連続殺人鬼を恐れない優等生
学園の訓練場。
乾いた衝突音が、広い空間に何度も反響していた。
中央では、イヴァンスとグレッグ将軍が模擬戦を繰り広げている。
踏み込み、受け流し、反撃――
一切の無駄のない応酬。
その様子を、マルティア、ベラミカ、シルフィスが見守っていた。
――そのとき。
入口付近に、場違いな気配が二つ。
ベラミカの視線がそちらへ向く。
そして、次の瞬間。
「なんであんたたちが塔から出てきてんのよ!」
鋭い声が響いた。
現れたのは、ジャックとスランザ。
空気を読む気など一切ない笑みで、ジャックがひらひらと手を振る。
「おっひさ~、ベラミカ~。ぼくちゃんと会えて喜んでんの~? ぼくちゃん感激~!」
「してるわけないでしょ!!」
即答だった。
スランザは隣で、だるそうに肩を回す。
「仕方ねーだろ。セラフィスの命令なんだから」
「命令って何よ?」
ベラミカの目が細くなる。
スランザはため息混じりに答えた。
「今度の作戦、イヴァンス隊にやらせるって話でな。そのための訓練だと」
一瞬。
空気が止まった。
「……は?」
ベラミカの声が、低く沈む。
「今、なんて言ったの?」
「聞こえただろ」
面倒くさそうに、スランザが繰り返す。
「イヴァンス隊がやるんだよ。今回の作戦」
「ちょっと待って、作戦って何よ。
そんな話、全く聞いてないわよ」
ベラミカの声には、苛立ちと困惑が混じっていた。
その横で、マルティアが一歩前に出る。
「……説明が遅れてごめんなさい、ベラミカ」
わずかに視線を落としながら、静かに続ける。
「ファーリン街道で、商隊を狙った襲撃が続いているの。いわゆる野盗ね」
「野盗……?」
「ええ。ただの野盗なら問題ないのだけれど――」
マルティアの声が、わずかに重くなる。
「ファーリンの食糧流通に影響が出始めているのよ。
すでに一部では物資不足の兆候もあるわ」
ベラミカの表情が引き締まる。
「……それだけでも十分ヤバいじゃない」
「それだけじゃないの」
一拍置いて、マルティアは言った。
「その野盗、ナピドラ連邦が裏で関与している可能性があるの」
空気が、静かに沈む。
シルフィスの目が鋭く細められた。
「……国際問題、というわけね」
「ええ」
マルティアは頷く。
「だからこそ、“討伐”ではなく“生け捕り”が必要になる。
証拠を押さえない限り、動けないの」
「……なるほどね」
ベラミカは奥歯を噛みしめる。
「それで? なんでイヴァンスなのよ」
マルティアは一瞬だけ言葉を迷い――
はっきりと告げた。
「セラフィス様のご指名よ」
沈黙。
「……はあ?」
呆れと怒りが混じった声が漏れる。
「そんなの無理でしょ。イヴァンスはまだ学生よ。
そのレベルの作戦なら、近衛騎士団の仕事でしょ。何考えてるのよ!」
その言葉を遮るように。
「だからさ~、ぼくちゃんたちが来たってわけ。おっけ~?」
ジャックがひょいと割り込む。
軽薄な笑みのまま、続ける。
「作戦メンバーにも入ってるんだよ~。サポート付き、安心設計~」
「安心できる要素が一個もないわよ!」
ベラミカの即答。
ジャックはけらけらと笑うだけだ。
そのやり取りの中で、ベラミカがぼそりと呟く。
「……師匠、何考えてんのよ」
その声に。
スランザが、がしがしと頭を掻いた。
「ベラミカ、ごちゃごちゃ言ってても始まんねーだろ」
少しだけ、声のトーンが変わる。
「生け捕り作戦だぞ? 普通にやってたら失敗するだけだろ?」
視線が、まっすぐベラミカを射抜く。
