス。
リータン。
レキサル。
ダントム。
四人が、まるで興味本位の観客のように現れた。
その気配に――
プラーサが、はっきりと怯む。
「……この塔って、もしかして……連続殺人事件の犯人の住まいなの……?」
声がわずかに震える。
ジャックが楽しそうに肩をすくめた。
「そうなんだよね~。一応セラッちの部下で、“レッドシャドウ”って呼ばれてんのよ」
ひらひらと手を振る。
「でも公式な部隊じゃないからさ~。自由が無~いのよ。
つまんなくて、めっちゃバッドな日々な訳」
「帝国があんた達に自由を与えるわけないでしょ!」
ベラミカがぴしゃりと言い放つ。
その瞬間――
すっと、空気が変わった。
「あら、イヴァンス隊の皆さま」
女の声。リータンである。
どこか楽しげで、どこか狂気を孕んだ響き。
「“Tower of the Damned”――通称、魔約の塔によくぞいらっしゃいました」
ゆっくりと姿を現す。
「血の洗礼で歓迎しますわ」
微笑み。
だが、その目は笑っていない。
「血の洗礼って……怪我するってこと?」
プラーサが不安そうに呟く。
その問いに――
くすり、と女は笑った。
「怪我、で済めばよろしいのですけれど」
ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。
次の瞬間。
――気配が、消えた。
「……え?」
誰かが、間の抜けた声を漏らす。
視界にいたはずの四人――
ボルックス、リータン、レキサル、ダントムの姿が、跡形もなく消えていた。
「……イヴァンス」
スランザの声が、低く落ちる。
「もう始まってるぞ」
空気が、変わる。
森の静寂が、異様な“何か”へと塗り替わる。
ジャックが、楽しそうに笑った。
「ルール変更ね~♪」
その声が――背後から響いた。
「今から“逃げるのは俺たち”じゃないよ」
一拍。
「――“狩られる側”、君たちだから」
――心臓が、強く跳ねた。