「実際、“スリープ”みたいな精神干渉系の魔法を使えるやつがどれだけいる?」
言葉が、静かに落ちる。
「……ほとんどいねーだろ」
ベラミカが言葉に詰まる。
それが事実だと、分かっているからだ。
スランザは肩をすくめた。
「殺すだけなら簡単だ。だが今回は違う。
“生かしたまま、確実に制圧する”必要があるんだよ」
さらに、マルティアが静かに事情を補足する。
「今回の首謀は、サーペインだと軍務卿は睨んでいるの」
その名が出た瞬間、空気がわずかに張り詰めた。
「……サーペイン」
シルフィスが低く呟く。
マルティアは続ける。
「だからこそ慎重に動く必要があるわ。
“訓練中の学生が偶然野盗を捕らえた”
――そういう形にできれば、ナピドラ連邦も強くは出られない」
「……建前ってわけね」
ベラミカが吐き捨てる。
「ええ」
マルティアは頷いた。
「危険なのは分かってる。でも――」
一瞬だけ、視線をベラミカに向ける。
「ここは受け止めてほしいの」
沈黙。
その重さを断ち切るように、イヴァンスが口を開いた。
「大丈夫ですよ、ベラミカ先生」
自然な声だった。
「ジャックさんやスランザさんも手伝ってくれるんですよね。
この人たち、相当やり手なんじゃないですか?」
一瞬、場が止まる。
そして――
「ひょ~! イヴァンス、俺たちのこと評価してくれんの?」
ジャックが大げさに仰け反る。
「マジで~? 生まれて初めてだよ~。超グッドな気分だわ!」
「何言ってんのよ、こいつら連続殺人鬼よ。
信頼なんてできるわけないでしょ!」
ベラミカが即座に切り捨てる。
「え? そうなの」
イヴァンスが素直に聞き返す。
「イヴァンス、ぼくちゃんのこと怖くなった?」
ジャックが顔を覗き込むようにして、にたりと笑う。
「ひひひ……」
だが。
「いや、特に」
あまりにもあっさりと、イヴァンスは答えた。
「訓練してくれるなら、仲間ですから」
沈黙。
一拍。
「……は?」
ベラミカが間の抜けた声を出す。
スランザも目を瞬かせた。
ジャックだけが、ゆっくりと口角を吊り上げる。
「……いいねぇ」
小さく、楽しげに呟く。
「ほんとにいいよ、その感覚」
一歩、イヴァンスに近づく。
「普通はね~、ぼくちゃんたちの話を聞いたら、みんな逃げるんだよ~」
顔が近い。
だがイヴァンスは一切引かない。
「でも君、“使えるなら使う”って顔してる」
スランザも笑っている。
「セラフィスが気に入ってるわけだ。あたいも気に入ったよ」
ベラミカは頭を抱えた。
「……最悪の相性だわ」
だが。
マルティアは、じっとイヴァンスを見ていた。
「……いいえ」
ぽつりと呟く。
「だからこそ、かもしれないわね」
その言葉の意味を、理解できる者は少ない。
イヴァンスはただ、変わらず前を向いている。
スランザが手を打った。
「よし、じゃあ話はまとまったな」
「まとまってないわよ!!」
ベラミカの叫びを無視して、続ける。
「これから実戦形式の訓練に入るよ。
生け捕り前提の動き、身体に叩き込まないといけないからね」
ジャックが楽しそうに指を鳴らした。
「いいねいいね~。じゃあまずは~」
にやり、と笑う。
「気配を消して、背後から……ひ~ひひ」
グレッグ将軍が腕を組みながら呟いた。
「……難題だな」
イヴァンスは、静かに剣を構える。
「やるしかありません」
その瞳に、迷いはなかった。
そして――
塔の二人が、同時に笑った。
「いいねぇ」
「最高ね」
これが、“訓練”の始まりだった。




